メディアの取材が引きも切らない。授業の合間に受けた取材が、何と第1社会面に大きく掲載された。予想外だった。憲法の首を落とす「憲法介錯」ではないかと思わず口にしたのが記事になった。「介錯改憲」は『東京新聞』6月21日付のコメントで使った。学問的な言葉ではないが、安倍晋三首相とその政権が憲法に対して行っている狼藉を表現するのに、これ以外の言葉が見当たらなかったからである。
私は本当に怒っている。安倍首相に対してだけではない。この狼藉に加担してしまった公明党執行部に対してである。この間、『世界』(岩波書店)7月号や「直言」によって、安倍政権の主張が成り立たないことを明らかにしてきた。特に6月16日の直言「憲法が『根底からくつがえされる』――正念場の公明党」では、公明党と創価学会との関係をめぐる政府解釈にも言及して、一内閣によって安易な解釈変更を行えば、予測できない事態になることを警告しておいた。しかし、公明党執行部は、ここ数日の間に、驚くほどの単純論理で自民党の「修正」に乗ってしまった。この2週間ほどの「抵抗」は何だったのだろう。「他国」を「我が国と密接な関係にある他国」に変えることで「限定」や「歯止め」になると本気で考えているのか。集団的自衛権が「同盟関係」(つまり「密接な関係」)にある「他国」との話であることは常識である。「おそれ」を「明白な危険」に変えたところで、何の「歯止め」にならないことは、ご本人もよくわかっていることだろう。26日の記者会見で、それを「二重三重の歯止めが効き、拡大解釈の恐れはない」(『東京』6月27日付)と言い切った山口那津男公明党代表の知的不誠実は極まれり、である。まがりなりにも「平和」を掲げてきた公明党にとって、これは大きな打撃となるだろう。執行部は歴史的な判断ミスの責任を免れない。しかし、まだ、かすかな希望がある。自民党や公明党の地方組織や議員たちの動きである。
毎日新聞社が6月27日現在で調べたところによると、少なくとも全国139地方議会で集団的自衛権行使容認をめぐって、政府に批判的な意見書が可決された(『毎日新聞』2014年6月28日付)。全会一致や、共産党等が提案した意見書案に公明党が同調するケース、会派の反対方針に逆らって自民党系議員が賛成するケースもあった。大阪府吹田市議会では、共産党の単独提案に公明党が賛成した。同党の幹事長は、「自衛とは無関係に海外での武力行使を容認する憲法解釈などに反対する趣旨に賛同した」という。
『毎日新聞』は意見書だけをカウントしたが、東京の多摩市議会では、集団的自衛権行使容認に反対する陳情を賛成多数で採択した。その際、公明党市議5人のうち4人が採択に賛成した。公明市議の一人は「党本部から何の連絡もなく、今回は個人の判断に委ねられた」と語っている(『東京新聞』6月28日付)。
そんななか、福島県郡山市の降矢通敦さんからメールが届いた。降矢さんには3年前の東日本大震災の現場取材の際、大変お世話になった。メールには、福島県南相馬市議会の意見書(PDFファイル)が添付されていた。
集団的自衛権の行使を容認しないよう求める意見書
上記の議案を別紙のとおり南相馬市議会会議規則第14条第1項の規定により提出いたします。
平成26年6月19日掲出
南相馬市議会議長 平田 武様
提出者 南相馬市議会議員 小川尚一
賛成者 南相馬市議会議員 山田雅彦
〃 〃 田中一正
〃 〃 水井清光
〃 〃 渡部寛一
政府は「安保法制懇」の報告書を受けて、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を目指している。
集団的自衛権についての政府の見解は、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」としてきた。歴代の政権の憲法解釈は、集団的自衛権の行使は憲法上許されないということであった。
政府がこの憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を容認することになれば、自衛隊を海外の戦闘地域に派遣することも可能になる。すでに政府は6月3日、自衛隊を戦闘地域に派遣できるとする提案を政府与党の協議会において行っている。これは、これまでの政府による憲法解釈を大きく転換するものである。
また、「武力行使を目的とした戦争に参加しない」と国会で言明しているものの、「武力を行使しない」とは言明していないことも、憲法の枠をはみ出ている。
一たび戦闘地域に派遣すれば、外国からの攻撃の対象になり、多数の戦争犠牲者が出ることは、過去のイラク戦争やアフガン戦争で集団的自衛権を行使して参戦したヨーロッパ各国を見ても明らかである。
我が国では戦後69年間、日本国憲法によって戦争犠牲者を出すことはなかった。しかし、集団的自衛権の行使が容認されれば、日本が外国の戦争に参加し、その結果、国民が再び戦争によって大変な惨害をこうむることになる。
このような事態は、憲法と地方自治法に基づき住民の安全を守る立場にある自治体として看過できるものではない。
本市は、大震災と大津波及び原子力災害により甚大な被害を受けているが、自衛隊の災害派遣・支援によって大いに助けられたところである。特に福島第一原発から30キロメートル圏内、20キロメートル圏内にいち早く捜索に入るなど、国民と国土を守るために身を挺したことに、心からの敬意と感謝を表している。その自衛隊員が海外に出て行って武力を行使することは到底容認できない。
よって政府は、集団的自衛権の行使を容認しないよう強く求める。
以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。
(傍点引用者)
自民系会派も賛成し、自民市議の一人は「市民目線で同調した。東日本大震災でお世話になった自衛隊員が海外で殺されたり、人を殺したりしてほしくない」と述べた。別の自民党市議によると、被災地感情として、自衛隊員が戦闘行為に巻き込まれることを心配する思いが強いという(『毎日新聞』6月20日付)。
それは意見書の傍点部分によくあらわれている。私は、震災の翌月に南相馬市に入ったが、その際、市役所で開かれた災害対策本部の定例会を傍聴することができた。会議には、自衛隊の連絡将校3人も参加していた。
左に掲げた写真は、災害対策本部に掲げられていた、自衛隊の活動状況を示す一覧表である。主な任務は行方不明者捜索である。活動人員の総計は1731人。主力は第1空挺団(千葉県習志野市)の1200人である。他の部隊は中隊レヴェルから抽出した少人数で、指揮官も三佐が多い。しかし、第一空挺団は団長(陸将補)以下、1200人の精鋭が全力展開しており、この表のなかでも数が際立って多い。しかも、この部隊は原発20~30キロ圏内の捜索を実施しており、意見書がいうように「身を挺した」活動を展開していた。
この写真は、私が南相馬市原町区大身から赤沼にかけて出会った第1空挺団の部隊である。戦闘職種のなかの最精鋭部隊が、原発20~30キロ圏内の危険な地域で、行方不明者捜索を手作業で淡々と行っていた。東日本大震災と自衛隊については、拙著『東日本大震災と憲法』(早稲田大学出版部、電子書籍でも読める)で詳しく書いたので参照されたい。
こうした震災のときの直接的な体験があるからこそ、南相馬市議会意見書には自衛隊に対する特別の思いがにじみ出ている。集団的自衛権行使が可能になれば、まっさきに出動するのは、中央即応集団隷下の部隊であり、南相馬市に展開した第1空挺団の隊員たちである。そのことを、この意見書を出した市会議員たちは熟知しているはずである。だからこそ、意見書の傍点部分は重く響く。
オリンピックの期間中は、政治がどさくさ紛れに悪法を通したりする絶好の機会である。4年おきにそれが繰り返されてきた。直近ではロンドン五輪であり、そのことは直言「どさくさ紛れに『決める政治』と『五輪夢中』のメディア」で書いた。今回も、サッカー・ワールドカップの競技に人々が熱狂するなかで、集団的自衛権の与党協議が進んだ。「決められない政治」から「何でも勝手に決められる政治」へ。「ねじれの解消」がもたらす悲劇的な諸結果をいま、この国の有権者の多くが肌で感じている。
モンスター政権の暴走を止めるには、新たな「ねじれ」を地方から築いていくしかない。統一地方選挙とそれまでの各種地方選挙(特に11月の沖縄県知事選挙)に向けて、政党や立場の違いを超えた立憲的大連合の形成が求められている。