共同通信インタビュー(掲載紙後掲)

[憲法を考える]/自衛隊発足から50年

 防衛庁と自衛隊が一九五四年七月に発足してから五十年。日本国憲法は第九条で戦争放棄、戦力不保持、国の交戦権の否認を定めているが、政府は「独立国である以上、主権国家としての固有の自衛権は否定されない」と解釈し、「必要最小限度の防衛力」の整備に努めてきた。今はイラク人道復興支援など国際貢献が自衛隊の新たな役割に加えられている。憲法改正に賛否両論がある中、第九条と自衛隊との関係を中心として、憲法学者の水島朝穂さんと軍事アナリストの小川和久さんに意見を聞いた。(この企画は第4週の木曜日に掲載します)


憲法学者・水島朝穂さん

軍事によらない平和を

九条は世界の公共財産

 自衛隊の五十年は「自衛のための必要最小限度の実力は憲法第九条に違反しない」 という政府解釈を基本としてきた半世紀だった。自衛隊発足にあたり参院は「自衛隊 の海外出動禁止決議」を全会一致で行っている。

 「専守防衛」を基本とする自衛隊創設の趣旨は、一九九○年代に入ると急速に変 わっていく。政府が「国連の枠組み」を強調して、国連平和維持活動(PKO)協力法を 成立させたのが一九九二年。しかし二○○一年のテロ対策特別措置法では国連の枠組 みすらなくし、インド洋にイージス艦を派遣した。そして○三年のイラク特措法では 「非戦闘地域での人道復興支援」を名目として地上部隊をイラクへ投入するに至って いる。


無理屈

 この間、政府は「へ理屈」を積み重ねて、現実と憲法との「整合性」を保とうとし てきた。湾岸戦争当時の政府見解は「自衛隊は多国籍軍に参加できない」だった。統 一された作戦統制権の下、武力行使の目的を持って行動するのが多国籍軍である以 上、そう解釈するのは当然だ。しかし今回、小泉純一郎首相は多国籍軍に関して「自 衛隊の指揮権は日本にある」と説明している。軍隊の実態を無視した発言であり、こ れでは「へ理屈」にもならず、「無理屈」と言うしかない。

 現在の自衛隊は世界第二位の実力を備えた軍隊にほかならない。海外への投入を前 提とする機動運用部隊が編成され、運用思想が「自衛」から「海外緊急展開」に変容 している。「自衛隊」という言葉をも死語にしかねない勢いである。

 憲法は国家権力を縛る規範であり、九条が明確に方向づけているのは、簡単に言え ば、国家は非武装でなければならないという制約である。「そのような理解は現実に 反する」と言われるが、九条を作ったときの国家の意思は、「安全保障は基本的に自 国の軍隊によらないで総合的に考えなさい」という課題を政府に課すことだった。

 憲法九条が要求している「軍事力によらない平和」は今、世界の流れになってい る。民族紛争などに単純に軍事介入するのではなく、仲裁的な手段を何らかの形で投 入してきている。紛争介入型の非政府組織(NGO)も注目されてきている。コソボ紛争 では、欧州安保協力機構(OSCE)の監視団が地味だが成果を挙げていた。北大西洋条約 機構(NATO)による空爆は問題をかえって複雑にした。

 憲法九条は脱軍事化の方向を先駆的に示していたわけで、冷戦後、世界の常識の方 が九条に近づいてきたといっていい。九条は、日本国民が勝手に変えられる日本国民 だけのものではなく、軍事力によらざる平和を目指す、世界の公共財になりつつあ る。


軍隊化の道

 このような憲法九条の徹底した平和主義は、一つには広島・長崎の原爆被害を体験 した国民の憲法であることからきている。核戦争への懸念と、アジア諸国が抱いてい る「日本が侵略戦争をするのではないか」という懸念。その両方の懸念への歯止めと して九条があった。

 冷戦が終わった今、世界は武力によらない方向を求めてきている。だが、現在政府 は、米国の要請と自国の「国益」追求のため、ヘリ空母のようなヘリコプター搭載護 衛艦を建造するなど、海外展開能力の強化をはかろうとしている。「軍隊ではない自 衛隊」という建前すら外して、本格的な軍隊化の道を進んでいる。この方向は、米国 とともに、アジア・太平洋地域において武力を行使する国へと変容することを意味す る。

 しかし、これからは自衛隊を憲法九条の方向に近づけていくべきだろう。自衛隊の 軍隊化をやめ、災害対策組織にシフトさせて、アジアの援助部隊に転換すべきであ る。

 国家による安全保障はトレンドでなくなった。国家の役割は否定しないが、NGOな ど新しい平和の担い手による枠組みを構築していくべきだ。

 憲法改正の必要はない。いま何かの条文を加えたり、変えたりすることは、結局九 条の改定につながるだけだ。アジアからも国内からも反発を招き、国の形としても、 すべてマイナスに作用する。(聞き手は共同通信編集委員 土屋美明)

 みずしま・あさほ 早稲田大学教授。憲法・法政策論専攻。著書は「現代軍事法制 の研究」(日本評論社)、「有事法制批判」(岩波新書、共著)など。ホームページは http://www.asaho.com。1953年東京都生まれ。


『沖縄タイムス』2004年7月22日付
『琉球新報』    〃
『四國新聞』    〃
『デーリー東北』  〃
『山陽新聞』    〃
『山口新聞』    〃
『佐賀新聞』    〃
『大分合同新聞』 〃
『神戸新聞』2004年7月23日付
『愛媛新聞』    〃
『山陰中央新報』 〃
『中国新聞』2004年7月24日付
『信濃毎日新聞』2004年7月26日付
『下野新聞』2004年7月27日付
『福井新聞』    〃
『高知新聞』    〃
『熊本日日新聞』2004年7月28日付
『岩手日報』    〃
『神奈川新聞』2004年7月29日付
『岐阜新聞』2004年7月30日付
『山梨日日新聞』2004年8月2日付
その他