「朝日新聞」2002年6月17日付

専門家ら「選択肢として無理」-- 核武装の可能性、政府は過去に研究

 非核三原則見直しをめぐる福田官房長官の発言は、日本の核武装に対する周辺諸国の懸念を呼び起こした。政府は部内で秘密の研究を繰り返し、米国の核の傘の信頼性が崩れない限り、核武装の選択はありえないことを確認している。その研究に携わった専門家たちは「今もそれは変わらない」(蝋山道雄・上智大名誉教授)と強調する。政治家の安全保障戦略に対する、見識と姿勢が問われていると言えそうだ。

◇2度の否定
 これまで政府は分かっているだけで2回、核武装の可能性を探る研究を行っている。
 1回目は67年から70年にかけて行われた「日本の核政策に関する基礎研究」。内閣情報調査室が、蝋山氏を含む国際政治学者や科学者に委託した。
 研究会の発足は佐藤内閣で非核三原則を打ち出す直前。核不拡散条約(NPT)調印を控え、核政策が課題になっていた。
 報告書は中国からの核の脅威を想定してまとめられた。技術的には「プルトニウム原爆を少数製造することは、比較的容易」としながら、もし踏み切れば「中国に一層の警戒心を抱かしめるばかりでなく、ソ連や米国の猜疑(さいぎ)心も高める」とし「日本の外交的孤立化は必然」と分析。「核兵器を持つことはできない」と結論づけた。
 2回目は村山政権下の95年。防衛庁内で冷戦終結という新たな戦略環境を踏まえ、部内の専門家に研究させた。関係者によると、ソ連崩壊によって東西間の核の「均衡と抑止」が崩れ、米国の抑止力が機能しない可能性が出てきたとの認識に立ちながらも、やはり「日本が核武装する必要は認められない」という結論に至ったという。

◇同時テロ後
 昨年9月に米国で起きた同時多発テロは、米国の圧倒的な通常戦力と核戦力をもってしても、抑止できない大量破壊の脅威があることを、世界に見せつけた。
 これを受けて米国は、軍事戦略の大幅な見直しを進めている。自殺攻撃をしかけて来るような抑止の効かない敵には、先制攻撃も辞さない姿勢を示す一方、核兵器使用の敷居を下げることも検討中と伝えられている。
 米政府は明言はしていないものの、日本を含む同盟国が、米国の核の傘に疑念を持たないようにする狙いもあると見られる。

◇続く米依存
 冷戦期から一貫して、日本が核武装に走る必然性があるのは、米国が日本を見捨てるなど、核の傘の信頼性が著しく傷ついた場合に限られるというのが、専門家に共通した見方だ。
 ポスト「同時多発テロ」の新たな戦略環境の下でも、日本が核武装する選択肢は現実的にはないとの見方が支配的だ。防衛庁の研究に参加した専門家の一人は「日本の核兵器は中国かロシアの先制使用を抑止するため。米国の核の傘が効かない場合には、仕方なく自分でやるということになるが、米国を超える抑止力は持てない」と語る。
 しかも、実際に日本が核の脅威にさらされると想定されるのは、台湾海峡危機が起こり、中国が日本の米軍支援を阻止しようとする場合ぐらいだという。日本が核武装を完了するほど長期にわたるとは考えられず、「核武装を合理化するものとはならない」というのが専門家たちの見方だ。