9月27日はドイツの総選挙の日。4年前も同じようなタイミングだった。日本では「9.11」総選挙で小泉自民党が大勝したあと、やや遅れてドイツでも総選挙が行なわれた。1998年に社会民主党(SPD)と「緑の党」の連立政権が誕生し、その2期目の途中でシュレーダー首相(SPD)はかなり無理をして連邦議会を解散した。選挙の結果、保守のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)とSPDの「大連立政権」が生まれた。小選挙区比例代表「併用」制をとるドイツ、小選挙区比例代表「並立」制をとる日本。その違いは一般の人には分かりにくい。簡単にいえば、ドイツは比例代表制、日本は小選挙区制を軸とした制度と考えればよい。今回はそれぞれの制度の問題性がさまざまな形で浮き彫りになってきた。
この4年間、日独ともに、性急かつ強引な新自由主義的「改革」が行なわれた結果、雇用、医療、福祉、年金など「社会的なるもの」が大幅に後退した。それに対する国民の怒りは大きく、総選挙を前にして、ドイツでは「すべての政党が社会民主主義的になった」とさえいわれた。日本でも、麻生内閣の末期は、「定額給付金」に見られるような節操のない「ばらまき」が行なわれ、「マニフェスト」においては子どもに対する税金投入を競い合うような状況が生まれた。総選挙の中盤以降、自民党はネガティヴキャンペーンを展開して浮上をはかったものの、これがまったくの逆効果となった。自民党支持層の700万ほどが民主党支持にまわり、小選挙区効果が目一杯発揮される結果となって、政権交代が行なわれるに至ったのである。
さて、ドイツの選挙結果は、CDU/CSUが33.8%(1.4%減)で239議席(13増)、SPDは23.0%(11.2%減)で146議席(76減!)。これは戦後のSPDの得票率・獲得議席数としては最低である。自由民主党(FDP)は14.6%(4.7%増)で93議席(32増)、左派党(Die Linke)が11.9%(3.2%増)で76議席(22増)、「緑の党」は10.7%(2.6%増)で68議席(17増)と、二大政党以外の政党が躍進した。
この結果は、ドイツにおける「二大政党制の終焉」を意味するといってよいだろう。二大政党はともに得票率を下げ(その程度に大分違いはあるが)、大連立政権は、国民から大きな批判を浴びたわけである。二大政党以外の3党は、2005年は5%条項(このライン以下の政党は議席配分を受けられない)を少し上回る程度だったが、今回は3党ともに堂々たる二桁台にのせた。毛色の違う3党の合計得票率は37.2%に達し、CDU/CSUの得票率を超えた。
これは、比例代表制を軸にした「併用」制効果がはっきりあらわれると同時に、あまりにSPDが弱体化して、小選挙区でCDU/CSUが「勝ちすぎ」た結果、いわゆる「超過議席」(Überhangsmandat)が、過去最大の24議席も発生することになった。定数598に対して、確定の総議席数は622に増えた。今回の総選挙の問題点の第一のものである。少し説明しよう。
ドイツの制度は比例代表制が基本なので、598の議席全体に対して第2投票の結果に基づいて州ごとに、各党への比例配分が行なわれるが、配分議席数よりも、小選挙区での獲得議席の方が多くなった場合、その増加分について、総議席を増やすことになっている。比例代表制を軸としつつも、小選挙区における「顔の見える選択」を尊重するための工夫といえる。CDU/CSUはこの超過議席の恩恵を受けて、議席を増やすことに成功したわけである。
ところで、2005年の総選挙で生まれた超過議席は、SPDが9議席、CDUが7議席だった。それまでの選挙でも大体、この程度の水準だった。しかし、今回は24議席もの超過議席が生まれ、CDU/CSUは、得票を減らしたのに22議席も増えることで過半数を得るという、何とも後味の悪い結果となった。
実はこの超過議席の仕組みについては、連邦憲法裁判所が2008年7月3日に違憲判決を出していた。直接選挙と平等選挙の原則に違反するというのである。ただ、「適切な期間」(日本の最高裁が定数不均衡訴訟で使った表現は「合理的期間」)というものがあり、立法者は現在の任期が経過する前に、したがって総選挙の前に、選挙法を改正するよう義務づけられることはない、とした。そして、法律の改正のために、「遅くとも2011年6月30日まで」の移行期間を設定した。その結果、今回の総選挙は現行法で行なうことが可能となったわけである。CDU/CSUが政権を維持したのは、連邦憲法裁判所の「適切な期間」という判決にも助けられたわけである。
選挙前はさまざまな連立組み合わせが取り沙汰されていた。大連立はもうあり得ない。残りは「信号連立」(赤SPD、黄FDP、緑「緑の党」)、ジャマイカ連立(中米の国、黒、黄、緑の三色旗)、赤赤緑連立(SPDと左派党と「緑の党」)である。選挙の結果、最も議席数の多い組み合わせは、「黒黄連立」となった。CDU/CSUとFDPの合計得票率は48.4%である。過半数にわずかに足りないが、前述のように「超過議席」の恩恵をCDU/CSUが最も受けて、FDPとの合計議席数は332議席となった。これで、得票率が48.4%なのに、議席占有率は53.3%となった。
次に、今回のドイツ総選挙で問題となりうるのは、戦後最低の投票率である。もともとドイツは日本に比べれば、投票率はきわめて高い。最高は1972年の91.1%。長らく80%台が続いた。2005年は77.7%ということで、これでも投票率の低さが問題視された。今回はそれよりもさらに低く、70.8%だった。日本では考えられない高い数字だが、ドイツでは「戦後最低」ということでショックをもって受け止められている。
投票にあえて行かないことで、すべての政党を不信任にするという効果を狙った積極的棄権者を含め、選ばない人々(Nichtwähler)が全有権者の3割近くも存在することが、ドイツでは問題とされている。
さらに、5%に満たない小政党(ドイツでは「破片政党」と呼ぶ)の得票をゼロカウントして議席配分を行う仕組みも、問題がないわけではない。今回、ネオナチの共和党やNPDは得票を減らしたものの、それでも、計83万票(1.9%)を得た。そのほか、ドイツ家族党、動物保護党、連帯市民運動、ドイツ中央党、環境民主党など20以上の政党が選挙に参加した。これらの小政党の合計得票は、第2投票(比例部分)で約260万票(6%)に達する。このなかで最も「健闘」したのが「海賊党」である。プライバシー尊重、著作権法改正、特許制度廃止、インターネット規制反対を掲げた政党で、845904票(2.0%)を獲得した。もし、5%阻止条項がなくて、完全比例代表制で議席配分をすると、「海賊党」は11議席を獲得することになる。だが、実際は「海賊党」を含む小政党に対する投票は、すべて死票となった。
第1投票(小選挙区で個人を選ぶ)で3議席以上か、第2投票(政党名で選ぶ)で5%以上を獲得した政党しか議席配分を受けられないという、連邦選挙法の「5%・3議席条項」については、平等原則に違反するという訴訟が提起された。連邦憲法裁判所は、1957年1月23日に合憲判決を出している。その理由は政党の機会均等の要請と、「議会の活動能力の確保」とのバランスである。極小政党が多数議会に進出して、議会の活動に障害が生まれることを阻止するという目的のために、5%のハードルを設けることが正当化されている。ただ、政党間に差別的取り扱いが行われることは事実なので、裁判所は「議会選挙により遂行される国家政治的目的を確保する上での、必要不可欠な場合に限られる」という歯止めもかけている。ただ、地方レベル、例えば北部のシュレスヴィッヒ・ホルシュタイン州選挙法は、デンマーク系住民の政党(SSW)の存在を想定して、小選挙区で1議席でも得られれば議席配分を受けられるようにしている。この州におけるデンマーク系住民の「民意の反映」を考慮したものである。連邦全体についても、議席配分における「足切り条項」については、なお見直しを求める動きがあることにも目配りが必要だろう。
もうすぐ誕生するCDU/CSUとFDPの「黒黄連立政権」は、戦後ドイツ発足以来の最低投票率の上に、小政党が得た6%の得票をゼロカウントにして、さらに超過議席を加えて過半数を獲得することで成立したという意味では、必ずしも安定政権とはいえない。「緑の党」のJ・トリティン代表は、超過議席による「だまし取られた多数派」と非難している。左派党は早速、連邦憲法裁判所に再び違憲訴訟を提起する構えである。
日本で二大政党制がもてはやされているが、ドイツでは完全に多党制に移行した。4年前に始まった5党制は、今回の選挙によって定着したとみていいだろう。比例代表制を軸とするドイツの制度が結局、5党制に落ち着いたわけだが、日本では小選挙区制効果を最大化するような選挙が4年後も続くのだろう。だが、極端な結果を生む小選挙区制を基礎とした現行制度が、国民にとって果たしてよいものなのかどうかは、また別問題である。現在の民主党を中心とする政権がいかなる政策を実施するか。慎重にかつ、緊張感をもって見守っていく必要がある。ただ、民主党の「マニフェスト」には選挙制度改革も含まれていたが、間違っても、自らの政権維持に有利になるような「改革」は行うべきではない。その意味で、あの「マニフェスト」にある比例部分の削減については見直しが必要だろう。より根本的には、現行選挙制度について、この15年間の運用全般を十分検証した上で、野党とも議論を重ねて、より「民意の反映」を重視する方向で見直していく必要があるだろう。