重い外国ルポが続いたので、気分を変えて雑談編の「食」の話題を。
広島県北部や島根県に行くと、「鰐(わに)料理」を食べられる。アリゲーターだと思って注文すると、出てきたのは鮫料理だった。出雲神話の一つ、大国主命(みこと)で有名な「因幡の白うさぎ」にも出てくる鰐鮫(ワニザメ)。爬虫類料理ではなく、魚料理の一種である。新宿のアフリカ料理店(ローズド・サハラ、電話03-3379-6427)で出される本物のワニ肉の唐揚げは癖のある味で油が舌に残るが、鰐鮫の方はフライでも煮つけでもさっぱりといただける(鰐御膳がいい)。関西方面では鰻(ウナギ)飯のことをいう(間蒸・真蒸)。昔、大阪の人にそう言われて、「エッ」と聞きなおした記憶がある。でも、本物の蝮(マムシ)を食べさせる店が東京・上野の近くにある。「知る人ぞ知る」の店なので、本当はこういう形で紹介したくないのだが、店内に雑誌の紹介記事やテレビ出演した店主の写真なども飾ってあるから、この機会に書いてしまおう。「マムレストラン・亜奈」(JR鶯谷北口下車3分。午前11時から午後9時まで。日曜休み。一人5000円程度。電話03-3875-9155)。
店主の松井さんは東京で唯一のマムシ料理人。東京都の東(あずま)知事時代に取得した蛇取扱業許可証が額に入れて掛かっている。あまり広くない店に入ると、店主は客が席に着くのを確認してから料理に着手する。希望すれば、料理前のマムシ君(タレントの彼ではない)を見せてくれるが、初めての人は、帰り際にした方が無難だろう。コースの最初に出てくるのはマム・ファイトワイン。マムシの生き血と肝にワインを加えたもの。メイン・ディッシュはマム・ハンバーグ。一匹のマムシを骨ごと粉砕してハンバーグにしたもの。栄養価抜群の上、これが実に美味しいのだ。友人たちを連れていったとき、最初はあれこれ言っていたが、一口食べて「うーん、美味しい」となった。偏見が一気に氷解する瞬間を見るのは楽しいものだ。マム・スープも絶品である。マムシのガラに、牛乳とバターで炒めたコーンとハトムギを加えたもの。栄養満点だ。マム・フライも美味しい。あとはマムシの唐揚げとマム・山菜飯(要予約)。この二つはまだ食べたことはない。マムシの姿焼きもあるが、これは初心者にはおすすめできないし、私個人としてもあまり好みではない。私はいわゆるゲテモノ趣味ではない。ごく自然に「食」を楽しんでいるだけである。だから、ここでは万人向けとして、マム・ハンバーグを推薦しておこう。マムシには必須アミノ酸が豊富に含まれている。アスパラギン酸やヒスチジンなど約30種ものアミノ酸が確認されたそうだから、栄養の塊である。なお、店にはビールや酒も置いてあるが、ここでのアルコールは陶陶酒オールド。養命酒と並んで、健康酒のテレビCMでおなじみだろう(東京キー局の場合)。
店主の松井さんは陶陶酒本舗(創業1689年)に勤め、反鼻を担当していた。反鼻はマムシの粉末。ドリンク剤の必須アイテムである。松井氏は陶陶酒本舗をやめて、マムシ料理人として独立した。その関係で、店は陶陶酒ビルの地下一階にある。店内には、芸能人や作家、芸術家、マスコミ関係者の色紙がたくさん貼ってあり、「知る人ぞ知る」の世界をかいま見ることができる。プロレスの力道山のボトルがまだ置いてある(中身は真っ黒に変色しているが)。某作家は執筆に行き詰まると車で乗りつけるそうだ。官官接待や機密費でお支払いなんていう連中は来ないから、店内は自由な雰囲気だ。店主からは毎年達筆な年賀状を頂戴するが、今年はまだ行っていない。週に9種類10コマ(各90分)の授業をやるとぐったりしてしまうので、そのうち週末にでも行くことにしよう。
付記:「亜奈」は2004年5月29日に閉店した。常連客の落語家らが集まり、その年の5月12日、最後の「根岸亜奈マム会」が開かれた。