現在国会で審議中の憲法改正手続法案は、報道によれば、4月中頃までに衆議院を通過し、今国会中に成立する見通しとされている。私たちは、法学を専門に研究する者として、現在の法案には看過できない重大な問題点があり、これらの解消なしに同法が成立することは、大きな禍根を今後に残すものと考える。
国の最高法規である憲法の改正につき、主権者の国民による直接投票によってそれを決するという重要な手続を定めるこの法律が、憲法の諸原理に則ったものにふさわしいものとなるよう慎重な審議を国会に要請するとともに、広く国民に対し討議を呼びかけるために、この声明を発表する。
1.憲法改正手続の性格
憲法改正手続の制度は、憲法が定める国民主権、基本的人権の保障などの基本原理にしっかりと基づき、かつ日本国憲法第96条の憲法改正手続の趣旨を正確に踏まえたものでなければならない。
第96条によれば、憲法改正案の発議は、国会の各議院の総議員の3分の2以上の賛成にかかるものとされ、国民が自ら改正案を提案することは想定されていない。また、憲法改正とは、憲法という規範を定立する作用であり、しかも、国民の投票で問われるのは、地方自治体などでの住民投票におけるような個別施策ではなく、国の最高の法規たる憲法の改変の是非である。
2.法律案の基本的な問題点
現在、国会には、自民党・公明党所属の議員提出の法律案(以下、自民・公明案)と民主党所属の議員提出の法律案(以下、民主案)が提出されている。これらには、次の基本的な点で、重大な問題がある。
(1)最低投票率制度の欠如
自民・公明案、民主案とも、投票の成立に必要な最低投票率の制度がない。これは、主権者たる国民の真正な意思の表明としての実質をもたねばならない国民投票の制度として根本的な不備である。
(2)公務員等、教育者の国民投票運動の制限
自民・公明案、民主案とも、公務員等および教育者に対して、「地位利用による国民投票運動」を禁止している。これは、現行の公職選挙法にならった規定であるが、議員候補者や政党の名簿を選ぶ公職選挙の場合と、最高法規たる憲法の改正の場合とで、この種の運動規制を同じようにしてよいか、厳密に検討しなければならない。この規定に対応する罰則は定めないとされているが、懲戒処分などのおそれがある以上、その「萎縮効果」はなくならない。また、自民・公明案では、公務員の政治的行為の制限を定める国家公務員法、地方公務員法の規定の適用除外がはずされた。これらによる国民投票運動への「萎縮効果」も重大である。
(3)発議から投票までの期間の短さ
自民・公明案、民主案とも、国会による憲法改正の発議から国民の投票までの期間を「60日以後180日以内」としているが、これは国民に対する改正案の周知と熟慮・討議の期間としては短すぎる。この期間における活字および放送のメディアを通じた報道や広告も、そうした熟慮・討議に資するものでなければならないが、それが確保されるかは両法案の制度ではなお定かでない。
以上から、自民・公明案、民主案ともに、国民による自由で民主的な意思の表明を保障する憲法改正手続の制度と言うことができない。国会に対しては、拙速を避け、慎重な審議を強く求めるものである。
2007年4月11日