「ねじれ解消」の深刻な効果――特定秘密保護法成立              2013年12月9日

秘密保護法の成立

72年目の「12月8日」を前に、6日深夜、特定秘密保護法が参議院本会議で可決・成立した。6年前に引き続き、官邸主導の強引な国会運営の結果だった。「熟議の府」「再考の府」たる参議院が今年7月の選挙(有権者の半数近くが参加しなかった! )で姿を消したことを、国民は改めて知ることになった。「一票の重み」と同時に、「一票を入れざる重み」でもある。そして、メディアによる「ねじれ解消」キャンペーンは、ドイツの『フランクフルター・アルゲマイネ』紙の東京特派員が選挙前日に書いた「民主的一党国家への道」(Auf dem Weg zum demokratischen Einparteienstaat)へとこの国を導いた。それは実質的な「翼賛的一院制」に続く道だった。「ねじれ解消」キャンペーンの責任は重い。



「ねじれ解消」

『東京新聞』は「ねじれ解消」キャンペーンには乗らず、この法律に対しても一貫して反対の姿勢を貫いてきた。近年、「反原発」を明確にしているため、地方の友人・知人のなかには、郵送の講読者が何人もいる。特定秘密保護法案に対して警鐘を鳴らし始めるのも早かった。法律成立直後の7日付紙面は、一面トップに論説主幹の「国のかたちを変えてはいけない 権力監視ひるまず」という長文論説を置き、「戦前の歴史は、新聞が満州事変でそれまでの権力監視を放棄、翼賛報道に転じてから敗戦までわずか14年足らずだったことを教える。言論・報道が滅べば、国が滅ぶ。権力の監視を胆にめいじたい」と書いた。歴史を誠実に学べば、同じ過ちを繰り返さないという決意は自然に出てくるだろう。

今回、『朝日新聞』と『毎日新聞』(映像メディアではTBSとテレビ朝日)も、(あまりに)遅まきながら反対の姿勢を鮮明にした。7日付各紙を見ると、朝日は東京本社編成局長(GE)名で「知る権利支える報道続けます」を一面大見出しの下に持ってきた。「言論の基となる情報の多くを特定秘密という箱の中に入れてしまう法律は、70年に及ぶ戦後民主主義と本質的に相いれない。私たちは今後も、この法律に反対し、国民の知る権利に応える取材と報道を続けていく」と。

毎日は主筆名の「ひるまず役割果たす」を一面肩に置いた。そして、「正しい判断はまず知ることから始まる。…法律施行後の社会では公務員が萎縮し、本来公開されるべき情報まで秘匿される懸念がある。情報を提供してくれる取材源を守り抜くことが一層重要となる。我々は法律の前に立ちすくまない。…報道の原点を改めて確認し、同時代の記録者としての義務と責任をひるまずに果たしていく」と結ぶ。

この法案を基本的に支持する立場を打ち出していた読売も、第2社会面肩に東京本社社会部長名で「『知る権利』に応え続ける」という一文を出した。掲載面と役職のランクで明らかに上記3紙と差別化をはかっているとはいえ、この法律の成立により「報道機関は、取材源を守りつつ、『国民の知る権利』に応えていくという使命を今一度確認しておかなければならない」としながら、「あらゆる事態を想定して取材源を徹底的に守り、国民に知らせるべき情報を的確に伝えていく。一段と高い緊張感と覚悟を持ちたい」と書いている。本法の危険性を取材源の秘匿の問題(これも重要だが)に特化した内向きの「決意」だが、読売がこういう注意を喚起したということは、それだけこの法律の危うさを示すものと言えよう。

法律の施行まで1年あるから、「施行させない努力が必要だ」と説く向きもある。施行までに本法の問題点を具体的かつリアルに暴き、「この程度の法律は必要ではないか」と思っている人々にもその危険性が認識できるようにする持続的な努力は大切だろう。だが、附則1条には、「公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する」とあり、1年というのは最大期限であって、内閣が必要とあれば早めの施行も十分可能である。しかも、特定秘密の指定・解除や適正評価の運用基準などを定めた18条1、2項は、公布と同時に施行される(附則1条但書)。首相が「第三者機関的」に関わるという仰天の国会答弁で紛糾するなか出され、「重層的なチェック機能」を果たすと首相が胸をはるところの「保全監視委員会」や「情報保全諮問会議」などの具体化もはじまり、煙幕がはられていくだろう。野党のなかには、これでよしとする動きが早い時期に生まれる可能性もある。

そして何より警戒すべきは、法律の成立と同時に、秘密保護に対する過度な忖度と迎合の「空気」が生まれ、実質的な「前倒し施行」が始まることである。 この法律の前身である、「国家秘密法案」が廃案になったのは1985年12月だった。その4カ月前、日航123便墜落事件が起きている。28年かけて特定秘密保護法が成立したいま、この事件の真相解明もさらに遠のくことになるだろうか。行政機関の内部で、本来開示されるべき情報が「疑わしきは秘密に」に向かう傾きと勢いが増していくことが警戒される。

今回の特定秘密保護法の真の立法者は警察官僚である。法案を作成した内閣情報調査室で最も活発に意見を出したのは、警察庁警備局警備企画課(「チヨダ」という公安警察の司令塔)だった(※リンク先はPDFファイル)。3年前の10月、警視庁公安部外事3課テロ対策担当者の個人情報や、監視対象者や捜査協力者の情報が大量にネット流出したが、この事件が10月に時効になった。これは警察上層部のトラウマとなった。今回実現した「適正評価制度」こそ、全公務員に疑いの眼差しを向け、その監視・統制をはかる最大の武器になり得る。そして、秘密を扱う公務員の「身近にあって対象者の行動に影響を与えうる者」への調査が可能になるため、一般市民やジャーナリストなどに監視を広げていくことも可能となる。秘密があるかどうかも秘密、何が秘密であるかも秘密、秘密を取り扱う人の取り扱い方も秘密…。まさに「生まれも育ちも中身も『秘密』に包まれて」というわけである。これは、戦後の内務省解体で警察官僚が失った権限の復権につながるものと言えるだろう。

秘密を確保するために、「情報を求めて接近してくる人を調べあげ、さらに、市民社会のなかの意見分布を常に把握しておく」という動きはすでに始まっている(直言「情報の保全の保全の保全…」)。

6年前、教育基本法「改正」、防衛省設置法、憲法改正国民投票法と、従来なら一つを成立させるのにも一内閣を必要としたほどの対決法案が一気に成立した。今回もまた、秘密保護法を強引に押し切ることで、安倍晋三首相のおおらかな「意志の力」(実は「無知の力」)を示した。「壊憲の工程表」を可及的速やかに止めなければならない。

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