新聞小説とNHK朝の連続テレビ小説は無縁な人間と自負してきた。毎日少しずつ、ちょびちょびが耐えられない。ドカッとまとめて読んだり、みたりするのがいい。いまだに新聞小説は読まないが、朝の連ドラについては、ドイツから戻ってから変わった。家族に引きずられて、7時30分(衛星第1)の連ドラをみながら朝食をとるのが日課になってしまったのだ。いま放映しているのは、NHK大阪放送局制作の「ほんまもん」。親子二代の料理人を中心にした話。いかにもNHK大阪らしい。ただ、「おいしんぼ」風の、いささかドロドロとした人間ドラマという面が出ていて、朝から妙に重たい。沖縄を舞台にした「ちゅらさん」の方が朝にはあっていた。とはいえ、「料理は愛」というのがモティーフのようで、「たかが料理、されど料理」ではある。
先日、自宅書庫で本を探していたら、広島大学総合科学部『社会文化会報』(1996年1月)という小冊子が出てきた。所属していた社会科学コースの教員・院生・学生で作るコース内誌である。組織改編でもう廃刊になっているかもしれない。表紙を見ながら、少しさみしい思いがした。なかを開けると、私のエッセーを見つけた。タイトルは「もう一つの『超』勉強法」。内々に書いたもので少々気恥ずかしいが、以下に転載する。
もう一つの「超」勉強法
『「超」勉強法』(中公新書)なる本が売れている。乱読・多読を自認する私でも、この種の本には「食欲」がわかない。「立ち読み」ですませた。「面白いことを勉強する」「勉強を楽しいものに変えよう」というコンセプト自体は同感である。これは「料理」についても言えることだ。
私は1991年に旧東ベルリンに滞在した時期を含め、5年間一人暮らしをしている。その間、私の料理メニューは格段に増えた。ポイントは野菜の活用である。最低5種類は使う。たまに近所の農家の方が自家製のネギや白菜などを差し入れしてくれるのも幸いしている。加える肉の種類により、私のキンピラゴボウには3つのバリエーションがある。「もう一品」も大切だ。酢の物、胡麻和え、納豆おろし…。何でもいい。これで栄養のバランスが確保される。それと時間の短縮。肉や魚などは小さく分けてラップにくるみ、冷凍保存する。必要に応じてこれを電子レンジで解凍して使う。カップ麺はお湯を入れて3分待つ。その時間があったら、一方で即席ラーメンを煮ながら、同時にありあわせの野菜と卵を胡麻油で炒め、冷凍してある焼豚をレンジで温めてのせる。5分でリッチな野菜入りチャーシュー麺の出来上がり。3分待つか、5分動くか。後者が勝っているのは栄養だけではないだろう。勉強だって同じことである。社会科学コースの学生諸君も、今日から「アクティヴな自炊」をしてみたら? 勉強へのプラスの影響がきっと出てくるだろう。了
〔広島大学総合科学部『社会文化会報』(1996年1月)所収〕
この文章を書いてからしばらくして、私は家族のいる東京の自宅に引っ越した。それ以来、自分で食事をつくる機会は減った。昔の文章と再会して、我ながらよくやっていたなぁ、としばし感慨にふけっていた。そこで思い出したが、広島大学を去るとき、ゼミ生を東広島の家に集めて、中華料理のフルコースを作ってもてなした。前の晩から仕込みをはじめ、鳳凰の形をした前菜もつくったし、デザートもそれなりにこだわった。作りながら、学生たちの驚く顔、喜ぶ顔が目に浮かぶ。さらに思い出したのだが、旧東ベルリン滞在時、たまたまドイツに来られた畑博行先生(広島大学名誉教授)にベルリン・ポツダム案内をしたことがある。夜にはベルリン国立歌劇場での「魔笛」をセットした。その前に、早い夕食をアパートの私の部屋でとっていただいた。白菜の一夜漬け、鱒の塩焼き、大根おろし、鳥と野菜の煮込み、もり蕎麦。デザートは西瓜に日本茶というメニューだった(当時の手帳より)。私は階下の旧マルクト・ハレ内の八百屋と懇意にして、少量ながら多種類の野菜を買っていた。先生には蕎麦が何よりのご馳走だったようだ。実は日本からの最後の一束として大事にとっておいたものだったが、先生の嬉しそうな顔をみながら、つくづく食事は人のために作るものだと思った。
早稲田周辺にも、私の趣向に合う店が何軒か存在する。「『食』のはなし」で一度書いたが、今回は定食屋「みづ乃」(西早稲田1丁目)を紹介しよう。私のゼミ一期生のIさんがそこでバイトをしていた時、「先生、炒り玉丼を食べにきて下さい」と言われて訪れてから、やみつきになった。炒り玉子がメインディッシュになることを、この店で初めて知った。ジワーッと舌の上でとろける卵が実に美味である。加えて、味噌汁の具の多さは並でない。実は昨日、夜の会議の前にここで食事をしたのだが、隣席の学生に声をかける女将さんの言葉が実によかった。「あんた、大根好きかい。この時期は根菜類が旬なんだよ。いっぱい入れとくね」。ここのサラダには大根がたっぷり入っている。同程度の値段では、他店で考えられない野菜の量だ。
私は子どもの頃から母に「野菜を食べなさい」と言われてきた。だから、ドイツでホテルに泊まっても、ハム・チーズの皿にのっているわずかなパセリを集めて食べていた。野菜は健康の源だとつくづく思う。と、ここまで書いてきて、最近まったく家事をやっていないことに気づく。家族に読まれるとまずいので、このへんでやめることにしよう。^-^;
※定食屋「みづ乃」 新宿区西早稲田1-9-17。都バス「グランド坂下」バス停前。モスバーガー西早稲田店の手前。電話03-3203-8441。日・祭休。営業時間は11:30~14:30,17:00~20:00