日本シリーズ第3戦。11月3日(火)東京ドーム。7対4で巨人が勝った試合だが、その冒頭の始球式に、何と、あのブッシュ前大統領があらわれたのだ。ブッシュは巨人のジャンパーを着て投球した。北海道大学の山口二郎氏は『東京新聞』11月8日付の「本音コラム」で、これを厳しく批判している。「一体どのツラ下げてこんなところに出てきたのだと言いたかった」「ブッシュが犯した悪行はここで繰り返すまでもないであろう」「ブッシュはテロとの戦いという名目で、一体どれだけの人を死に追いやったのだろう」「政治家というのは、引退すれば在職中の行動についてすべて責任を免れるというものではない。ブッシュが行った歴史的犯罪については、これからもしつこく追及しなければならない」。まったく同感である。この「直言」でも、「当選」直後から、とりわけ“9.11”以降、ブッシュ批判を執拗に行ってきた。オバマ大統領来日を1週間後に控えたこのタイミングで、史上最も憎悪された大統領と言ってよい人物を一体誰が招いたのだろうか。小泉元首相との再会が目的だそうだが、公的場面が始球式だけとは何ともさみしい、と思っていたら、何と、早稲田大学でブッシュが「講演」したというではないか。驚いた。とにかく驚いた。
ブッシュ講演があるなんて、まったく知らなかった。というよりも、事前のアナウンスは、私の所属する学部・研究科には何もなかった。国家元首クラスが来学する時、とりわけ名誉博士号を授与するような場合、教員・学生に事前に情報提供があるのが普通である。私もドイツのヴァイツゼッカー元大統領の授与式に参加したことがある。だが、近年、教員にすら事前に知らせずに突然、某国の最高指導者が来学して、学内が騒然としたことがある。「ブッシュに名誉博士号授与?」という悪夢が数秒頭をよぎった。だが、それを知らせてくれた大学院生のメールにあったURLをクリックして、椅子からずり落ちそうになった。早大応援部のチアリーダーズに囲まれ、満面の笑みを浮かべるブッシュがそこにいた。講演ではなく「スペシャルトーク」と大学はいうのだが、十分恥ずかしい。山口二郎氏のいう「どのツラ下げて」もあるが、こんな人物に「スペシャル」に「トーク」させた大学、とりわけ総長の見識が問われる。早大の一教員として、ただ、ただ恥ずかしい。
今年1月までの現職の合衆国大統領である。政治的評価も大きく分かれる人物に対しては、学問の府として慎重な対応が求められる。この11月5日の米陸軍基地乱射事件に象徴されるように、米国自身がボロボロに傷ついたアフガン戦争やイラク戦争を開始した最高責任者である。私自身も「判事」をやらされた「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」で有罪判決を受けた人物である。ブッシュによる平和破壊に対して、米国内にも冷静さを失わず、「法による平和」を求める動きがあったが、そうした米国民を含め、平和を求める世界のすべての民衆に対して、早大は顔向けできないだろう。主催は、スポーツ科学学術院だそうである。旧人間科学部のスポーツ部門が独立して出来た箇所だが、教授会でどんな議論をしたのだろうか。反対した教員はいなかったのだろうか。
「幸い」メディアの扱いはきわめて小さかった。11、12日の両日、私の担当している授業で学生に聞いてみたところ、ブッシュ来学を知っていたのは、二つの大講義でそれぞれ数名しかいなかった。ただ、各紙のネット上に残っている記事を見ると、これまた仰天した。「どのツラ下げて」と言われた人物がチアガールと一緒に壇上ではしゃいでいる写真(『朝日』11月5日付)もひどいが、話の中身はもっとひどい。学生から「指導者の条件は何か」と質問されたブッシュは、「原則を決め、妥協しないこと。決断したら責任を持って守ること。思いやりを持つこと。遅刻しないこと」などと語ったという(日経ネット11月4日)。大学のHPによると、「真実を語り、原則を示し、人気のために信念を曲げない事。政治・スポーツに限らず、人間としてのの資質が指導者には必要だ」となっている〔誤植「のの」ママ〕。いずれにしても、悪いジョークではすまされない。現職大統領時代、最も「失言」が多かった大統領である。“9.11”直後の、「テロとの戦争」「限りなき正義」「十字軍」という「歴史的失言」もある。早大は、そんなブッシュ前大統領を招待して「トーク」させた、おそらく世界でも稀な大学となるだろう。しかも、学問的に、「ブッシュ政権8年を検証する」という形で、本人にも弁明をさせて総括するというような企画ではない。「スポーツ全般に造詣が深い」というだけで、今年1月まで現職だった「血もしたたる」人物を招いて放言させた、この安易で無批判な企画を大学の責任で行ったことに対して、私は、同じ大学人として心から恥じ入る。
11月13日、ブッシュ前大統領を「露払い」にしたような形で、オバマ大統領が来日した。滞在時間はわずか23時間。慌ただしく行われた日米首脳会談後の共同記者会見では、「来年の日米安保50周年に向けて日米同盟を深化させる」ことが確認されたという。各紙14日付見出しは、いずれも「日米同盟深化」という言葉を使っている。
オバマ大統領と鳩山首相については、ブッシュと麻生の両前職とは区別して論じてきたつもりだったが、この会見内容にはがっかりした。「核兵器のない世界」を語ったプラハ演説後の初来日である。日程上、広島・長崎への訪問はかなわなくても、「核兵器のない世界」へのより明確なメッセージがあってしかるべきだった。だが、記者から、「広島・長崎に原爆を投下した選択は正しかったと考えるか」という質問を受けたが、これにはまったく答えなかった。沖縄の普天間基地問題についても具体的言及はなく、作業グループでの検討に先送りされた。『朝日新聞』14日(東京本社版)の社面受け記事の見出しは、「オバマ節に心踊らず —— 日米首脳会談 沖縄・被爆地の声」だった。
そもそも私は、「日米同盟深化」という無批判な報道の仕方に違和感をもつ。日本国憲法の平和主義の観点からすれば、「軍事同盟」関係は許容され得ない。日米安保条約による米軍駐留については、地方裁判所とはいえ、違憲判決も存在する(米側の圧力で最高裁に跳躍上告されたが)。だから、「日米同盟」というのは括弧抜きには使えないはずである。
4年前の11月、「ブッシュ・小泉」の日米共同首脳会談で確認されたのは、「世界の中の日米同盟」「日米同盟最優先」だった。日本もイラク戦争に加担した。また、「日米安保体制」の「グローバル安保体制」への転換が進むなか、米軍基地の位置づけも大きく変化した。「わが体験的米軍再編論」でも書いたように、米軍再編の最終報告である「再編実施のための日米ロードマップ」(2006年5月1日)には、2014年までに普天間基地移設と海兵隊グァム移転などが完了するという具体的数値が出されていた。だが、これはあくまでも、「ブッシュ・小泉」時代の合意である。日米において政権交代が起きた以上、「ブッシュ・小泉」時代の「遺産」をそのまま引き継ぐことはない。オバマ大統領が「核兵器のない世界」を真に目指すというなら、ブッシュ時代からの米軍の世界展開(核戦略体制)の見直しは不可欠である。アフガニスタン紛争との関わりも、大規模転換をはかるべき段階にきた。日米安保のグローバル展開を強引に進めた「ブッシュ・小泉」路線を軌道修正して、沖縄の米軍基地についても「米国に引き上げる」というオプションの提起を米側から積極的に行う。「核兵器のない世界」を目指すという言説に偽りがないのならば、それが自然だろう。だが、そうならないところに、ブッシュ・オバマの連続面があるとは言えないか。
鳩山首相にしても、「東アジア共同体」構想と「日米同盟の深化」、即ち、そのグローバル展開とは整合的なのだろうか。集団安全保障とは異なり、集団的自衛権→「軍事同盟」は仮想敵(国)の存在を前提としている。オバマ・鳩山の路線が、軍事的要素を漸次的に縮減していくという点で共通するのだとすれば、求められていることは「日米同盟の深化」ではなく、軍事を限りなく縮減・縮小した新たな日米関係の構築でなければならない。日米共同作戦条項(5条)や基地提供の根拠条文(6条)を含む、50年前の日米安保条約を自明の前提とするのでなく、新たな日米友好条約に変えていく努力こそ、必要ではないか。「ブッシュ・小泉路線」と、「オバマ・鳩山路線」の断絶面があるとすれば、まさにその点でなければならない。
「軍事同盟」関係について言えば、今回の日米首脳会談の結論は、4年前の同じ時期に行われた「ブッシュ・小泉」会談のそれとどこが違うのだろうか。普天間基地の県内移設という結論を前提にするようなことがもしあれば、「対等な日米関係」を目指す鳩山内閣のマニフェストに偽りあり、ということになろう。
11月8日の沖縄県民集会で示された「県外・国外移設」を求める沖縄県民の民意をどう受け止めるか。私は、最も徹底した要求は、「圏外移設」だと考えている。つまり、オバマ大統領自身が、巨大な米軍基地を海外に置いておく意味と必要性を根本的に見直して、米軍基地のたらい回しではなく、「事業仕分け」をきちんとやって基地の「廃止」という選択肢(つまり「圏外移設」)をも考えることができるかどうか。チャルマーズ・ジョンソンの視点を借りれば、「米軍基地のために紛争が生まれる」わけで、そうした倒錯した現状を変えるためにも、「日米同盟の深化」ではなく、日米が「同盟からの転換」を目指すことこそ重要なのである。鳩山首相もまた、安易に「県内移設」に逃げ込むのではなく、「県外、国外移設」の要求をおろさず、オバマが「圏外移設」の選択肢を選べるように協力することが肝要だろう。それこそが、「友愛思想」に基づく「東アジア共同体」を現実のものにしていく第一歩だろう。オバマ大統領は「ブッシュ的なるもの」からの離陸が、鳩山首相は「小泉的なるもの」からの離陸が、それぞれの仕方で求められている。
冒頭の写真をご覧いただきたい。2004年8月13日、普天間基地の大型輸送ヘリが、隣接する沖縄国際大学に墜落・炎上した。その時、ヘリのローターは、この像のすぐ近くまで飛んできた。この像は誰か。早稲田大学の大濱信泉第7代総長である。沖縄県石垣島出身だったこともあり、返還前、佐藤栄作首相の諮問機関「沖縄問題等懇談会」座長を務め、沖縄国際大学が本土復帰と同時に開学できるように尽力した。開学の祖として、キャンパンス内にこの像が作られた。開学時に植樹された木々の方は、事故処理の際、普天間基地の米兵が勝手に伐採してしまった。沖縄国際大の教職員・学生の怒りは大きかった。現場を訪れた直後にスタジオ入りした私は、NHKラジオ第一放送の「新聞を読んで」で、この事件について、小泉首相の本件へのいい加減な対応とともに、怒りを抑えて語ったことを覚えている。
早稲田大学第15代総長は、チアガールに囲まれて、このヘリ墜落事故の際の大統領に、早稲田のベースボールジャンパーを手渡した。第7代総長はそれをどう思っただろうか。