【特別直言】投票の秘密」は守られているか 2009年8月27日

選挙の投票日が迫っている。今回の衆議院解散の「耐えがたき軽さ」や、政権公約に「マニフェスト」という横文字を使うことへの違和感についてはすでに書いた。これら政治や政党をめぐる問題とは別に、投票日を前にして、述べておきたいことがある。それは、どの党も「マニフェスト」で触れていない事柄、すなわち「投票所改革」についてである。これは憲法上の問題を含んでいる。この国の今後を決定する総選挙の投票日を前にして、「特別直言」として問題提起しておきたい。

総務省によると、前回の総選挙では、全国53021カ所に投票所が開設された。だが、世界には、まともに投票所を設けられない国もある。先週行われたアフガニスタン大統領選挙では、タリバンの選挙妨害により、全国で800カ所の投票所が開設できなかったという(『毎日新聞』8月21日付夕刊)。

このニュースをドイツの新聞で探しているとき、ある写真に出会った。この写真を見ていただきたい(Frankfurter Allgemeine Zeitung vom 21.8.2009)。ダンボールを重ねた粗末な投票記載台が4つと、その横に投票箱と投票管理人が写っている。投票者の背後は壁になっていて、後ろからその手の動きは見えない。記載する時、全身が外から隠されるよう、ダンボールが2段になっていて、しかも両側との間で一定の間隔がとられている。投票所が開設できない地区があり、また選挙の不正が横行し、投票結果の偽造すらあり得るという国においてさえ、投票用紙に記載する際の配慮だけはきちんとなされている。これは驚きだった。

投票記載台という点だけで見ると、日本の投票所には重大な欠陥がある。

投票所入場券をもって投票所に着く。まず選管の職員が有権者名簿で確認をする。投票用紙が交付される。それを持って記載台に向かう。候補者の名前(あるいは政党名)を書く、あるいは最高裁裁判官国民審査の場合は、該当裁判官の欄に×をつけるなどして、投票箱に入れる。投票管理者(選挙管理委員会の職員)と投票立会人が椅子に座って、それを見守っている。なんてことのない選挙風景である。だが、ここに見過ごすことのできない問題がある。日本の投票所では、投票用紙に記載する際、「投票の秘密」が十分に守られていないのである。

まず、投票者の全身が丸見えである。手の動きも、立会人や選管職員から見える。見ようと思えば、投票者が隣の投票者の手元を見ることもできる。だが、たいていの人はそれをしない。女性の読者には恐縮だが、これは男性トイレの小用便器と似ているように思う。トイレで並んで用を足すとき、誰も隣の人のそれを見ることはしない。でも、見ることは可能である。この何ともいえない変な恰好が、日本の投票記載台ではないか。

なお、早稲田にある某ホテルの宴会場フロアにあるトイレの小用便器は、ほぼ全身が隠れるほどの大理石の柵で囲まれている。まるで小用ブースである。これだと、隣に人がいるかどうかしかわからない。小用ながら、妙に落ち着いた気分になる。例えは下品だが、投票所記載台には、このような配慮が必要ではないか。

私の家の近くの投票所は、この40年あまり、町内の小さな公会堂が使われてきた。広さは、横8.4m、縦7.7m、19.6坪。立会人・選管職員と記載台との距離は2メートルほどしかない。投票立会人や投票事務をしている選管職員から、投票者全員の手の動きが確実に見える(はずである)。投票に行くたびに、私は不快だった。

あまりに距離が近いので、数年前、私はある「実験」を試みた。投票用紙に記載する前に、その場で一度後ろを振り返ってみたのである。すると、1人の立会人と目が合った。記載が終わり、これまた2メートルも離れていない投票箱まで数歩を踏み出す瞬間、その人を見ると、また目が合った。つまり数メートルの圏内で、立会人は、投票する私の後ろ姿と手の動きを十分に見ることができたわけである。別に彼らは、投票者の身体や手の動きにことさら注目して、何らかの「情報」を得ようとしているわけではないだろう。多くの投票者も淡々と投票を終えている。しかし、設備として「見ようと思えば見られる状態」が問題ではないだろうか。

各国の投票風景を見てみると、カーテンによって全身が隠されるタイプが多いことがわかる。記載台(ドイツではWahllokalという)でどのように書いたか(手の動き)、何もしなかったか(白票)、は外から見えない。

写真はドイツのバイエルン州の選挙風景である。地方色豊かな恰好をした男性が、記載を終えて投票箱に向かっている。また、これは2005年ドイツ総選挙に関連したある新聞の一面である。カーテンの下に女性の足が見える。面白い構図なので保存しておいたものである(die taz vom 17/18.9.2005)。

ドイツだけでない。グルジアの投票所の写真は、両側に軍人の足、真ん中に女性の足が見える(ドイツラジオのサイトより)。ロシアの投票所の写真では、カーテンから部下の兵士が出てきて、上官と「談笑」している(『シュピーゲル』より)。でも、これはけっこう怖い。「おい、俺が言った候補に投票しただろうな」と確認しているかもしれないのだ。赤いカーテンのおかげで、部下は「入れましたよ」というような表情をしている。でも、顔はどことなく引きつっているようにも見える。日本のような記載台だったら、上官はこっそり覗き込むかもしれない。部下は白票では出せない。

カーテンのないタイプもある。ドイツの学校の教室などに設置されるもので、大きな目隠しと椅子がついている。座って投票する。そして目隠しで上半身が完全に隠れ、他の投票者からも選管職員からも一切見えない状態で、投票用紙への記載を行う。この目隠しは巨大だ。乳母車を置いて投票用紙に記載している母親の姿がわずかに見える。カーテンがない分、体や手の動きを見えにくくするため、大きな目隠しだけでなく、他の記載台との間に適当な間隔がおかれている。

すべての国の投票所を調べたわけではないが、少なくともいえることは、日本の投票記載台は、「投票の秘密」に対して、あまりにも無配慮だということである。憲法学では、「投票の秘密」はどのように理解されているだろうか。

憲法15条4項は「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない」と定める。「投票の秘密」の狙いは、もっぱら「誰に投票したか」について他者(公的機関のみならず、社会的権力や私人を含む)から不当な圧力を加えられることを防ぐことにあるとされている。それは具体的にどのように保障されているか。まず、「投票用紙には、選挙人の氏名を記載してはならない」(公選法46条4項)とされている。つまり無記名投票主義である。逆にいえば、「誰が」「誰に」投票したかが誰にもわからないことが原則になっている。

次に、公選法52条は、投票内容の秘密を保障している。すなわち、「何人も、選挙人の投票した被選挙人の氏名又は政党その他の政治団体の名称若しくは略称を陳述する義務はない」。これは憲法15条4項の内容を、法律によって具体化したものといえる。

さらに、「投票したかどうかについての秘密も含む」という形で、投票の有無もまた、15条4項の「投票の秘密」に含めて解釈する説も有力である。これは自由投票(任意投票)の原則とも関わる。投票が国民の義務とされる「義務投票制」の国もある(オーストラリア、ベルギー、キプロスなど)。

要するに、誰に投票したか、そもそも投票に行ったか、行かなかったかも含めて、「投票の秘密」の内容をなしている。

また、公職選挙法施行令32条は、投票所における投票記載場所の設備について、「他人がその選挙人の投票の記載を見ること又は投票用紙の交換その他の不正の手段が用いられることがないようにするために、相当の設備をしなければならない」と規定している。設備面から「投票の秘密」保持をより実効あらしめようと意図したものといえるが、「他人が投票記載を見る」というのは、投票用紙の交換などとセットで不正な手段にカウントされているので、これは当然、投票者相互の関係が想定されていると見てよい。投票管理者や投票立会人が見ることができる、ということは問題にされていないように思われる。

そもそも、「投票の秘密」には、他人が「投票の記載を見ること」がないようにすることに加えて、「投票に関わるボディーランゲージ(身体言語)」によって投票行動が推知されないことも含まれるのではないか。口では何もいわなくても、体の動きが誰に投票したかを「語ってしまう」ことがある。「投票の秘密」は極めてデリケートなので、知らず知らずのうちに侵害されるおそれがある。上記のような推知可能な状態は、極力排除されなければならない。

例えば、鉛筆を握らず、しばらく記載台の前に立ち、そのまま投票箱に向かえば、「この人は白票で出すつもりだな」とわかってしまう。白票を出すことが分からないように、一度は鉛筆を握る動作をする人もいるだろう。かくいう私も、過去に投票したい適当な人物がいないので何も記載しないで投票したことがあるが、その際、背後の視線を意識して、鉛筆を動かす仕種をしたのを覚えている。気分はよくなかった。カーテンがあって、少なくとも上半身が隠れれば、そうした気遣いはいらない。

それから、記載台の前で迷う人がいる。時間がかかっているだけ分、この人ははっきり決めないで投票所に来たことがわかる。投票立会人席には町内の有力者が座っていて、地元の保守系候補への根回しがすんでいると思って、その投票者をみつめている。だが、その人はなかなか投票しない。あとで「別の候補に入れたのではないか。お前の店とはもう取り引きしないぞ」と有力者にいわれたという。露骨な公選法違反だが、地方では立会人の目が怖くて、ビクビクしながら投票するという話を聞いたことがある。

分かりやすい例を挙げる。地方の小さな村の村長選挙で、二人の立候補者があったと仮定する。候補者の名前は、一人が「小比類巻太郎左衛門」、もう一人が「林一」。さて、投票記載台で、投票用紙にこの氏名を書き入れてみよう。書いている手の動き、記載に要する時間、書きながら記載台にある候補者名簿に目をやるかどうか。前者の候補者だったら、一度は確認するだろう。この一瞬の動作で、どちらに投票するかが推知されてしまう。人口の少ない地域の投票所の場合、立会人もよく知っている人、選管職員も知人という場合も少なくないのである。

最高裁国民審査では、もっとはっきりわかってしまう。かつて、私の隣で記載しようとしたお年寄りがソワソワした素振りをみせ、私に何かを話しかけようとしてやめて、記載台から一端離れ、また戻ろうとして、そのまま投票箱に入れるところを私自身、目撃している。「国民審査の仕組みはですね」とそこで説明してあげることもできず、彼女が何も記載しないで投票箱に入れるのを見届けることになった。つまり、彼女の投票内容が私には「わかってしまった」わけである。しかも、国民審査の場合、人間の手が×をつける動きは、背後からすぐ分かる。隣の人の動きでわかる。見なくてもわかる。つまり、裁判官9人全員に×をつける動作はきわめてわかりやすい。半分でやめた。何もしなかった。その記載台にいる時間や動きで、すべて立会人や選管職員、一般の人でもちょっと周囲を観察すれば、わかってしまう。これはやはりまずい。

ただ、実務的には、投票管理者や投票立会人から「見通せる」ように設備を配置することが要求されているようである。「見通せない」ことの方が問題視され、投票者をずっと見通して、不正がないかどうかを監視することに意味を見いだしているようである。

最新の公職選挙法解説書には、投票所(39条)について、次のような説明がある。すなわち、「投票記載場所については、投票の秘密の確保に注意し、他人の投票を見ること又は投票用紙を交換すること等の不正な手段を防ぐこと〔前述した公職選挙法施行令32条〕」が求められるとともに、「投票管理者及び投票立会人より見通しうるように配置」することで、「投票所内のすべての行為を監視できるような設備が望ましい」と(安田充・荒川敦『逐条解説公職選挙法(上)』ぎょうせい、2009年、351~352 頁)。

「投票の秘密」を破るのは、覗き見をしたりする投票者であって、投票管理者などは秘密を侵す主体として想定されていないようである。管理者は「投票所内のすべての行為を監視できる」といっているから、全身をさらして投票用紙に書き込んでいる姿は、しっかり「監視」されているわけである。つまり、その「監視」のなかで、ある投票者が鉛筆もにぎらず、そのまま白紙で投票したこともすべて「お見通し」となる。これを「投票の秘密」が侵されたと考えることはできないか。

憲法15条4項後段は「選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない」と定めている。「私的にも」という文言は、企業や社会団体などによる「投票の秘密」侵害も想定している。例えば、こっそり投票をのぞかれて、それを地域で吹聴されたり、あるいは会社の上司に報告されて、「あいつは会社に敵対する候補に入れたぞ」といって社内で不利益を受けたりすることなどが挙げられるだろう。公選法解説書の著者の発想では、投票の不正防止や、上記のような「私人」による「投票の秘密」侵害の防止の観点から、投票管理者から「見通しうる」ということに積極的評価が与えられている。

だが、私は、投票管理者による「監視」が「投票の秘密」を侵害するおそれがあるのだという認識がここにまったくないことが問題であると思う。

日本では、投票所の改革が必要である。全身ないし上半身が見えなくなるようにカーテンを付けるか、ドイツのような記載台に深い目隠しをつけるかして、投票記載台における体や手の動きを、他の投票者のみならず、投票管理者からも見えないようにすることが必要だと私は考えている。「投票用紙をすり替えたり、不正が行われる」ことを防止するという必要性は、憲法が要求する「投票の秘密」を実現するという観点から、必要最小限のものに限定すべきだろう。投票時の「全身露出」は、この観点から早急に見直されなければならない。

なお、障がい者用の記載台があるが(1人用で1台2万円ちょっと)、これはけっこう目隠しが深い。一般の記載台は2人用で2万円程度。何とも貧弱である。この株式会社「日本選挙センター」というところでは、ライトが付いているものも含めていろいろと製造しているようだが、投票所記載台の規格は、省令等で定められているものなのだろうか。あるいは、各自治体の判断に委ねられていて、それぞれの選挙管理委員会で、目隠しを大きくしたり、あるいはいろいろな工夫を加えたりすることも可能なのだろうか。「日本選挙センター」という会社に、目隠しの大きな記載台を、しかもドイツのように座って記載することができるものを特別に発注することは可能なのだろうか。これは、関係機関に問い合わせてみたがわからなかった。

さて、いよいよ投票日である。8月30日、投票所に行かれた方は、ご自身の地域の投票所をしっかり観察していただきたい。何よりも、候補者名(政党名)を記載する瞬間、背後からとはいえ、他人にみられる状態にあることを実感するだろう。そして、やろうと思えば、隣の人の手元を覗くことができる(他人から覗かれる)状況を確認していただきたい。そして、日本の投票記載台が「投票の秘密」について十分配慮しているかどうかを、「現場」で考えていただきたい。選挙管理委員会や総務省など関係機関は、外国の投票所の実態を調査し、投票所改革に直ちに着手すべきだろう。

冒頭の写真をもう一度見てほしい。アフガニスタンの粗末なダンボールの投票記載台から学ぶものは多いのではないか。

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