雑談(67) 「食」のはなし(13) 水  2008年4月14日

「水のいのち」についてはかつて書いたが、今回は雑談「食」シリーズの「水」である。「食べ物」ではないが、広い意味で「食」に深く関わっているので、この機会に書いておきたい。無味無臭無色透明と思われている水にも、実はいろいろな「顔」や「味」があるから。

  甲斐駒ヶ岳の白く輝く花崗岩層の奥から流れ出る尾白川の水は、「日本名水百選」に挙げられている。コンビニなどに置かれているミネラルウォーターのなかに、この水を使った「天然水・南アルプス」がある。「山の神様がくれた水」「水を運ぶ…水晶をくぐり抜けた雪どけ水」。これを常温のまま天然ボトリングしているのは、サントリー天然水白州工場(山梨県北杜市白州町)である。「水源地の周囲に25万坪もの保全地を所有。野鳥が歌う豊かな森を確保し、水源の水質と安全性を守り続けています」(同社宣伝文)。その近くに道の駅「はくしゅう」がある。ここには「名水お持ち帰りコーナー」というのがあって、24時間いつも水が出ていて、無料である「白州・尾白川天然水」というのが正式名称のようだ。夜遅い時間帯に車でやってきて、大きめのポリタンクに入れて持ち帰る人もいる。喫茶店か何かをやっている人とみた。私はといえば、ごくたまに、空のペットボトルに3、4本頂戴する程度である。私が「利き牛乳」をするときのように、口のなかで舌を細かく動かして、水を舌の表面の隅々までいき渡らせるようにすると、どことなく水の甘さのようなものを感じる。珈琲や緑茶をいれてみると、これが実においしいのである。白州の水はとにかく優しく、まろやかである。

  また、「日本名水百選」に挙げられる「大滝湧水」が、道の駅「はくしゅう」の北数キロにある。標高は820メートル。湧きだす水量と勢いは半端ではない。小さな滝のようである。日量2万2000トンとあるが、ちょっと信じられない。水源の脇には神社があって、「神の恵みに感謝して水を大切にしよう」という立て札がある。ひしゃくですくって飲む。口あたりはやわらかいが、身体中がスッーとする。ここの水は、生活用水のほか、灌漑用水やニジマスの養殖などにも使われている。近くに養殖場やわさび田もあり、湧き水が効果的に使われている。周辺は湧水公園になっていて、釣り堀もある。夏場はここで釣りをして、すぐ横のレストランで焼き魚に調理してもらえる。


   ところで、水には「硬水」と「軟水」の区別がある。憲法にも硬性憲法と軟性憲法の区別があるが、アレッサンドロ・パーチェは、改正手続の加重などにかかわらず、憲法はそれが成文憲法であるということ自体で、すでに硬性であると指摘している(『憲法の硬性と軟性』〔井口文男訳〕有信堂高文社、2003年)。水における硬性と軟性の方は基準がはっきりしていて、争いはない。カルシウムとマグネシウムの含有量を数値化したものが「硬度」とされ、これが357度以上を硬水、0から178未満を軟水といい、その間を「中硬水」というそうである。緑茶は軟水で入れると円(まろ)やかさと香りがよく出る。ちなみに、私がよく飲む「南アルプスの水」は硬度30mg/L。かなりの軟水である。

  私は、今までどんな「水」を飲んできたか。記憶に残っているものだけをアトランダムに挙げると…。ペリエ(フランス)、エビアン(同)、ヴィッテル(同)、ボルビック(同)、サンペリグリノ(イタリア)、アイスフィールド(カナダ)、クリスタルガイザー(アメリカ)、新六甲のおいしい水(兵庫県)、日田天領水(大分県)、水彩の水(北海道)、富士山嶺パナジウム天然水(山梨県)、四万十の水(高知県)、そして、南アルプスの天然水(山梨県)。地方講演のとき、地元の「水」が出てくるとうれしい。

  ヨーロッパを旅行したことのある人ならば、レストランでは日本のように水は出されず、注文して、お金を払うものであることを知っている。しかも多くは、炭酸入りである。グラスにレモンの切れ端が添えられていることもある。9年前にドイツのボンで滞在していたときは、この「ミネラル・ヴァッサー」(ドイツ語で水はヴァッサー〔Wasser〕という)のお世話になった。緑色の瓶に入っているものが多く、量販店に車でいってケースで買う。値段は安い。この炭酸入りは食事の際に消化も助けてくれると聞いた。家族全員がファンになった。帰国後、懐かしむ家族のために入手しようとしたが、種類が少なく、しかも高い。日本ではほとんど飲むことはなくなったが、あのシュワーッとした感触は悪いものではない。


   さて、先月、たまたまあるところで出されたミネラルウォーターのボトルをみて、びっくりした。「アラビアン・オアシス」という銘柄である。アラブ首長国連邦(UAE)の首都ドバイから200キロ離れたエミレーツというところで製造されたものである。表書きに、「広大な砂漠の太古の地下水脈は、オマーン山脈の奥深くに広がる豊かな大自然の恵みをたたえています」とある。砂漠のオアシスでとれる貴重な水。それを日本にまで長距離輸送している。値段の大半は輸送費ではないか。また、輸送燃料の浪費・排出(温暖化)など、資源事前配慮・将来配慮の観点からの環境問題もある。そして、UAEはともかく、周辺には水の入手にも事欠く人々がたくさんいる。国連推計によると、世界の人口の6分の1にあたる11億人が、安全な飲料水を確保できない状態にあるという(『読売新聞』2008年1月21日付)。こういう事実を踏まえれば、「水」談義などナンセンスという批判もあるだろうが、今回は「雑談」シリーズなので、もうしばらくお付き合いをお願いしたい。

  最後に、身近な水、すなわち水道の水も忘れてはならないだろう。仕事で各地をまわりながら、地方でおいしい水道水に出会うとうれしい。山梨や長野の水道の水はおいしい。私が生まれ育った東京都府中市の水道水も、かつては地下水をくみ上げていたので、都内の水よりは冷たく、おいしかった。
   最近、「早稲田の水はおいしい」という話を聞いた。地元で長く珈琲店をやっているマスター(テレビにも出る、早大近辺では有名人)から直接うかがったのだが、「早稲田通りの下をはしっている水道本管は皇居につながっているから、ここの水は皇居と同じなんですよ」というのだ。東京都水道局が、この本管を流れる水について特別の濾過や処理を施しているのかどうか。同じ水道料金を払っているのに、本当にそういうことがあるのか。私にはわからない。

  なお、今回は、雑談「食」シリーズとして、いろいろな「水」について語ったもので、それが入っているペットボトルについては触れていない。環境保護との関係での悩ましい問題や、リサイクルからリユース、さらにリデュースへの動きなど、ペットボトルをめぐる問題も複雑である。3年前の5月、中国で、デモ隊が水を入れたペットボトルを日本大使館に大量に投げ込む事件があったが、それについて「『反日デモ』とペットボトル」という直言を書いたことがある。そこでのペットボトルについての指摘を参照していただきたいと思う(中国の憲法水準については先週の「立憲主義と民主集中制」を参照)。

【付記】新学期が始まり、今週はストック原稿をUPする。

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