日本時間の5日、北朝鮮が、「テポドン2」を含む7発のミサイルを日本海に向けて発射した。環日本海諸国の人たちにとって、これほど迷惑なことはない。あれだけ連続着弾すれば、漁船などに被害が出ても不思議ではなかった。無謀というほかはない。
北朝鮮がやったことを生活場面に置き換えれば、こういうことだ。どら息子が父親の猟銃を持ち出し、自宅近くの公園や道路に向けてぶっ放したとする。この場合、人や物に被害が出なくても、「発射罪」に問われることはご存じだろうか。 95年6月施行の改正銃刀法3条の13によれば、「道路、公園、駅、劇場、百貨店その他の不特定若しくは多数の者の用に供される場所」で、あるいはそこに向かってけん銃等を発射してはならず、違反した場合の罰則は「無期または3年以上の懲役」(31条)ときわめて重い。
ただ、国際社会の場合、一般の社会のようにはいかない。そこがやっかいなところなのである。ミサイルの発射実験は、他の国でもやっている(9日、インドが長距離ミサイルの実験を行った)。国際社会に「発射罪」はない。ただ、周辺諸国への事前通告など、当然の配慮が求められる。加えて、北朝鮮の場合は特別の事情がある。長距離ミサイル(「テポドン」型)について、六カ国協議の枠組のなかで、北朝鮮自身が発射しないことを約していたのである。「テポドン2」の発射はこれに反する。今回、短距離ミサイル(射程距離を延ばした新型もあったようだが)は制限の範囲に含まれないが、だからといって、かくも多くのミサイルをほぼ同時に発射することは、国際社会(環日本海諸国を含めて)への挑戦と言わざるを得ない。
「テポドン」発射の兆候はかなり前から言われていたが、まさか「ノドン」だの「スカッド」だのと、大中小とりまぜてぶっ放すとは、誰が予測し得ただろう。主君不在のどさくさにまぎれた「軍の暴走」であるとか、クーデターとの観測もあった(『夕刊フジ』8日付など)。だが、「正気でない」と見えても、北朝鮮自身はけっこう「クールな判断」をしている節がある。反米を掲げるベネゼエラ政権へのミサイル輸出など、ミサイル売り込みの宣伝効果を狙ったという見方もあるからだ(韓国『朝鮮日報』7日付)。しかし、今回は、得られる利益に対して失うものがあまりに大きすぎるように思う。そこで、有力な見方は、米国との直接交渉へのメッセージということである。
発射のタイミングに関連して、韓国『中央日報』7月5日付は「米独立記念日に打ち上げた『ミサイル花火』」と見出しを打ち、大要次のように書いた。――最初のミサイルが発射されたのは、4日14時32分(ワシントン時間)。首都ワシントンをはじめ全米各地で230回目の独立記念日を祝う各種行事が行われている時間帯である。その6分後の14時38分、フロリダ州ケープカナベラル基地からディスカバリーが宇宙に向かって飛び立っていった。北朝鮮は、18時31分までにさらに6発を発射した。そのため、ブッシュ大統領は60回目の誕生日(6日)と独立記念日を祝うホワイトハウスの集いを中断しなければならなかった、と。
230回目の独立記念日、スペースシャトル打ち上げ、ブッシュ大統領の誕生日という三つのイベントに対して「ミサイル花火のご挨拶」というのは、いかにも話が出来すぎているようにも思える。ただ、「瀬戸際外交」をやってきた北朝鮮のことである。「何でもあり」というところだろうか。なお、上記『中央日報』ワシントン特派員の記事に対しては、「花火とは不謹慎な」といった批判がかなり寄せられていた(同紙ホームページ)。
それにしても、7発も同時に発射するというのは尋常ではない。ロシアにもかなり近い。ナホトカ市では、市民が抗議集会を開いたという。ブッシュ政権は、今年5月、核開発をめぐるEUとイランの交渉の場に、米国も参加することを表明した。イランとの交渉を1979年以来拒否してきた米国が態度を修正したとみた北朝鮮は、これを見逃さなかった。イランと交渉するなら、自分たちとも交渉するだろうと踏んで、6月になってヒル国務次官補を招待する声明を出した。しかし、米国に無視された。そこで、北朝鮮は、米国との直接交渉に持ち込むべく、さらなる「こっち向いて」のメッセージをミサイルに込めたのだろうか。
韓国『朝鮮日報』7日付社説が、韓国政府の対応の遅れを批判している。比較されているのが、日本政府だから、おやっと思った。小泉首相がミサイル発射の最初の報告を受けたのは5日未明の午前3時32分だったのに対して、韓国大統領は午前5時に最初の報告を受けたという。日本では午前5時に関係閣僚による緊急対策会議が開かれたのに対して、韓国では同様の会議は2時間後だった。首相が安全保障会議を開いたのが7時30分、韓国で大統領主催の安保関係長官会議が開かれたのは11時だった、という具合である。首脳が意思決定をした時点を比較すると、韓国は日本より3時間半も遅れていた、と社説は書いている。この社説は勢いがついて、韓国のテレビ批判にまで及ぶ。いわく。日本の公営放送NHKがミサイル発射のニュースを最初に報道したのは4時29分。韓国では民放のSBSが4時59分で最も早く、公営放送のMBCは5時6分、国営放送KBSは5時27分。「国営放送の対応がここまでずさんだとはあきれるばかりだ」と。現政権にかなり批判的な新聞ということで、日本との対比は執拗である。
「テポドン2」発射によって、日米の政府や軍需産業は内心「しめた」と思っているに違いない。不祥事続きの防衛庁も「元気」になった。北朝鮮は、客観的には、ミサイル防衛(MD)で多額の利益をあげる軍需産業の販売促進係の役回りを果たしただけである。
私は、北朝鮮の体制を「朝鮮君主主義臣民共和国」と呼んできた。この国が国家として行った拉致行為や、自国民に対する抑圧政策など、何一つ正当化されるものはない。しかし、他方、北東アジアにこのような「困ったさん」がいるからとって、それを武力によって「体制転換」させる方法は愚の骨頂である。
国連安保理における北朝鮮制裁決議案の動向や、ロシアや中国の対応など、未知数のことが多すぎるので、今回は原則的な視点のみ2点指摘しておきたい。
第1は、北朝鮮のなけなしのミサイルを使った、やせ我慢的で恫喝的な「瀬戸際外交」は完全に失敗した。今後、ミサイル発射実験は一切やらないよう説得しつつ、「窮鼠猫を噛む」ところに追い込まないようにすべきだろう。その点では、問題はいろいろあるものの、中国の役回りは重要である。六カ国協議のすみやかな再開に向けて、最大限の努力をすべきだろう。
第2に、ミサイル防衛(MD)を推進する勢力が俄然、勢いを増している。新型ミサイルPAC3の前倒し導入だのと、大いにはしゃいでいる。だが、日米のミサイル防衛の怪しさと胡散臭さを見抜かないと、日本は、とんでもない出費を要求されることになるだろう。イラクやイランほどに、ブッシュ政権は北朝鮮に熱心でない面があるが、今回のミサイル発射により面子を潰され、限定的な先制攻撃に踏み切られないという保証はない。「攻撃は最大の防御」とばかり、米国の先制攻撃戦略に便乗して、在日米軍基地や自衛隊の機能を先制、予防、前倒し型に転換する機会にさせてはならないだろう。
最後に、北東アジアの平和と安全保障にとっては、「日米同盟」妄信ではなく、周辺諸国、特に韓国との協力が不可欠である。今回、金大中元大統領の北朝鮮訪問を妨げる力学が韓国および北朝鮮内部にも働いた可能性がある。加えて、韓国、北朝鮮、米国、日本のそれぞれの内部に、相互に対立しつつも、微妙な利害関係の一致が生まれていることにも注意すべきだろう。国と国との対立という単純な構図に解消されない、何とも怪しげな要素が国際関係には存在しているのである。市民は、政府や一部メディアの「煽動」に惑わされない、冷静な視点が求められる所以である。
なお、下記のような「個人でつくるゆるやかなネットワーク」もある。
「核とミサイル防衛にNO!キャンペーン」