在独米軍基地使用拒否の論理 2002年10月7日

治家は選挙が命である。そのためには何でもやる。9月22日のドイツ総選挙の結果、「赤・緑」〔社民党(SPD)+緑の党〕のシュレーダー政権の続投が決まった。最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)の追い上げも激しく、得票率は何とSPDと同じ38.5%だった。いわゆる「小選挙区比例代表併用制」のため「超過議席」(比例配分議席数を小選挙区獲得議席数が上回った場合、その分だけ総議席数を増やす仕組み。今回は5議席でSPDは4議席獲得)が生まれ、その恩恵をより多く受けたSPDが緑の党との連立で過半数を維持した。得票数では、与野党の差は9000票程度という、きわどい(knapp) 勝利だった。経済・失業対策も不調で、勝てる要素が何一つなかったのになぜ勝てたのか。それは、総選挙が近づいた時期に、ブッシュ政権のイラク先制攻撃方針に対して、シュレーダー首相が、「人も金も出さない」という反対姿勢を鮮明にしたことが大きい。世論の圧倒的多数がイラク攻撃に反対という「追い風」に乗って、特に東部地域でかなり票を増やした。反戦を売り物にした民主社会主義党(PDS)は、SPDにおかぶを奪われ、連邦議会の会派として消滅した(小選挙区の2名のみ)。

  この選挙について、英国留学中のゼミ学生が、ホームページにエッセーを寄せてきた。そこで紹介されている、シュレーダーと対立候補とを比較した例え話は面白い。それにしても、イラク問題でのシュレーダーの「転換」は唐突だった。「対テロ戦争」ではブッシュに「限りなき連帯」を表明して、ドイツ連邦軍を世界各地に出動させたのとは大違いである。もともとシュレーダーはJUSO(社民党青年部)議長以来、反戦・反核運動の先頭に立ちつつも、変わり身の速さで首相まで登りつめた。コソボ紛争ではNATO空爆を強行した(シャーピング前国防相も同様)。  2001年10月には、ワシントンでブッシュとお揃いの赤いネクタイを締めて記者団の前にあらわれ、「限りなき連帯」を演出した。SPIEGEL雑誌『シュピーゲル』最新号は、2人の写真を真ん中から引き裂いて、冷えきった米独関係を象徴させている。「政権維持のために、米独関係を犠牲にしたのか」という保守派の批判がある一方、やはり、米国との適切な距離を求める世論の支持も背景にある。最新の世論調査でも、イラク攻撃への参加に反対する者が97%である。イラク攻撃に参加しなくても、米国との関係は悪化しないとする者は71%だ。ちなみに、ブッシュ大統領に反感をもつドイツ人は52%と、過半数に達する(Die Welt vom 3.10.2002)。嫌われたものだ。
  国連安保理決議の動向を含め、今後、ブッシュ政権は、「同盟国」に対してイラク攻撃参加への「踏み絵」を迫っていくだろう。この問題と関連して、連邦行政裁判所裁判官のD.Deiseroth教授の論文が注目される。タイトルは「憲法破壊の淵で」(Am Abgrund des Verfassungsbruchs, in:Dokumentation, Frankfurter Rundschau vom 11.9.2002) である。

  論文のエッセンスは、米国が対イラク戦争のために上空通過を求めてきた場合、または在独米軍基地を使って行動する場合、ドイツ連邦政府は「憲法破壊の淵に」立つことになり、それは、基本法および「2プラス4条約」(1990年ドイツ統一を規定した条約)と抵触する。連邦政府が、イラク攻撃のための在独米軍基地使用を「異議なく黙認する」ならば、それは「致命的な先例」をつくり出すことになるというものだ。長文なので、ポイントのみ紹介しよう。

  米国政府による、サダム・フセイン体制を崩壊させるための対イラク戦争は、多くの重要な法的問題を投げかける。ドイツがその主権(高権)領域について、米国の対イラク戦争に巻き込まれるのであるが、それは少なくとも4通りある。 第1に、ドイツ空域における上空通過権の問題、第2に、米軍用機が、在独米軍飛行場(例えば、ライン・マイン米空軍基地)に給油のため着陸し、そこから出動領域〔イラク〕に飛行を続けることができるかという問題、第3に、米政府は、在独米軍基地に貯蔵されている戦時資材、並びに、そこに駐屯する部隊を空路または海路で戦争地域に搬送することができるかという問題、そして第4に、ドイツにある司令部施設(シトゥットゥガルト-ヴァイヒンゲンの米EUCOM)並びに通信・基盤システムは、対イラク軍事作戦の計画および遂行に編入され得るかという問題である。
  米国政府が行おうとしている対イラク戦争は、それを授権する国連安保理決議を欠く。90年11月の678号決議は、イラクからクウェートを解放するための「必要なあらゆる手段」を認めたもので、今日では使えない。湾岸戦争後の休戦状態や国連武器査察団(UNSCOM)派遣に関する安保理決議もまた、同様である。
  サダム・フセイン体制の転覆と、イラクを米国の影響下におくことを目的とした対イラク軍事攻撃について、米国政府は、国連憲章51条を根拠とすることはできない。51条は、「武力攻撃が発生した場合に」個別的および集団的自衛権を認めているが、予防攻撃ならびに先制自衛は国際法上許されないと解されているからだ。国連憲章の文言、体系、目的も、予防戦争の権利(予防的自衛)と対立する。憲章2条4項にいう武力行使の禁止から出発すべきだ。国連憲章は、武力行使を厳格に禁止し、極めて限定された例外のみ定めている。すなわち、国連憲章42条、43条、53条による安保理を通じたの軍事的強制措置と、個々の国家には、51条の自衛権による場合である。
  侵略を計画しかつ遂行するNATO加盟国は、上記の国連憲章に違反するだけでなく、同時にNATO条約1条にも違反する。そこには、NATO加盟国は、国連憲章に基づき、関係する国際紛争を「平和的手段によって国際の平和及び安全、及び正義を危うくしないように解決すること、並びに、それぞれの国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使う、国際連合の目的と両立しないいかなる方法によるものも慎むことを約束する」とある。
  国連憲章51条により正当化されない「予防戦争」は、NATO条約5条の「同盟事態」で正当化できない。国連憲章に違反することを、NATOは決定も遂行もできないし、してはならない。侵略戦争が、NATO同盟事態を持ち出すことで防衛戦争になることはない。
  侵略者だけではなく、例えば、主権領域でその戦争に必要な行動を黙認し、あるいは支援するということにより侵略者を援助する国家も、国際法違反に問われる。この行為は、1974年12月14日の国連総会決議「侵略の定義」3条f項で確認されている〔「他国の自由に任せた一国の領域が右の他国によつて第三国に対して侵略行為をなすために使用されるのを許すにさいしての、右の国の行為」〕。
  ドイツ政府は基本法25条により「国際法上の一般原則」に拘束される。国際的な協定をも含む一般国際法(例えば、1944年のシカゴ協定1条)によれば、国家は、その主権領域の上空について「完全かつ排他的な空域高権」を有する。ドイツのように、外国軍隊が駐留する場合には、駐留軍の移動の自由の範囲と限界は、通常、特別の協定で規律される。ドイツでは、NATO軍地位協定の補足協定[1959年]がそれにあたる。1993年の改定前は、在独米軍は、ドイツ領域内で非常に広範な移動の自由を与えられていたが、94年発効の改定協定では、在独駐留米軍は、車両、船舶、航空機により連邦領域の内部または上空を移動するときは、原則として、そのつど、ドイツ連邦政府の許可が必要とされる(補足協定57条1項1文)。もっとも、同2文には、NATO協定などの範囲内の輸送や移動は「許可されたものとみなす」とされている。だが、この2文の場合は、NATOの枠内で駐留する米軍部隊に限定されると解される。とすれば、「NATOの委任」のない、NATO領域外の戦争領域(例えば、イラク)に向かう米軍機の飛行については、一般国際法およびNATO軍地位協定の補足協定57条1項1文により、連邦政府の許可を必要とする。
  同様のことは、在独米軍基地にもあてはまる。NATO補足協定53条1項によれば、米軍は在独米軍基地内において、「防衛上の責任を十分に遂行するに必要な措置をとることができる」。同2項には、上記の措置は、基地の上空にも適用される。このことから、権限あるドイツ当局、特に連邦政府には、駐留軍が基地内において、NATO条約や補足協定にいう「防衛義務」を遂行しているかどうか、それとも他の措置を準備し、遂行しているかどうかについてコントロールする権限が法的に導かれる。補足協定53条3項は、ドイツの当局が基地内において「ドイツの利益」を保護するために必要な措置をとることができると定める。基地内の「ドイツの利益」の具体化は、基本法20条3項で「法と法律」に拘束され、かつ同25条で一般国際法に拘束されるところの権限あるドイツ当局、特に連邦政府の任務である。ドイツ領域内において国際法違反の行為が行われ、かつ支援されることを阻止するために必要なあらゆる措置がとられる。このことは、統一ドイツは、その国土から平和のみが生ずるよう配慮するという「2プラス4条約」2条で義務づけられている。
  米国の対イラク戦争に際して、ドイツ政府は一方で、ドイツの空域および主権領域が国際法違反の侵略戦争遂行に関わることを意識的に黙認することによって、将来にわたる致命的な「先例」を創出することになる。他方で、ドイツ政府は、憲法破壊の淵に立つ。もしも、意識的にドイツの主権領域を国際法違反の戦争の遂行に巻き込み、関わらせれば、それは基本法26条および「2プラス4条約」2条に抵触する。これらの条項は、明文で、侵略戦争の遂行を「準備すること」を禁止しているからである。
  基本法26条にいう侵略戦争の禁止は、無条件的に定められている。つまり、侵略戦争の準備、遂行、支援は、いかなる観点からも「違憲」であり、「処罰される」のである。

  ドイツ語の論文を要約したため、読みにくくなったことをお詫びしたい。この連邦行政裁判所裁判官が言わんとするところは、米国政府が計画している対イラク戦争は、国際法違反の侵略戦争の性格をもち、NATO条約の枠内での「防衛任務」ではない。したがって、米軍が在独米軍基地を使用し、ドイツ上空を通ってイラクを攻撃する行為を黙認すれば、ドイツは侵略戦争の支援国となる可能性がある。連邦政府は、「ドイツの利益」を守るために、在独米軍基地内における「侵略戦争を準備する行為」をやめさせる必要なあらゆる措置をとることができる。また、米軍機の上空通過や給油のための着陸を許可しないこともできる。裁判官は明確に書いてはいないが、言いたかった結論はこうなるだろう。すなわち、シュレーダー首相は対イラク攻撃について、ドイツは「人も金も出さない」ということを明確に主張したが、その立場を一貫させるならば、国際法違反の米国の行為を黙認することなく、上空通過や在独米軍基地の使用に対してノーを言うべきだろう、と。これは現行の法的枠組で可能なギリギリの抵抗であろう。

  ひるがえって日本はどうか。95年の沖縄・少女強姦事件を契機に、米軍地位協定の見直し要求が高まった。だが、日本政府は米側との改定交渉に関心を示さなかった。ドイツが93年にNATO軍地位協定の補足協定の大幅改定を行い、前述のような許可権を入れさせたのとは大違いである。
  日米安保条約による「全土基地方式」の結果、米軍は日本各地で好き放題に低空飛行訓練を繰り返している。イラク攻撃が始まったとき、日本政府は、安保条約6条の交換公文に基づき、「日本を基地とする戦闘作戦行動」について事前協議を申し入れるべきだろう。協議の場では、安保条約6条で基地を提供するのは、日本および「極東」の平和と安全のためであり、イラクに対する先制攻撃のための在日米軍基地の使用は安保条約に違反することを明確にすべきである。安保条約1条は、NATO条約1条と同様に、国連憲章の尊重と、「武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むことを約束する」と定める。日本は、安保条約に基づき、「国連憲章の目的と両立しない」、イラクの「領土保全又は政治的独立に対する」武力行使に協力しないことを明言すべきだろう。もっとも、60年の新安保条約から42年。情けないことに、日本政府はただの一度も事前協議の申し入れを米側に行っていない。核積載空母の日本寄港をめぐってもそうだった。今回の対イラク攻撃は、従来米国が行ってきた武力行使のなかでも、最も理不尽で傲慢な部類に属する。もし、これを黙認し、また支持すれば、日本もまた侵略に手を貸すことになることを銘記すべきであろう(「侵略の定義」3条f項)。

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