「普通の軍隊」への「Dデー」  2005年10月3日

「水際で国土を守るということではなく、もっと国土の外に出たところに防衛ラインを引くといった仕組みに変えていかなければならない」「戦闘機にしても、将来的には長距離を航行し、敵基地を叩くことも考えなければならなくなるかもしれない。…(巡航ミサイル)トマホークは買ってもいい」「私が非常に残念に思うのは、米欧共同開発の統合攻撃戦闘機『ジョイント・ストライク・ファイター』の共同開発に日本が関与できなかったことです。そんな武器輸出三原則は、私はおかしいと思っているわけです」「憲法を改正し、平時と有事の規定を設けて、そのスイッチによって国家と個人の権利・義務関係が変わる制度をしっかり作らなければならない」「軍事裁判所のようなものも作らないといけないですね」「国会議員はしゃべるんですよ、機密情報をペラペラと。…ですから、国会議員を守っている憲法第51条を改正し、少なくとも国会の秘密会で討議されたことを外部に漏らした場合の厳しい罰則を盛り込むべきでしょうね」等々。

  マスコミで「軍事オタク」という定冠詞がつく石破茂・元防衛庁長官とともに、軍事評論家のように「ペラペラとしゃべる国会議員」は誰あろう、9月17日に民主党代表に選出された(わずか2票差!)前原誠司氏(43歳)である。『日本の防衛7つの論点』(宝島社)という本のなかで前原氏は、非核三原則に対する積極評価を除けば、石破氏の発言とも響き合う、かなり踏み込んだ発言をしている。民主党の「次の内閣・防衛庁長官」というだけあって軍事知識はあるようだが、松下政経塾出身者特有の「権力・権威に弱い坊ちゃん保守」(佐高信)の軽さを感じる。議員の免責特権(院内での発言について院外で責任を問われない原則)を定めた憲法51条を改定して、秘密保持の「罰則を盛り込め」(憲法に!?)といった発言は、与党議員でもなかなかできるものではない。「327」による衆議院「総占拠」に近い事態が起きるなかで、民主党には、野党第一党として、他の野党とも協力しながら、小泉首相の突出をチェックしてほしい、と私も思う。しかし、代表就任後の『読売新聞』インタビューを読んで、かなり不安になった。

  『読売新聞』9月22日付は、一面で、インタビュー要旨を「憲法9条2項は削除」「前原民主代表、集団的自衛権行使容認」という見出しで伝え、政治面にインタビュー記事を載せている。拳を握るポーズをとった二段の写真に、見出しは「党内、多数決も辞さず」。「9条2項は削除すべきだ」「集団的自衛権が行使できるようにすべきだ」と威勢がいい。このインタビューでは、記者に「党内の意見集約が難航するのでは」との質問を向けさせ、「両院議員総会での多数決も辞さない」という言葉を引き出している。さらに、この日の社説は、「憲法と安保、現実的議論の環境が整ってきた」と題して、党内の改憲慎重派を数で抑えると宣言した前原氏に、熱い期待を表明している。『読売』のはしゃぎぶりからもわかるように、野党第一党のトップには、軍事裁判所の設置にまで理解を示す、改憲積極派が就任したわけである。日本の政治のバランスという点からみて、この状況は大変危惧される。

  永田町における変化と連動して、市ヶ谷(防衛庁)でも地方でも、これまで長らく抑制されてきた「軍事的なるもの」の自己主張が、おおらかにかつ堂々と行われるようになった。その兆候の一つとして、長崎県佐世保市の商店街における出来事がある(水島ゼミ長崎合宿で先月4年前に訪れた)。
   9月17日午前、陸上自衛隊相浦(あいのうら)駐屯地(佐世保市)の西部方面普通科連隊WAiRの隊員240人が、迷彩服に銃剣、小銃を携えた姿で商店街を行進した(asahi.com9月17日)。駐屯地創設記念行事の一環で、2002年から始められたというが、従来は国道を行進していたものが、今回初めて、市民が買い物をする商店街のアーケードが使われた(西日本新聞9月18日)。小銃に銃剣といういでたちもさることながら、かぶっている帽子が「迷彩Ⅱ型ブッシュハット米軍型」で、この部隊の特徴を端的にあらわしている。PKO派遣の頃ベレー帽になってきたが、イラク派遣でもベレー帽だった。この「ブッシュハット米軍型」の帽子をかぶって行進する姿は珍しい。かつては制服で行進することすら、市民団体などの批判に配慮して控えられていたものが、小銃・銃剣+「ブッシュハット米軍型」で、しかも商店街を行進するところまできたわけである。この部隊は、山岳・森林地帯での戦闘や対ゲリラ戦などに従事するレンジャー部隊である。当面は九州の離島における作戦を想定しているが、しかし、ブッシュ政権の「先制攻撃戦略」のもと、自衛隊の運用思想は「専守防衛」からの離陸が著しく進んでいる。中国の動きをにらんで、また米軍を間近で支える作戦(「ブッシュ政権のハット」)を想定して、この部隊の今後の任務も広がっていくだろう。

  ところで、「わが歴史グッズの話」で自衛隊の銃剣を紹介したことがある。柄の部分には、「3普連」という文字が彫り込まれている。北海道名寄市の第3普通科連隊のことである。その3普連を基幹とする第1次イラク復興支援群がイラクに展開してから2年近くになろうとしている。第1次隊の指揮官(群長)は、3普連長・番匠幸一郎一等陸佐(当時)であった。いまイラクには、福岡の第4師団を基幹とする第7次隊が展開している。イラクに派兵した38カ国の「有志連合」諸国のうち、すでにスペイン、オランダ、フィリピンなど16カ国が撤退。イタリア、チェコなど4カ国が撤退予定で、なお継続するのはイギリス、日本など18カ国にすぎない(05年6月現在)。今回の総選挙では、自衛隊のイラク派遣については、まともに争点にされなかった
  なお、7月28日付で、第1次イラク復興支援群長を務めた番匠氏は、陸将補(各国の陸軍少将に該当する)に昇任した。防大24期のトップグループから同時に昇任した47歳の「将軍」たちは、磯部晃一陸将補、武内誠一陸将補、半沢隆彦空将補、杉山良行空将補、三木伸介海将補(4月生まれの48歳)である(『朝雲』7月28日付)。番匠氏はレンジャー記章をもち、米国留学体験もある。イラクからの帰任後、すぐに陸幕総務課広報室長(一佐ポスト)を経て、今回の高級幹部異動で、西部方面総監部幕僚副長に着任した。冷戦時代ならば、このレヴェルの人材は北部方面副総監というところだろう。イラク派遣と広報室長を体験した番匠氏を西方副長につけた人事はなかなか見事である。9月18日に相浦駐屯地で起きた対戦車ヘリ墜落事故に関連して、さっそく事故調査委員長にも就任している(『朝日新聞』9月19日付長崎県版)。広報室長経験者ということもあり、マスコミの扱いは手慣れたものだろう。やがて陸将になって、今後10年間に、師団長(ないし中央即応集団司令官)、方面総監、陸幕長というコースを歩むことが予想されている。西方普通科連隊の隊員をブッシュハット姿で行進させるというのも、政治の変化も考慮に入れた、「攻勢的」デモンストレーションということができ、背後に、中央政治やマスコミ対策に長けた番匠氏の仕切りがあるようにも思う。

  いま、自衛隊は劇的に変化している。弾道ミサイル防衛をめぐって「前倒し」態勢と「現場の判断」がかなり認められたことは重大である。平成18年度業務計画では、年間1500億円がこれにあてられる。もう一つのキーワードは「統合運用」である。本年度の防衛庁設置法・自衛隊法改正で、統合幕僚会議から統合幕僚監部へ、同議長から統合幕僚長への変更を軸に、自衛隊の指揮命令機構が大きく変わる。先崎統幕議長は「統合運用は時代の要請」と語り、陸海空の三自衛隊の統合運用について鼻息はあらい(『朝雲』8月18日、9月1日付インタビュー)。改編予定の2006年(平成18年)3月末を部内では「Dデー」と呼ばれている。すでに統合運用推進本部が発足。「統幕ホームページ」にも関連情報がUPされている。「統合幕僚監部、統合幕僚長誕生まであと○○○日」のカウントダウンも始まっている。
  この改編でとりわけ注目されるのは、従来の師団や旅団のほかに、陸上自衛隊中央即応集団(Central Rediness Force: CRF)の新編だろう。3200人規模。従来の特科団や施設団より上のランクである。新防衛計画大綱にいう「新たな脅威や多様な事態等に対応」するもので、方面隊と並ぶ防衛庁長官直轄部隊である。多くの師団や旅団ような警備区域をもち、地域にはりつけることはせず、典型的な機動運用部隊をもつことになる。『朝雲』9月15日付によれば、第1空挺団と特殊作戦群(習志野)、第1ヘリコプター団(木更津)、第101特殊武器防護隊(仮称、大宮)などを一元的に運用するもので、ゲリラや特殊部隊の攻撃などの対応のため、どこにでも展開する。陸上自衛隊に従来なかった新しい部隊運用の形態である。国際活動教育隊(80人)も隷下におさめ、海外派遣にも対応していく。
  
総監、師団長、団長、群長という言い方に対して、陸自で初めて「司令官」という名称がつけられている。ただ、空自の航空総隊司令官や海自の自衛艦隊司令官の「司令官」よりは格下だが、他方、規模は小さいものの、質的な意味合いが大きいので、師団長級の扱いと見られる。第7師団(北海道東千歳)が、機動運用の機甲師団だったように(いまは冷戦時代の遺物となった)、中央即応集団は、機動運用師団に近いものが想定されているようだ。本来そういう性格の部隊を「旅団」というのだが、旅団長ポストは各国では准将(日本にはないポスト)ないし少将なので、自衛隊だと陸将補に該当する。師団から旅団への改編で師団長ポストが減少したことに対応しつつ、「専守防衛」からの離陸の象徴に重みを与えようとしたものだろう。
  
平成18年度防衛費の概算要求は4兆8857億円。歳出は1.2%、556億円の増である。不必要な巨大戦車の90式をだらだらと11両も増やすなどの「惰性」の反面、弾道ミサイル防衛、ゲリラ・特殊部隊対処や周辺海域における潜水艦・工作船対処などの新たな「需要」を強調して、冷戦時代の「惰性」的装備がなくなっても、長期にわたり防衛産業の安定的な利益を確保する仕組みが完成しつつある。
  
イラクから自衛隊をすぐに撤退させず、「テロ特措法」も延長して、ブッシュ政権の
単独行動主義にどこまでも忠実な姿勢を示す小泉政権。自衛隊を「自衛軍」にして、「普通の軍隊」として海外での武力行使を含む、軍隊としての全属性を具備するまで、「あと○○○…日」という本当の「Dデー」のカウントダウンが始まったようである(新刊「憲法にとって何が『危機』なのか―「軍事的合理性」考」憲理研編『
危機の時代と憲法』も参照)。

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