きな臭い見送りと出迎えと 1999/3/31 ※本稿はドイツからの直言です。


イツからの直言」第1回をお送りする。23日夜にボンに着いた。バート・ゴーデスベルクの住居は、とても静かで緑の多い場所にある。鳥がさえずり、中庭にはリスも来る。朝晩は涼しいが、昼間は半袖姿が見られるほどの暖かさだ。自宅前の通りは、先週まで桜が満開だったが、今はモクレンの花が咲く。
  周囲には大使館が多く、外出の度に新しい大使館を発見して楽しい。近いところではキルギスタン、モロッコ、バーレーン、ウルグアイ、マルタなど。自宅から300m以内に14カ国も見つけた。コンゴ大使館など、ベルリン移転を完了して空き家になっているところもある。
  自宅から一番近いのが何と、先月クルド人に襲撃されたイスラエル大使館。二桁の警官が24時間態勢で周囲を厳重に警備している。ライン川まで直線で500mなのに、大使館横の道路が封鎖されているため、散歩の際には遠回りを強いられる。4日前から大使館前の道路の真ん中にも車止めが設置された。
  歩いて15分ほどの日本大使館(もうすぐベルリンのヒロシマ通りにある旧大使館の場所に引っ越す)前には、グリーンピースの活動家が横断幕を張って抗議を続けている。全員が囚人服姿。東京のおもちゃ博会場で逮捕された活動家3名の即時釈放を求めているのだという。留置場のミニチュアを置いて、そこに囚人服姿の女性が入っている。家族のことを考え閑静な住宅街を選んだつもりだったが、実際に住んでみると、国際情勢の緊張度が敏感に反映する絶妙なロケーションだ。もっとも、ここで生活する家族には、不必要な「解説」はしないことにしているが。

  とにもかくにも、最初の1週間が過ぎた。私が日本を離れたまさにその日に、日本海の「不審船」に対して、「海上における警備行動」(自衛隊法82条)が初めて発令された。そんなぶっそうな見送りをされてドイツに着いてみたら、空港の大衆紙Bildの真っ赤な自販機からは、「ヨーロッパの戦争」の大見出し。ドイツ連邦軍のトルネード戦闘機(電子戦仕様のECR)が戦闘行動に初参加したのだ〔注:2016年3月21日リンク追加〕。
  今日(30日)、ボン大学公法研究所を初めて訪れ、部屋の鍵などをもらい、J・イーゼンゼー教授に昼食を御馳走になった。助手のアクセル君も一緒。コソボ空爆問題も当然話題になった。これについては、次回以降詳しく書く予定だが、3月25/26日の世論調査(Forsa) によると、市民の62%が連邦軍のNATO空爆参加を支持し(31%が反対)、他方で、地上軍の派遣については61%が反対しているという(賛成は28%)。政府も、空爆には参加するが、犠牲を伴う地上軍派遣には消極的というのが目下の姿勢だ。軍事専門家は、セルビア軍がナチス・ドイツに対するパルチザン戦争の経験をもつことに注目する。
  30日夜,「10時間の不安:平和部隊」というテレビドラマを観た。ボスニア平和実施部隊(IFOR)に参加したドイツ連邦軍兵士の苦悩を描いたもので、母親を殺された子どもの顔が、この日のDie Welt紙1面に載ったアルバニア系住民の子どもの顔にそっくりだったのには驚いた。虚しさだけが残るドラマで、このタイミングで再放送したテレビ局の狙いは明らかだ。
  ちなみに、このチャンネルの次週の予告編は、F15戦闘機の派手な空中戦がうりの米映画「トップガン」。来週は別のチャンネルにしよう。

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