都合により、今回は既発表の原稿を2本一度にUPする。直近の連載からの転載である。もう少し時間が経過してからとも思ったが、統一地方選挙のなかでも話題になる可能性もあるので、このタイミングで公表することにした。
かねがね私は、「公用車」というものに疑問を抱いていた。運転手付きの黒塗り高級車は、その人のステータスを示すとされる。会社でも、役員クラスには個室、秘書、送迎用の車の3点セットがついている。官庁でも、高級幹部に専用車があてがわれている。近年は経費節減で、企業も役員などの送迎をやめたところが多いようだ。料亭が立ち並ぶ一帯には、この種の黒塗り高級車がズラッと並んでいる。そういう地域で、警察が駐車違反の取締りをやっているところ はあまり見たことがない。
官庁や会社を定年で辞めても、3点を失った喪失感がどうしようもない人がいるようで、なかにはポストを新設して、「顧問」として居すわる人もいる。あるいは、名誉会長のようなポストを作って、専用車を確保する人もいる。いまも鮮明に覚えているが、旧社会党の土井たか子氏が委員長を辞めるとき、次に委員長になるT氏が、「元委員長にも専用車をつけるべきだ」といったのである。これは自分が「元委員長」になったときも専用車を確保したいための、一つ先をにらんだ姑息な「提案」と当時見られた。この人物の人間性がよくあらわれた話ではある。
1月21日、「そのまんま東知事」が宮崎県に誕生した。以来、メディアは、このタレント出身知事に過剰に「密着」している。知事もそこを巧みに利用しているようだ。すぐに公約に掲げていた知事専用車 の廃止を実行 した。そして、黒塗りの高級車ではない、白いハイブリッド車を公用車にしているようだ。これをまっさきに報じたのはスポーツ新聞だった。その後、黒塗りの知事専用車は売りに出され、それも写真入りで報道された。
いま、あえて公用車について書くのは、これから統一地方選挙に向かおうとしているからである。経費節減がいわれるなかで、宮崎で注目を浴びた公用車問題についても、いろいろと話題になる可能性があるだろう。なお、この連載は、国家公務員関係の雑誌なので、そういう読者を想定して書かれている。なお、この連載開始の事情については、既述した。
(2007年3月23日稿)
公用車の効用とは(その1)
◆ 信号でとまらない車
16年前、ドイツ統一の半年後に、旧東ベルリンのアレクサンダー広場前の高層住宅に7カ月住んだことがある。窓の下はカール・リープクネヒト通り。ブランデンブルク門からウンター・デン・リンデン通りに接続する片側3車線の大きな通りである。たまに車の通行が一時とまることがある。おやっ、と思うと、その直後に、白バイ(ドイツでは緑)が陣形を組んで先導し、高級車の車列が猛スピードで通りすぎていく。信号はすべて青である。私の滞在中、外相会談でドイツを訪れたベーカー米国務長官(当時)の車列を目撃した。社会主義時代は、党幹部の車列が一般車両をシャットアウトして、もっと頻繁に通り過ぎたと家主から聞いた。
8年前、ボンに1年間滞在した時は、コソボ問題を話し合う首脳会議が、私の住んでいたバート・ゴーデスベルクの対岸にある政府迎賓館(ペータースベルク城)で開かれた。その時、米大使館に向かうオルブライト米国務長官(当時)の車列に出くわした。交差点には警察官が立ち、すべての信号を青にして待っていた。車で「ベーノイン」(連邦道9号線)に出ようとして、ずっと信号が赤なので目の前を注視していると、ゴーッと白バイが通過したあと、黒塗りの高級車が走り抜けていった。その中心にいたのが、オルブライト国務長官だった。一瞬だったが、特徴的なその横顔を見誤ることはない。カーテンはひかれていなかった。
筆者は昨年12月12日、参議院外交防衛委員会で「防衛庁の省移行法案」に関する参考人として意見陳述を行ったのだが、その日、地下鉄「国会議事堂前」駅から地上に出たとき、何やら周囲がものものしい。交差点のすべての角に警察官が立っている。ややあって、黒塗りの高級車の車列がノンストップで私の目の前を通り過ぎ、首相官邸に滑り込んでいった。すると、警察官たちは談笑しながら移動を始め、交差点はもとの状態に戻った。安倍首相の出勤風景だった。永田町や霞が関で働く読者からすれば、珍しくもない日常風景なのだろう。とにかくあの一帯は、黒塗りの高級車がたくさん走っている。そもそも公用車というのは、そんなにたくさん必要なのだろうか。公用車の必要性、その効用はあるのか。2回連載で、公用車をめぐる問題について書くことにしよう。
◆ 公用車の「風景」
早稲田大学では、かつては常任理事(いま対外的に「副総長」を名乗っている)にも公用車が与えられていたが、94年11月、総長を除きすべて廃止になった。いまは常任理事も徒歩通勤である。証券会社元社長の財務担当常任理事も、在任中、高田馬場からバス通勤しておられた。私が教員組合書記長のとき、たまたま同じバスに乗り合わせて挨拶したことがある。社長時代は専用車で送迎されていたのだろう。
私のように自由に動くことが好きな人間は、人が車で待っているだけで落ちつかない。自宅まで送迎されたら、「寄り道の自由」を失う。古本屋にブラッと寄って、買った本を喫茶店(神保町「古瀬戸」のような)で少し読んでから帰る。突然予定を変更して映画館に入り、封切りを1本みてから講演に向かうといった…。
だが、何らかの責任ある「長」になると、そういう「自由」は制約される。地位に付随して膨大なスケジュール管理が必要となり、また知事や大臣になれば警備上の理由もあるのだろう。だが、膨大な財政赤字を抱えるなか、「もったいない」という庶民感覚から、公用車についての眼差しは近年、とみに厳しくなった。
公用車の監視を行っている後藤雄一都議のサイト「行革110番」はすごい。出納長の公用車を追跡。イタリアンレストラン前で4時間待機させていた写真や、1時間以上のエンジンかけっぱなしは「アイドリングストップ条例」に反するといった追跡レポートが掲載されている。64台の公用車を維持するため、東京都は年間3億8000万円をかけている…。後藤都議の公用車無駄遣い追及は執拗である。
そもそも公用車の運行管理はどうなっているのか。全国の自治体で監査請求が起きれば、都合の悪いことが相当出てきそうである。公用車には高級車を使うので、燃費も悪い。ある庁有車台帳では、リッター4.8キロとある。
島根県のサイトにある県民からの「ご意見」(03年12月分)に、「法定速度を遵守する公用車にはパワーはいらないし、定員5人で乗ることもないだろうから、室内の広い3ナンバー車を使う必要はない。今の大衆車(5ナンバーセダン)で足りるのではないか」という趣旨の質問があった。県の回答は、ハイブリッド車などを入れて低公害・低燃費に努力するといってかわしている。何よりも公用車の場合、運転手も税金を支出する公務員である。とにかく待ち時間が長い。1日の走行距離はたいして長くはない。それでも公用車は必要なのか。
公用車を使う人間の「品格」が問われたケースもある。 佐賀市の幹部が、公用車から煙草の吸殻をポイ捨てして、それを3回も目撃され、市に問い合わせが来て発覚。幹部は減給処分となった(10分の1・3ヵ月)。佐賀市条例は、吸殻の路上ポイ捨てを禁止している(『朝日新聞』06年10月25日佐賀県版)。いずれも後方を走る車に乗っていた市民から通報されている。一方、お隣の中国でも、地方政府役人の特権である公用車を大幅に減らす「改革」が行われているという。90年代後半で幹部公用車は約350万台。維持費や運転手の人件費で年間3000億元が支出されているという。この数字は半端ではない。胡錦濤首席は、これを減らすことを目指しているという(共同通信05年2月20日)。
フランスでは、速度監視カメラで違反が確認された公用車は約7000台。いずれも罰金や反則金の支払いを免れたという(『朝日新聞 』05年3月27日付)。いずこでも公用車への眼差しは厳しい。
◆ 公用車は公用だけ?
福岡県古賀市では、市長公用車を売却して財政再建に努力するという記事が載った(『西日本新聞』2004年12月13日付)。この問題を追及してきた市議のサイトをみると、市長は公用車の必要性を、「公務に専念できる時間を多く作り、守秘義務の徹底、緊急時の対応を考慮すると必要」と答弁している。議員が、「1カ月の稼働日は平均20日で、1回34キロ走り、駅前にある自宅への送迎が多い。市長自身の政治資金パーティーに公用車で行くことの是非。隣の筑紫野市では、市長公用車を廃止してタクシーを利用。500万円の財源ができた」と指摘すると、「公用車は動く市長室だ。私的な後援会に公用車を使うのは間違っているが、公務の帰り道なら許容範囲内だ」と市長。「公人」が「公用」と「私用」の線引きをするのは、かなり曖昧である。そういえば、かつて靖国神社に「私的参拝」するのに、九段下で公用車から、自費で呼んだハイヤーに乗り換えた総理大臣がいたな。と、ここまで書いたところで、「そのまんま東氏が宮崎県知事に当選」というニュースが飛び込んできた。公約のなかに、「公用車を廃止して、タクシーを使う」があった。果たして本当にできるのか。次回は、公用車の必要性と効用を検証する。
(2007年1月22日稿)
〔「水島朝穂の同時代を診る」連載第27回
国公労連「調査時報」531号(2007年3月号)所収〕
公用車の効用とは(その2・完)
◆ なぜ、公用車は必要なのか
前回は公用車をめぐるさまざまな事例を紹介した。今回は、その必要性について論じよう。この点で興味深いのは、長妻昭議員(民主党)の「質問趣意書」(03年6月5日提出質問第95号)である。衆議院のホームページの「質問答弁」から探すと全文が読める。長妻氏は、公用車をハイヤーに切り替えることでコスト削減効果があるかどうか、を質問した。①公用車の総数と年間運用コスト、②公用車を民間ハイヤーかタクシーに切り替えることに不都合はあるか、③切り替え可能な公用車の台数と比率、④すべてを切り替えた場合に削減できる年間運用コスト、⑤切り替え可能なものだけを切り替えた場合に削減できる年間運用コストを、⑥それぞれ各省庁別に示せ、というもの。筆者が長年疑問に思っていたことを聞いてくれている。
これに対する政府の「答弁書」(03年7月29日)のポイントは次の通り。①総数は3386台、運用経費は276億7700万円(運転手の退職手当だけで25億円)、②は後述、③ハイヤーに切り替え可能な台数は164台で、4.8%、④プラス14億6000万円、⑤プラス3億9000万円。②について、答弁書は各省庁ごとに書かれている。なぜハイヤーやタクシーではだめなのか。「不都合」の最たる理由は、「秘密の保持を要するため運転手を国家公務員としておく必要がある」ということだ。これは、全省庁に共通である。次に、「現在の運転手の雇用問題」(総務省など13省庁)。以下、「不規則・緊急な業務・事態に対応する必要がある」(警察、防衛など9省庁)、「車両が償却可能年数に達していない」(経産省など 6省庁)、「ハイヤー等にない特殊な車両である」(内閣官房、警察、防衛など4省庁)。このほか、「安全性の確保を図る必要がある」(宮内庁)、「現在の運転手が他の特殊車両の運転手も兼ねている」(環境省)というのがある。
雇用や償却の問題は、公用車のシステムを維持する積極的根拠にはならない。一番の問題は、どこでも「秘密保持」がトップだということ。後部座席の会話や携帯電話による指示の内容が、素性のわからない民間の運転手に聞かれては困るということらしい。国家公務員法100条(守秘義務)の縛りのある公務員を運転手にすれば、安全でかつ安心ということか。
首相専用車、警察、防衛は緊急時の指揮・通信機能が充実した特別の車両ということで、これは、「不規則・緊急な業務・事態に対応」と並んで挙げられている。本来、「安全性の確保」という理由がもっと前面に出てくるのかと思ったが、宮内庁以外にそれを挙げる省庁がなかったのは意外だった。閣僚も高級官僚も、「安全確保」より「秘密保持」というわけか。
諸外国も、要人警護のため、特別仕様の公用車には、防弾ガラス、装甲、高度な通信機能、ハイパワー・エンジンなどを装備している。これらはハイヤーでは無理ということで、「警備上の都合」をもっと押し出せば、公用車の「効用」として説明がつくのに、日本の役所は「秘密保持」をトップに持ってくる。この感覚は何だろう。総理大臣や各省大臣、知事、市長など、緊急時に特別の指示を発する権限や可能性をもつ職種には、専用公用車の必要性は一応あるとしても、市民感覚からすると首をかしげたくなるような運用も少なくない。
◆ 公用車の私的利用
98年5月、当時の首相が都内を走行するのを目撃した。SPが助手席と後部座席右側の窓から体を出し、誘導棒を振って周囲の車を制している。翌日、新聞の「首相動静」欄を見たら、当日、その首相は、新宿区の医療機関に入院中の母親を見舞っていた。そういえば、04年10月、新潟で大地震が起きたという情報を得ながら、映画試写会の舞台挨拶が終わるまで動かなかった「趣味に生きる首相」もいた。この時も、六本木ヒルズに首相専用車は待機していた。
高級料亭の周辺には、「黒塗り」が停車している。エアコンを使うため、長時間アイドリング状態。運転手は冬は暖房、夏は冷房と、快適な高級車のなかで待機している。
情報の透明性や、政治家たちが、公用車をどのように使っているかについて、情報公開も必要だろう。地方自治体の場合はそれが具体化されている例もある。
ドイツでは、公用車に住民だれもがわかる番号がついている。木佐茂男『豊かさを生む地方自治――ドイツを歩いて考える』(日本評論社、1996年)が、そのあたりの事情をレポートしており、興味深い。市町村長や知事たちの公用車は、日本では「黒塗り」だが、ドイツでは白が多い。なかにはピンク色もあるという。ナンバープレートは、「自治体名+わかりやすい数字」がセットになっていて、町村長は1番、市長は100番、知事は1000番だそうである。例えば、《Wu100》はヴュルツブルク市長の公用車。レストランに公用車でくれば、たちどころに、「市長が来ているぞ」とわかる仕組みである。木佐氏は、「公用車のナンバープレートが単純明快な数字で示されていますと、誰が料亭に来ているかすぐわかるという情報公開機能が生まれてきます」と書いている。
ちなみに、私がドイツのボンに滞在中に使っていた車のナンバープレートは《BN AM393》だった。最初は地名。Bはベルリン、BNはボンというように。次に自分のイニシアルを入れ、好きな数字と組み合わせる。この車でポーランドを走っている時、ボン・ナンバーをつけた車が減速して近づいてきたことがある。「異国」の地で「地元」車に出会い、挨拶しようとしたのだ。ナンバープレートの情報発信機能は結構あるものだと思った。公用車にも活用するといいだろう。ただ、「警備上の都合」で、外部への発信には慎重になるのかもしれないが。
◆ 公用車の効用?
というわけで、専用の公用車は、在任中、警備上の都合や緊急連絡機能などを必要とするような地位にある者に限るべきだろう。もし総理大臣が私邸からの電車通勤をすると言いだしたらどうなのか。おそらく、担当SPだけでなく、警視庁警備部と、通勤圏にある所轄署の警備課が分担して、沿線の駅や道路の警備をしなければならないだろう。これを毎日やれば、かえって人員と費用がかかる。その意味で、公用車の警備をポイントをしぼって行えば、費用の節約になるいう説明には理由がある。
企業でも、役員や幹部の送迎をやめるところが増えてきたようである。前回書いたように、早稲田大学でも専用車は総長だけである。「ステータス」を示すため、役員・幹部に当然のようにあてがう形はやめて、用務の性格や緊急度に応じて使用するという発想が求められている。
また、一人で後部座席を独占する黒塗りの高級車をやめ、できるだけワゴンタイプで相乗りにする。一人だけの場合は、5ナンバーの大衆車で十分まにあう。さらに、電気自動車やハイブリット車を導入し、率先して低公害、低燃費に努力すべきだろう。
わずかな距離を、警備上の必要性の低い人物が、燃費の悪い大型車で移動する悪弊はもうやめるべきだろう。
(2007年2月20日稿)