世間は新型インフルエンザの話題で持ちきりである。大学からは緊急時対応メールがいくつも届いた。私は法学部と大学院法学研究科の担当だが、法務研究科(法科大学院)と政治経済学部でも講義を持っているので、キャンパス閉鎖や全学休講を想定した補講や課題提示などの依頼がそれぞれの箇所からきた。電車に乗っても、マスクをしている人が目立つようになった。一カ月前、国会の参考人質疑に参加したときは、参考人の一人が、ソマリア海賊こそ「いま、そこにある危機」だと強調していたが、いつの間にか「海賊」問題は新聞の片隅に追いやられてしまった。海賊対処法案もすでに衆議院を通過し、「3 分の2 再可決」で成立という安易な手法が常態化した。まともに審議をする国会「議事」堂ではなく、国会「表決」堂(尾崎行雄〔咢堂〕)への堕落である。
国会が停滞するなか、海上警備行動(自衛隊法82条)で護衛艦2 隻を派遣したのに続き、何と陸海空三自衛隊の統合任務部隊が派遣されることが決まった。派遣期間は4 カ月。これは自衛隊発足以来、初めてのことである。だが、報道の扱いは小さい。あまりにも淡々と進んでいるが、そこには重大問題が含まれている。
5 月15日、浜田靖一防衛大臣は、自衛艦隊司令官に対して、護衛艦の水上部隊に加え、新たにP3C 哨戒機2 機により「海賊対処航空隊」を編成して、警戒監視・情報収集などを行うよう、海上警備行動に基づく派遣命令を出した。同時に、航空自衛隊に対して、空輸隊を編成して、物資などの航空輸送を行うように命じた。活動場所は、紅海、アデン湾に面し、ソマリアと接するジブチ共和国(人口約47万人)である。
「海賊対処航空隊」は初の統合任務部隊となる。海自第4 航空群(神奈川県厚木市)第3 航空隊副長の福島博一等海佐以下約100 人とP3C 哨戒機(SEAEAGLE)2 機。それに、航空機警護と基地業務を行う陸上自衛隊の中央即応連隊(栃木県宇都宮市)の約50人である。この連隊は、海外派遣モードの機動運用部隊、「中央即応集団」(CRF:Central Readiness Force) の基幹部隊である。国会での議論はほとんどなく、すべて、防衛大臣のところで、日常業務のように淡々と進められている。規模こそまだ小さいものの、陸海空三自衛隊の揃い踏みによる海外派遣という意味で、これは質的に重要な意味をもつ。
とりわけ、中央即応連隊(中即連)の「警衛隊」の存在は重大である。中即連の第3 普通科中隊から選抜された34人。隊長は波多野武三等陸佐である。P3C 哨戒機の拠点となるジブチ国際空港での警護が主な任務で、一見地味な任務にみえるが、この部隊初の実任務となる。装備は9 ミリ拳銃、89式5.56ミリ小銃。軽装甲機動車(LAV)2両も持ち込む。これには5.56ミリ機関銃が装備されている。
16日に宇都宮駐屯地で「警衛隊」の編成完結式が行われた。知人から送られてきた3 枚の写真をみると、若い隊員はおらず、壮観な面構えの陸曹クラス(下士官)が中心だ。精強さの証、レンジャー徽章を付けた者も複数みえる。
少し前になるが、海自特殊警備隊で起きた「はなむけ」事件を論じた直言で、私はこう指摘した。「米海兵隊のモットー“First to fight" には、『自衛』の発想はない。まず『殴り込む』部隊である。日本の自衛隊は、その米軍の世界戦略に組み込まれ、米軍と一体の方向のトランスフォーメーション(改編)をしている。その途上、最先端のエリート部隊で起きたことは、海外での武力行使の可能性を想定して編成された陸自中央即応連隊や特殊作戦群などでも起こりうる。今回の事件は、『専守防衛の自衛隊』への『はなむけ』といえるかもしれない」。
また別の直言で「海外出動『本来任務』化の意味」について書いたとき、冷戦終結後、「防衛」概念に劇的な変化が生まれていることに注目した。「国土」防衛から「国益」防衛へ。軍隊は伝統的に、領土・領海・領空、総じて「国境線」を守ることを主任務としてきたが、「守るべきもの」は国境の「外」にある「死活的な利益」となる。自衛隊も「専守防衛」から離脱して、まさに「国防」(=国益防衛)のため、海外派遣モードに大きく変容をしている。中央即応集団の識別帽を拡大してみると、アメリカ西海岸からカムチャツカ半島、東南アジア、オセアニア全域が対象となることがわかる。
宇都宮駐屯地での編成完結式で、中央即応集団司令官の柴田幹雄陸将は、「本派遣はCRF 新編後初の部隊派遣であり、中央即応連隊としても初の派遣任務」と述べた上で、「統合任務部隊の一員として海自の活動を支える意識を常に持て。現地軍、駐留各国軍等との緊密な連携を保持せよ」と訓示した(『朝雲』2009年5 月21日付)。続いて立った火箱芳文陸幕長は、「本派遣の意義は、国益擁護に直結した初の統合任務部隊による国際活動であり、陸自全般の国際活動能力の向上と、他国駐留軍との関係強化が望める、という点である」と述べた(同)。
まさに「国益擁護」であり、他方、他国軍隊との軍事的協力関係を強めるという、規模こそ小さいが、明らかに今後の海外軍事任務強化への布石であることは明らかである。
『毎日新聞』5 月13日付「アメリカよ――新日本論」連載第6 回の見出しは「『国益』気負う海自――ソマリア沖海賊 護衛艦出動」である。自衛隊の「これまでの派遣はすべて『国際貢献』の名の下に、絶えず米国の顔色をうかがいながら行われてきた。それが今回、強盗・誘拐犯にすぎない海賊相手とはいえ、初めて『国益』を守るために海外に出た。米中両国に触発されての派遣だが、『米軍の補完機能しかない』とされてきた海自内には『自立への第一歩』と気負う空気がある」。三自衛隊は冷戦後、それぞれに存在証明にやっきになってきた。出遅れた陸自も、どさくさまぎれに「海上警備行動」に乗って、イラク復興支援群ではなしえなかった、本格的な海外治安維持任務を担うことになる。
こうして、ソマリア周辺に3 自衛隊1000人が展開する。『東京新聞』4 月18日の見出しは、「米の『対テロ』援護射撃--海外治安活動の先例化も」。この三浦耕喜記者の署名記事によると、ジブチを拠点とする自衛隊の活動により最も助かるのは米軍であるという。海賊対策だけでなく、アフガンの「対テロ戦争」に重点を置く米軍は、哨戒機を陸上偵察にも用いている。日本が海上の哨戒を担当すれば、米国は余力を対テロにまわせるというのだ。『東京新聞』4 月24日付によると、ジブチ国際空港には米軍機のほか、フランス、ドイツ、スペインの各国軍の哨戒機もいて、自前で機体整備を行わない軍もある。それを自衛隊が実質的に整備したり、また警備したりすれば、海賊対処任務を超えた軍事的協力関係となる。海上警備行動を根拠にして、実質的な米軍支援活動を行う。これはきわめて問題だろう。米軍支援活動を、いわば積極的に行うことで「自立」へと向かう屈折した姿が見て取れる。
海賊対処法案は衆議院を通過しただけで、しかも、この法律は、ジブチにおける陸自警衛隊の武器使用の根拠にはならない。そこで、武器使用の根拠は、自衛隊法95条の「武器等の防護のための武器使用」に求められる。
「自衛隊の武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両…を防護するため必要であると認める相当な理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる」。これに地理的制限などは一切ない。航空機や船舶が存在する場所で、それを防護するために武器使用ができる。つまり、武器使用の根拠は、その武器が存在する場所における、その武器の防護の必要性である。イラク派遣部隊長だった佐藤正久参議院議員が、相手のところにでかけていき、撃たせて反撃するという「駆け付け警護」を主張して物議をかもしたことがある。「駆け付け警護」とはやや異なるが、自分から乗り込んでいって自分の装備・武器を防護するとして、武器を使うわけである。
海上警備行動だけでなく、自衛隊法95条も含めて、一度拡大解釈を許すと、ここまで広げられていくという例である。
神奈川県座間市には、米軍再編で米陸軍第1 軍団司令部がきた。ここに、中央即応集団司令部が朝霞から移ってくる(2012 年) 。司令部機能の実質的な統合の方向である。今回の中即連34人のジブチでの活動は、いろいろな意味で「布石」であり、その影響は予想以上に大きなものになるだろう。