自宅の100メートルほど先に国旗を掲げた家がある。どこかの国の大使館であることには間違いない。周囲の重厚な家々と比べると、やや見劣りがする。緑・黄・赤の三色旗で、真ん中にRの文字。買物の途中、娘に質問されたが、どこの国のものか答えられなかった。
家に戻って調べると、ルワンダの国旗と分かった。イスラエル大使館前で警官にジロッと睨まれるのが不快なので、銀行や郵便局への道はルワンダ大使館前の小道にしているが、その旗が4月6日から半旗になった(9日まで) 。フツ族とツチ族の間で50万とも80万とも言われる大虐殺があったので、この国は365日半旗でもおかしくない。なのに、なぜ6日からなのかと思って4月7日付Frankfuter
Rundschau紙を開くと、ルワンダ虐殺の1頁特集記事が目にとまった。6日は「虐殺開始5周年」なのだそうだ。それで納得がいった。
8日付tageszeitung(taz) 紙は、「NATO空爆はルワンダからの正しい教訓」と題する署名論説を掲載した。この新聞は緑の党に近い傾向をもつが、ボスニア問題以来、論調は錯綜している。署名論説は、ルワンダとコソボの状況の類似性を指摘しつつ、ルワンダでは欧米諸国が介入に消極的だったために虐殺を阻止できなかったから、今回のNATO空爆は「歴史的視野で見れば巨大な文明的進歩」とまで言い切る。
シャーピング国防相(社会民主党)もフィッシャー外相(緑の党)も、ミロシェビッチ大統領をヒトラーになぞらえ、ナチスの「強制収容所(KZ)」と同じものが存在するから、武力行使は正当であり、それを放置することは「道徳的に許されない」と言う。国際法や憲法に違反しても、モラルの上から正しいというのだ。彼らは日本でいう「団塊の世代」に属し、国防相は社民党青年部(JUSOS)
議長として、外相は平和・環境運動の指導者として、ほんの20年ほど前は街頭でアジテーションを行い、ほんの5年前には、党の指導者として、コール政権のボスニア派兵を憲法違反として、連邦憲法裁判所に提訴までしていたのだ。自己撞着のためか、彼らがモラルを過度に強調するときは、顔が紅潮するのが分かる。
一方、全独ユダヤ人協会議長は、NATO空爆を支持しつつも、ユーゴに対して「強制収容所」とか「ホロコースト」という例えを頻繁に行う国防相や、コソボ難民をパレスチナ難民に例えた外相を厳しく批判した(Die
Welt vom 10.4) 。外相も国防相も、ミロシェビッチ大統領をヒトラーと同じだと主張するが、これには、「ミロシェビッチはヒトラーではない。ヒトラーなら、交渉する余地はないからだ」という鋭い指摘がある。
ルワンダで大規模な虐殺に発展した原因の一つが、ラジオから流れたデマ放送だった。日頃からフツとツチの対立があったから、「やられる前に、ツチ族を殺せ!」という恐怖を煽るラジオからの声で、人々は殺人に走ったという。コソボにおける「追放」政策をミロシェビッチ大統領がとり、それにより犠牲者が出ているのは確かだが、それを解決する手段が軍事介入だとするのには問題がある。これにより、国連の地道な努力が吹き飛んでしまった。この点、シュミット元首相も、「NATOは国連を軽んじている」と的確に批判している。
ルワンダ虐殺からの「正しい教訓」は、感情的なレッテルを相手に貼り、完璧な「敵」に染め上げて暴力を用いることの愚かさであり、それを回避する道は、正確な情報と、中立的な機関の仲裁による粘り強い交渉しかない。 |