「審議会は新議会」? 2004年10月25日

『朝日新聞』(東京本社14版)10月18日付一面ハラに興味深い記事が載っていた。見出しは「審議会委員の33%兼職」「省庁設置非常勤『4つ以上』が15人」。受け記事の二面「時々刻々」はデータが詳しく、興味深い。朝日記者が情報公開請求により内閣府に開示させた文書をベースに書かれた記事だ。こういう手法で政治や行政の歪みをあぶり出す仕事は貴重である。これは30代の社会部記者二人の署名入り記事だが、ともに教育や福祉、地域の社会問題を取材してきた女性記者である。一人は2年前に、年金改革について社会保障審議会や政府税制調査会への独自アンケートをやって記事にしている(『朝日新聞』 2002 4月10日付)。今回の記事の要旨はこうである。

  中央省庁に設けられた104審議会の非常勤委員1702ポストのうち、33.5%にあたる570ポストが、複数の審議会に在籍している兼職委員で占められている。5つも兼職している委員が実名で二人登場する。1割近い155ポストが府省庁の出身者である。これは兼職や官僚出身者の任命の抑制を定めた閣議決定に反する。どういう基準で選任しているのか。ある省の担当者によると、「会議を混乱させるようなことを言わない人かどうか、過去にその人を使った省庁に電話して尋ねた」という。未知数の人物を新規に選ぶより、「実績」のある人を選ぶ。結果的に兼職者が増えるわけである。審議会の下に設置される分科会や部会、研究会などの委員は、兼任や官僚出身者の制限がないため、「自由な人選」が行われている。ある省の幹部によると、今年新設した研究会については、「反対意見を言う学者は外すように指示した。このメンバーなら、思う結果になるはずだ」という。

  記者が各省庁に、全委員の略歴がわかる文書の開示を求めたところ、経済産業省はすべて不開示、国土交通省は13審議会中10が不開示。厚生労働省は開示したものの、黒く塗られ内容が読めない文書が目立ったという。開示された略歴とその後の取材で、155ポストを官僚OBが占めていることもわかった。外務省が24.4%、防衛庁は20%が官僚OBである。 委員を送り込む団体も、消費者代表は主婦連、労働団体代表は連合という形で、一部に偏っている。こうした団体の「指定席化」について、連合のある役員はいう。「緊張感がなさすぎる。労働者代表として連合が独占していることも問題。全労連などほかの団体からも選ぶようになれば、もっと真剣に審議会に臨むはずだ」と。

  官僚OB、一部利益団体の代表、「反対意見を言いそうにない」学者によって構成される審議会とは一体何なのか。こうしたタイプのものがたくさんできるようになったのは、中曾根内閣時代、1983年の国家行政組織法改正(1984年7月施行)がきっかけだった。もともと審議会の設置は、国家行政組織法8条で法律事項とされていた。審議会を新たに設けたり、改廃したりするのに国会の承認が必要だったわけである。ところが、中曾根時代の法律改正により、審議会は「法律又は政令」で設置できるようになった。内閣の命令である政令で設置できるのだから、内閣が必要とあれば自在に審議会を設置できる。審議会好きの中曾根首相のもと、200以上の審議会が生まれた。ちなみに、1985年8月段階で214あった審議会のうち、法律に基づくもの149、政令に基づくもの65であった。某作家夫妻や東大教養部某教授、某電気会社社長など、中曾根首相好みの文化人、学者、経済人が各種審議会の常連となった。兼任はザラだった。
  
審議会の答申が出ると、各省庁はそれに基づいて法案を練り、内閣提出法案として国会に出てくる。その際、大臣のセリフは、「審議会でよくご議論いただいておりますので」となる。それならばと、国会での審議は簡略化され、その結果、官僚の書いたシナリオ通りに、審議会答申が法案の形になって国会で「粛々と」成立していく。審議会の委員選定は民主的手続を経ていないにもかかわらず、審議会で決まった通りのことが国会で決まっていく。まさに政治的意思形成過程における「省エネ」化である。「審議会はその構成メンバーの人選を各省庁が行い、各省庁の事務局がつくった答申を追認することによって官僚行政の遂行に正当性を付与する。官僚主導のボトム・アップ式から、トップダウン式への重点移行が見られる。特に、臨調型審議会は社会の各層の有力者を集めている結果、一種の『疑似代表制』が付与される」(拙著『現代軍事法制の研究』358頁)。この現象を、手島孝九州大学名誉教授は「審議会(しんぎかい)は新議会(しんぎかい)なり」と喝破した。「Rechtslehre und Rechtsleere」を「法学と法が空」と訳した洒落の名手だけあって、事柄の本質をつくネーミングである。
  
なお、中曾根時代に続々と生まれた審議会は、1999年4月の「審議会等の整理合理化に関する基本的計画」が閣議決定された後は減少に転ずる。ただ、「私的諮問機関」というのがあって、これが曲者である。お仲間の研究会報告だったら誰も注目しないが、首相の「私的諮問機関報告」となると、新聞が一面トップで紹介し、報告書全文が新聞に掲載される。10月4日に出された首相の私的諮問機関「安全保障と防衛力に関する懇談会」の報告書は、その意味で特に問題である。「多機能弾力的防衛力」への転換を主張し、グローバル安保対応型の自衛隊への改編が狙われている。その内容的批判は次回に譲るとして、今回注目したいのはそのメンバーの偏りぶりである。
  
座長:荒木浩(東京電力顧問)、座長代理:張富士夫(トヨタ自動車社長)、委員:五百旗頭真(神戸大教授)、佐藤謙(元防衛事務次官)、田中明彦(東大教授)、西元徹也(元統幕議長)、樋渡由美(上智大教授)、古川貞二郎(前内閣官房副長官)、柳井俊二(前駐米大使)、山崎正和(東亜大学学長)。この顔ぶれを見れば、財界人、元官僚、元高級幹部自衛官、その筋の学者だけの「私的趣味機関」ではないかと言いたくもなる。軍需産業と制服OBの意図が露骨に反映した報告になるのはあまりに自然だろう。
  
ちなみに、私の同僚や知人たちも国や地方自治体の審議会委員になっている人が少なくない。それぞれ学者として立派な専門的知見をもつ人々だから、大いに発言しているだろうと期待もしている。広島大学在職時代も、周囲に国や県、市の審議会に関与する人が結構いた。私の場合、大学教員21年間、「勉強会」や意見陳述という形では、国・地方の機関や与野党双方から呼ばれたことはあるが、行政の審議会のような世界とはまったく無縁だった。この「直言」のバックナンバーをザッと読めば、「反対意見を言いそうにない人ではない」と判断されても仕方ないだろう。もっとも、これは私の重要な持ち味でもあるので、これからもそれを大切にしていきたいと思う。

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