カイロに行った。わずか4日間だったが、とてつもなく奥深い世界の一端に触れることができた。ラクダに乗って砂漠をまわりながら見たギザのピラミッド群。サッカーラやダフシュールのピラミッド・遺跡群が特に印象的だった。
だが、うまいものにはトゲがある。ボンの旅行社がくれたパンフレットに「ヨーロッパからの旅行者は『歩く銀行』と見られている」との注意書きがあったが、その通りだった。どこでも観光客を見つけるとワーッと寄ってきて、金をせびり、物を売りつけ、車に乗り込ませようとする。ホテルの部屋に着くなり、ドイツ語の堪能な男がツアー勧誘の電話をしてきたのには驚いた。実に巧妙で、予約してあると言うと、「こっちの方が安い」とくる。騙しの手口を色々と勉強していったのが役立った。
普通のエジプト人は底抜けに明るく、楽しい。アラビア語の簡単な言葉を使うと、相手の表情がパッと明るくなる。騙すために寄ってくる連中だけで判断してはいけないと思いつつ、しかし腹の立つことも結構あった。バクシーシ(チップ)の要求も凄まじい。旅行ガイドのアラビア語コーナーに、「おはよう」「ありがとう」と並んで、「あなたは嘘つきだ」「いらないよ」「うるさい」「触るな、この変態!」という言葉が列挙されている意味がよーくわかった。実際、「ミシュ・アーウィズ」は「ノー・サンキュー」より効果があった。ただ、「歩くブランド品」のような日本人観光客に出会うと、狙われて当然とも思う。集団で行動し、「円高帝国主義」意識ムンムンの態度や雰囲気が「いいカモ」と見られるわけだ。
ところで、エジプトには、もう一つの顔がある。「オールドカイロ」と呼ばれる地域に、原始キリスト教の流れをくむコプト教徒(総人口の6%を占める)が多く住む。コプト博物館や聖ジョージ教会など見るべきものも多い。ボンの宗教学者T. Schiirrmacherによれば、99年だけで164000人のキリスト教徒が信仰上の理由で殺害されたという(Die
Welt vom 19.1.2000)。現代の「キリシタン迫害」である。特にひどいのがスーダン、中国、インドネシア、そしてエジプトである。エジプトでは、1000人以上のキリスト教徒がイスラム原理主義のテロで殺されている。コソボのイスラム系住民の迫害が世界の注目を浴びる一方で、少数派キリスト教徒への迫害も確実に存在するのだ。
テロは観光客にも向けられている。97年11月、南部の名所ルクソールで、イスラム原理主義による観光客大量殺戮事件(日本人10名も死亡)が起きた。その2カ月前には、中心部のエジプト博物館で9人のドイツ人観光客がテロで殺されている。観光収入に依存するエジプトでは、観光客減少が政権への最大のダメージになるため、観光客を狙うテロが続いた。そのため、内務省に置かれたテロ対策専門の国家安全調査部(SSIS)と中央治安部隊(CSF)に強大な権限を与えられた。後者は重装備で、準軍隊的性格をもつ。空港や橋の近く、主要道路には装甲車が配置され、自動小銃をもったCSFの兵士が目を光らす。観光名所周辺が特に厳重。
ピラミッドを背にしてラクダに乗る兵士の姿は絵になる。こっそり写真に撮った。サッカーラの「階段ピラミッド」近くにいたラクダの兵士を撮ろうとしたら、露骨に金を要求された。「写真を撮ってあげるから金を出せ」と近づいてきた兵士もいる。ラクダは大きいし、M16を持っているので結構怖い。米国務省「人権カントリー・レポート98年版(エジプト)」によると、イスラム原理主義テロと共に、この治安部隊による人権侵害も重大問題になっている。テロ対策を口実とした無令状捜索や、逮捕権の濫用、拷問などは日常茶飯事である。
なお、国立軍事博物館や警察博物館も見学したが、旧ソ連の影響のなごりと露骨な国威発揚の手法には辟易した。この国を旅して不快な体験をしないですむ確率は低いが、それを補って余りある魅力がここにはある。次回来る時は、ルクソールと、ロンメル・アフリカ軍団の激戦地エル・アラメインを加えよう。