1月9日、陸自先遣隊と空自本隊の派遣命令が出された。官房長官と防衛庁長官との間で、派遣命令の時期をめぐって確執があったようだが、防衛庁長官は9日で押し切った。『読売新聞』 10日付にそれを皮肉った漫画(かわにしよしと作)が載っている。「これで変更ナシ…ですね?」という防衛庁長官のジトーッとした眼差しが強調されている。 ところで、イラク特措法上、自衛隊派遣は国会承認事項である。各種命令から20日以内に国会に付議し、国会閉会中は「その後最初に召集される国会」で「速やかに」承認を求める必要がある(6条1項)。 12月19日、陸海空三自衛隊に派遣準備命令が発令されているから、通常国会では三自衛隊すべての派遣に関して国会承認を求めなければならない。ただし、「不承認の議決があったときは、速やかに、当該対応措置を終了させなければならない」(同2項)。この派遣は、米国によるイラク占領の支援という国際法上も「大義」のない行為であり、日本国憲法に違反する行為であるのみならず、イラク特措法2条(戦闘地域での活動等)違反の行為といえよう。従来の政府解釈からも許されない「海外派兵」である。国会が本来の見識を持っていれば、これは不承認とすべきものだろう。
さて、1月5日の「直言」は、その自衛隊がイラクに持っていく武器の話をした。今回は、ミサイル防衛(MD)システムという超高額「武器」導入と、「武器輸出三原則」を換骨奪胎する動きについて述べよう。
「われ、テポドンをかく迎え撃つ」とばかり、不況のご時世に、 13桁の莫大な国家予算が、とんでもないことに投入されようとしている。自衛隊にイラク派遣命令が出された12月19日、MDの導入が閣議決定された。来年度予算に関連費用を盛り込み、2007年度から初期配備をめざすというが、当面の導入費だけで5000億円。維持・運営費などで1兆円を軽く超える(『朝日新聞』
12月19日付)。「開発・改良にあわせて配備を続ければ、10兆円を超すとの見方すらある」(『北海道新聞』12月20日付社説)。
MDとは、弾道ミサイルが飛んできたら、イージス艦搭載のスタンダードミサイル(SM3)が大気圏外で捕捉し、撃ち漏らしたものを地上配備の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)で迎撃するというものだ。福田官房長官は、MDを「国民の生命・財産を守るため、ほかに代替手段のない唯一の手段」とした。「唯一の手段」とはよくいったものである。特別に高い買い物をするのに、この程度の説明で済んでしまうのだから、この国はどうかしている。米国ですら、SM3の実験を過去5回実施して、成功したのは4回だったという(同
12月20日付)。91年湾岸戦争時、パトリオットミサイルの命中精度がさほど高くなかったことは今や常識である。この「二段階迎撃」がどこまで有効かは、米国でも疑問が出されている。PAC3は射程20キロで、配備されるのは4個隊だけ。「防衛対象は首都圏の一部に限られる」と、つまり北海道は「防衛対象」でないのか、と前記『北海道新聞』社説は批判している。
冷戦時代から、相手のミサイルを迎撃して「国民の生命・財産を守る」と自称する構想がABM、SDIとして出てきたが、どれも破綻した。結局、撃ち漏らす可能性を否定できなかったからだ。ブッシュ政権は2004年度からMDの配備方針を決めたが、民間機を使った自爆攻撃を体験した米国では、MDへの関心はさほど高くない。その需要をどこか別に求める必要がある。その「いいカモ」が、北朝鮮問題について理性的な判断を失っている日本というわけだ。かくて、小泉政権は大まじめで、MD導入に突き進んでいる。あの防衛庁長官の目は、お年玉をもらって、お目当てのプラモデル売り場に向かって、デパートのエレベーターを駆け上がる男の子のそれよりも座っている。プラモデルならばお年玉の範囲内だが、本物は超高額である。
そもそも超音速で飛来する弾道ミサイルを撃ち落とすのは、「弾丸を弾丸で落とす」ようなものとされる。その効果を含めて、これが本当に「国民の安全・生命を守る唯一の手段」なのかはかなり怪しい。1998年頃からMDに関する日米共同技術研究が始まったが、PAC3とSM3は、米国が独自に開発したシステムを購入するもので、自民党内にも「米国の開発費の一部を負担するだけでは」との疑問もあると聞く。なお、北朝鮮が米国に向けて撃ったミサイルを、日本上空で撃墜するという場合、集団的自衛権の行使にあたる可能性もある。発射段階で、日本(在日米軍基地)に向けて撃たれたものか、米国本土に向けたものかの区別は可能であり、集団的自衛権行使の問題は起きないというのが政府の立場である。だが、この物言いはかなり詭弁である。このままいけば、MDよりも、相手国の基地を直接たたく攻撃能力をもった方が確実だということにもなりかねない。あの防衛庁長官は昨年3月の国会で、「(敵基地攻撃能力の保有は)検討に値する」と、座った目を左右に動かしながら、我が意を得たりという答弁をしている。日本も先制第一撃能力を持ちたいという衝動をおさえられなくなってきたようだ。
加えて、MD日米共同研究で日本側は、ミサイル追尾の赤外線シーカーなど 4分野を担当している。米国がこのMDを他国に売却すれば、その部品が第三国にわたることになる。それがイスラエルである可能性はきわめて高い。MD導入決定と同時に、政府が武器輸出三原則の「見直し」を表明したのは偶然ではない。
武器輸出三原則とは、 1967年4月21日の佐藤首相が衆議院決算委員会における答弁で表明したものである。(1) 共産圏諸国向けの場合、 (2)国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合、
(3) 国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合には、武器輸出は認めないというものである。これは、1976年2月27日の衆議院予算委員会における三木首相の答弁において、「武器輸出に関する政府統一見解」としてさらに強化された。すなわち、(1)
三原則対象地域については「武器」の輸出は認めない、 (2) 三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、「武器」の輸出を慎むものとする、(3)
武器製造関連設備の輸出については、「武器」に準じて取り扱うものとする、と。この二つをあわせて「武器輸出三原則等」という。
では、いま、なぜ武器輸出三原則等の「見直し」なのか。端的にいえば、「国民の安全・生命」のためというよりも、米国との軍事的関係を際限のないものにして、軍需産業のための「好況事業」を促進する試みといえる。いずれは「非核三原則」の放棄にも連動する重大な問題を含んでいる。
他国に対しては武器輸出の制限や規制を求めながら、米国との関係では「何でもあり」の状態にもっていく。憲法9条2項を改正して武力行使を「普通に」できる国をめざす動きは、こうやって進んでいくのである。
MDシステムが完成した頃、米国が日本の頭ごなしに北朝鮮と国交を結び、北朝鮮がテポドンを廃棄するという悪夢。日米軍需産業のための「好況事業」の残骸は、道路計画が中止され、奥深い山中に野ざらしになった高速道路の橋脚よりも、無残なものとなろう。