57年前の今日、朝鮮戦争が「勃発」した。停戦協定が結ばれたが、まだ「戦争状態」は続いている。「停戦54周年」を目前にして、米朝の動きが急である。近いうちに劇的な変化が起こる可能性もある。読者の皆さんには、このことを記憶にとどめていただき、この論点については、また別に書くことにしよう。
いま、国会が国会でなくなりつつある。教育三法、イラク特措法の延長、犯罪被害者の訴訟参加を導入する刑訴法改正など、重要法案が十分な審議もなしに続々と成立。そして、強行採決に次ぐ強行採決である。偵察衛星による宇宙空間の軍事利用に道を開く「宇宙基本法案」まで上程されているが、その存在を知る人がどれだけいるだろうか。
公務員関係法案を、「内閣委員長が野党だから」、委員会採決を省略して直接本会議で可決するという。確かに国会法56条の3には、委員会の「中間報告」のシステムがあって、「議院が特に緊急を要すると認めたときは」、本会議で直接審議することができるとある。だが、「内閣委員長が野党だから」という理由で委員会審議を「省略」するなら、もはや国会運営とはいえない。すべて官邸からの直接指示だという。
長年にわたる国会の先例や慣行も破り放題である。「国対政治」という言葉がなつかしい。例えば、「参院選がある時は会期延長しない」「選挙が予定される日は変更しない」という慣行も破られた。理由にならない理由で会期を 12日間延長。これも官邸の強い指示という。参議院選挙の投票日が1週間ずらされ、準備した投票用紙が大量にボツになった。いまや国会というバスは、運転手の横に立った人物の指示で急発進、急ブレーキ、急ハンドル、急加速を繰り返し、乗客は振り回され続けている。暴走バスにぶつけられる車や、はねとばされる歩行者が一番の被害者である。小泉前首相は「自民党をぶち壊す」と絶叫した。その結果がこれである。いま、「国会をぶち壊す」段階に入ったようである。
ちなみに、内閣史上、「アベ」という名前の二人の首相は、「国会をぶち壊す」という点では、よく似た役回りを演じている。最初の「アベ」内閣(阿部信行内閣)についてはすでに書いた。内閣は短命に終わったが、阿部元首相は、65年前に「翼賛政治体制協議会」(翼協)会長に就任。「翼協」は、選挙の候補者の推薦活動に警察を全面的に介入させ、その適格性を判断させた。選挙が行われる前に、政府が候補者をセレクトしたわけである。阿部元首相は、議会政治の墓堀り人となった。
さて、国会が壊れていく一方で、国家機関の暴走が始まっている。教育の分野しかり、基地反対運動に掃海母艦を差し向けるという発想もしかりである。そうしたなか、自衛隊の情報機関が市民を監視対象にした内部文書が明らかとなった。
6月 6日、志位和夫共産党委員長は、陸上自衛隊情報保全隊が作成したとされる内部文書を、記者会見で公表した。共産党が暴露したのは、まず、東北方面隊(仙台)の情報保全隊長名の資料である。表紙には、「注意」の印があり、2004年1月16日から2月26日までの1カ月分、62頁である。保存期間は3週間。毎回、全般状況、一般情勢、「反自衛隊活動」、「自衛隊に対するマスコミの動向」といった柱で、集会やデモ、記者の取材活動などが事細かく調査され、報告されている(イラク問題のみならず年金・消費・医療問題も含む)。
例えば、「反自衛隊活動」 (16-4) には、「工作種別」として、「宣伝」「抗議」「調査」「妨害」の区分がある。04年1月25日にある人物(氏名は黒塗り)が仙台駐屯地にあらわれ、「面会証に不実記載して仙台駐屯地に入門し、売店で迷彩Tシャツを購入した」「本不審人物の特定作業を継続中」とある。Tシャツを買いにきたマニアかもしれないが、「調査」に分類されている。
新聞記者の取材活動も、「反自衛隊活動」(同年2月3日)に区分されている。「自称『朝日新聞社記者』を名乗る女某は、2月3日1710頃、青森駐屯地正門前で退庁する隊員に対し自衛隊のイラク派遣に関する取材」とある。なお、駐屯地司令など正式ルートでの取材は、「自衛隊に対するマスコミ動向」として別に挙げられている。
もう一つは「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」という資料で、2003年11月分(12月 2日付)から、2004年2月分(3月3日付)まで166頁ある。「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」、「動向状況」(日本地図上に表示)、「イラク自衛隊派遣反対動向」(グラフで比較)という柱からなる。特に「国内勢力」という表現で、P(共産党)やS(社民党)、NL(新左翼)といった略号で団体や集会を色分けしている。「国内勢力」という物言いは、「敵」としてみていることを示す。
冒頭は「反対動向」という概況である。「件数の差は、Sの地方組織の勢力強弱によるもの」とか、「N12の抗議行動は、N11と比較して小規模であったが、それは、同派の独自の主張に基づく抗議行動を重視しているためであると思われる」など、それぞれの組織の特徴や傾向を分析して、「評価」まで加えている。まるで公安調査庁である。
また、「反対運動の動向」集計表は、方面隊ごとやセクト別、さらには動態(集会、宣伝、抗議等々)別など、実に細かく調べている。1週間単位で、「反対動向」として団体名から年月日、行動形態、動員数、行動概要まで詳細に記述されている。一応、「駐屯地、官舎、米軍施設等に対する反対動向」とされ、駐屯地に抗議に訪れた団体などが調べられているが、それにとどまらない。駅前や百貨店前の署名活動から公会堂での講演会まで徹底して調べられている。作家、大学教授、評論家などの実名が出てくる。さまざまな人々が主催し、さまざまな市民が参加している場合についても、PとかNLとかレッテル貼りをしている。イラク戦争について関心をもつ市民すべてを敵視する発想につながる。
ところで、情報保全隊というのは、中央調査隊と、陸海空にそれぞれあった調査隊を、2003年に再編したもので、約900人ほどの組織である。石破茂防衛庁長官名で出された「陸上自衛隊情報保全隊に関する訓令」(平成15年4月24日、陸自訓令第7号)によると、「情報保全業務」を次のように定義されている(2条1項)。「秘密保全、隊員保全、組織・行動等の保全及び施設・装備品等の保全並びにこれらに関連する業務をいう」と。情報保全隊は、部隊等の「情報保全業務」に必要な資料・情報の収集整理・配布を行う(3条)。情報保全隊本部のほか、5つの方面隊ごとに方面情報保全隊が存する(4条)。
それにしても、税金を使って、全国各地で、市民集会や講演会などに潜りこみ、こういうことをやっている。その法的根拠は何か。情報収集活動の根拠は、自衛隊法施行令に基づく訓令に、「基地施設に対する襲撃や自衛隊の業務に対する妨害などが起きる恐れがある場合」という定めがあり、防衛省幹部によると、これには「隊員に対する外部からの心理的影響も含まれる」とされ、取材・報道も対象となるという(『毎日新聞』6月18日付「メディアを考える・自衛隊内部文書問題」)。
だが、秘密「保全」をいうならば、このところ自衛隊は不祥事続きであり、「保全」のベクトル(方向)は身内に向けるべし、と皮肉りたくもなる。ポルノ映像の授受と一緒に、対空ミサイルシステム「イージス」の機密資料が指定外の隊員に流れてしまったケースは、記憶に新しい。ファイル交換ソフト「ウィニー」による秘密文書の流出も続出した。6月 22日、イラク特措法を強行採決で2年延長する法案を可決した翌日、陸自の幹部自衛官(一等陸佐)が逮捕された。イラク派遣物資などを含む装備品納入などにも便宜をはかっていた。「専門業者と一心同体」(『朝日新聞』 6月22日付夕刊)だったという。部外の人々の動きを監視するよりも、部内の規律の乱れ、弛緩を正すことの方が先ではないかという批判は、各紙社説に共通してみられた。だが、この組織の密やかな活動のなかでは、「不祥事」を穏便に処理することも「情報保全」任務になるのだろう。
さて、今回、情報保全隊の「情報保全業務」のなかで最も「保全」を必要とされる文書が「保全」できなかったわけである。日本の情報活動と対情報活動はお粗末きわまると従来からいわれてきたが、これを「教訓」として、さらなる部内の引き締め、秘密主義、重い罰則付きの秘密保護法の制定…、という方向に進むのだろう。だが、問題の本質は、別のところにある。情報「保全」のため、情報を求めて接近してくる人を調べあげ、さらに、市民社会のなかの意見分布を常に把握しておく。武力をもった実力組織が それを行うところに、この事件の本質的な問題性がある。
そもそも、何の正当性もなく、世界中が反対したイラク戦争に、ブッシュ政権のご機嫌取りのために自衛隊を参加させたこと自体が間違っていたのである。イラク派遣が決まってから、隊員やその家族に動揺が走ったのも当然である。そこで、市民やメディアと接触して、部内の矛盾を表に出さないという、まさに「秘密保全」の必要が生まれた。情報保全隊がやったことは、「隊員保全」のために、隊員と外部との接触を徹底的に監視し、統制することだった。そのため、接近してくる人々を調査し、さらには、周辺で行われる関連する集会なども監視して、市民から隊員と組織を隔離しようとしたわけである。
こうした活動の特徴は、事前、前倒し、予防的な傾向が強まることである。駐屯地に抗議に来る団体があれば、そこで対処するだけでなく、そういう団体がどんな活動をしているのかを調べあげ、その後の活動を事前に把握し、予測する。さらに、当該団体だけでなく、そうした団体と一般市民との接点もつかんでおくということになるから、イラク派遣を批判するすべての人々が対象になっていったわけである。情報機関ならば「当然の活動」という見方もあるが、ここまであっけらかんと市民を監視する活動は、民主主義国における情報機関のやるべきことではない。しかも、最も保全を必要とする情報が、情報保全隊から表に流出したわけである。情報保全隊を保全する担当部署ができて、その部署を監視する部署が生まれ…。旧東ドイツ国家保安省(シュタージ)の活動を彷彿とさせ、実に不快である。
少し話はそれるが、事前・予防的傾向という点でいうと、ごく最近、自衛隊官舎のセキュリティにすごいものが導入されたのをご存じだろうか。自衛隊の準機関紙『朝雲』6月7日付によると、防衛省練馬北町宿舎で、日本で初めて「犯罪抑止用カメラ監視システム」が導入された。単なる監視カメラの域を超え、敷地内に入った不審者や車を追跡し、ズームアップしたモニター画像を敷地内の建物の壁に映し出すというものである。総合警備保障 (ALSOK) が防衛弘済会に提案して、約2年かけて整備したもの。カメラは50倍ズームが可能で、人の顔や車のナンバーも記録できる。画像は1秒間10コマと高画質なので解析しやすく、夜間の進入者はすべてモニターされ、捕捉された人や車は、入口奥左手にあるゴミ置き場建物の壁に映し出される。画像はプロジェクターにより横約3メートル、縦約2メートル。まるでドライブイン・シアターのように、自分の顔や車の姿が映し出されるので、かなり驚くという。画像は20日間保存。将来的には、宿舎の映像を練馬駐屯地の宿直室にリアルタイムで流すという。システム担当者は、「日本初の犯罪抑止システムということで関心を集めそうだが、これが宿舎の皆さんの快適な生活に寄与してくれればうれしい」という。
これで不審者が抑止できて、「快適な生活」ができればそれでいいではないか、という意見もあろう。だが、プライバシーや個人の自由よりも、セキュリティが圧倒的に優先されるシステムが定着していけば、いずれ、地域全体が変わっていく。「絶対的安全を求める者は自由を失う」のである。
というわけで、情報保全隊の内部文書から防衛省宿舎監視システムまで書いてきた。「安全」や「安心」を守ろうとするあまり、あるいは秘密を保全しようとするあまり、守るべきものを傷つけ、あるいは失うということも起こりうる。こうした「保全」の仕組みは、いったんシステム化されると一人歩きしていく傾きにある。情報保全隊の内部文書が示すような、市民をターゲットにした活動は、直ちに中止すべきである。
なお、この情報保全隊内部文書問題で、この文書を暴露した共産党国会議員団から手紙が届いた。開けてみると、この問題で抗議集会を開くという。そういう手紙がなぜ、私に届いたのか怪訝に思ってなかを読むと、「内部文書に記載されている方々にもひろくご参加いただき、・・・」と書いてあった。返信用ハガキも入っており、抗議集会に「出席」か「欠席」のいずれかに丸をつけるようになっていた。野党らしく、政府が行う活動をきちんとチェックし、批判していくことは正しい。それだけに、「秘密の内部文書にあなたも名前が出ていますよ。だから一緒に抗議しましょう」というようなセンスはいかがなものだろうか。
そこで、最後に、この内部文書の公表をめぐる問題について書いておく。共産党ホームページからダウンロードできる「情報保全隊」内部文書には通し番号がついていて、ラストは166となっている。これは共産党がつけたものである。「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」(平成16年1月12日~1月18日)平成16年1月20日付の文書の最終ページは091となっていて、「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」(平成16年1月26日~2月1日)平成16年2月4日付の文書は092で始まっている。だが、本来そこにあるはずの、「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」(平成16年1月19日~1月25日)平成16年1月27日付文書が、まるまる抜け落ちている。共産党は、入手した文書が5週間分であるとして、ホームページにリストを明記している。だが、通し番号を打ってあるので、普通に読む人は気づかない。
なぜ、私がこのことに気づいたか。それは、私が、その抜け落ちた期間に旭川にいたからである。私は、2004年1月24日(土)13時30分から16時まで、旭川勤労者福祉会館大会議室で、「イラク自衛隊派遣STOP・憲法改悪にNO」1.24旭川市民平和集会で講演していた。菅沼和歌子弁護士が代表を務める「1・24旭川市民平和集会実行委員会」の主催である。このことについては、直言でも触れている。情報保全隊は、イラク復興支援群第1次隊を出す第2師団(旭川)司令部のある旭川での平和集会を見逃すはずはない。私が講演した内容も、克明に報告されているはずである。だが、共産党が公表した内部文書に私の名前はない。しかし、私に対して、内部文書に名前が出ている一人として手紙を送った以上、「ない」資料のなかに私の名前が「ある」ことをどうやって知ったのだろうか。
もっとも、こうした違和感はありつつも、政治的に中立であるべき自衛隊の越権的活動について、さまざまな立場の違いをこえて批判していく必要性は、いささかも減じるものではない。情報保全隊の内部文書問題は、文書それ自体のみならず、その後も含めて、いろいろな問題を含むように思う。自由な言論が保障される社会のために、このことはしっかり書き残しておきたい。