直言1周年に寄せて 1997/12/29


年の1月3日に「平和憲法のメッセージ」を立ち上げてから1年になる。早いものだ。毎週1回更新し、緊急直言を入れて今回で全55回となった。今年は、月刊誌の連載もあり、この「週刊誌」(?)の連載は結構きつかった。依頼原稿の山と取っ組み、週8コマの授業のほかに講演やマスコミ取材もこなして、1年間、休みの日はなかった。来年はどうなることやら。

  ところで、この「直言」では、テーマ的には、沖縄関係11回、ガイドライン関係9回が目立った。より一般的な憲法問題を希望する声もないではないが、私はあえて「平和」にこだわりたい。「何でも揃って、薄く広く」のコンビニ化現象が、文化や学問の領域にも広まっている昨今、あえて、「こだわりの専門店」を目指したいと思う。

  それにしても、今年は実にさまざまなことが起きた。世紀末のこの国には、ある種の「滅びのにおい」が漂ってきた。とくに経済状況は悲惨である。一年前の年末、誰が四大証券会社の一つが消えてなくなると予測できたか。拓銀の崩壊は、私自身、北海道生活での不快な体験から、その頃から「拓銀は滅びる」と言いつづけてきたので、これだけは予想通り。遅きに失したという感じだ。それにしても、「公的資金の導入」をすぐに言いだす無責任さには呆れる。この国の真に危ない状況に何ら有効な手を打てない政治の状況は惨憺たるものがある。
  「規制緩和」も、規制の目的と内容抜きに一人歩きし、行政に対する憲法的・法的規制を緩和させる誘導も目立つ。新ガイドラインに見られる「軍」官僚と外務官僚の傲慢さもかつてないものだった。議会のチェック能力の低下がそれを促進している。犯罪の傾向を見ても、この国の「滅びのにおい」を感じさせる。「自分を抑制することができない本音の突出」もその一つ。これはモラルの低下などという悠長なレヴェルではない。こうした傾向は政治や官僚にも確実に見られる。
  永田町・霞が関の「本音の突出」に対して、平和と地方自治の理念と原則を守った名護市民。しかし、名護市長は基地受け入れを表明した。一度これと決めたら、住民の多数が反対しても押し通す。「だって、欲しいんだもーん」という抑制の効かない幼児と同じだ。

  少々暗くなったが、来年こそは、平和憲法の理念の実現のために一歩でも前進できる年にしたいものである。私も微力ながら努力したいと思う。新しい年が皆様にとって幸多き年でありますように。