「10.31」、国民のもう一つの選択──最高裁判所裁判官国民審査
2021年10月25日

安倍政権は3度の「低投票率」の産物

倍晋三政権を誕生させた201212月の第46回総選挙は、59.32(小選挙区、以下同じ)という史上最低の投票率だった。それまでは70%~60%前後の投票率を維持してきたが、野田佳彦内閣の「近いうち解散」で国民の関心は一気に盛り下がり、投票率は10%近く減少した。この総選挙に勝利した安倍晋三は、2014年に「念のため解散」ないし「アベノミクス解散」という、わけのわからない解散をやって、52.66%という最低の数字を更新した2017年には、意味不明の「国難突破解散」をやった結果、53.68%という低投票率を追い風に、自民党が圧勝した。そして202110月、岸田文雄内閣は実質的な「任期満了解散」を、総理大臣指名から10日という最短で行い、解散から投票日まで17というこれまた最短のレコードを作った。だが、実際の状況は、岸田の意図と狙いに反するものになろうとしている。それは同時に、9年近くにおよぶ「アベランド」の終わりの予兆となるかもしれない。

 いずれにしても、4回前の総選挙(2009)と同様とまではいわないが、少なくとも60%台半ばの投票率になれば、大きな変化が確実に起きる。とりわけ今回初めて投票する18歳は、自分の一票の手応えを感じることだろう。若い世代が選挙に参加することが、この国の民主主義の未来を決定する。今回の総選挙では、小選挙区では「選択しない選択」、比例区では「過去も含めて政策を徹底比較した上での熟慮の選択」をすることが重要である。


初の最高裁裁判官国民審査の公報

1031日に初めて投票する18歳の若者たちに伝えておきたいことがある。投票所に行くと、総選挙の投票(小選挙区と比例区)をやったあとに、もう1枚、緑色の用紙を渡される。これが、最高裁判所裁判官国民審査である。
 この2枚の写真は、1949123日の第24回総選挙と同時に執行された最高裁裁判官国民審査の審査公報である。憲法施行後まもない、初めての国民審査だった。「最高裁判所裁判官が国民の権利を忠実に守る立派な人であるかどうか我々の手で判断しませう。」というフレーズが初々しい。紙は、72年以上の時の経過のなかで黄色く変色している。制度が発足して最初の国民審査であったため、三淵忠彦長官をはじめ14人の裁判官の名前が並んでいる(庄野理一裁判官は国民審査の半年前に退官)。その後の国民審査では、新たに任命された裁判官の名前が並ぶので、全員の名前が並ぶのは最初で最後である。これはレアものの審査公報なのである。字が細かくて申し訳ないが、写真を拡大してみていただくと、それぞれの裁判官の経歴や関係した裁判例がわかるだろう。九大教授で日本国憲法制定にもかかわった河村又介裁判官や、「硬骨のリベラリスト」として数々の反対意見を書いた真野毅裁判官の名前も見える。

  澤田竹治郎裁判官は、「この年(昭和20年)四月三〇日に私は反軍反戦のゆえをもつて東京憲兵隊に召喚せられ陸軍刑法等違反事件で五月一日巣鴨拘置所に強制収容されました。…終戦の結果免訴の判決となつたものであります。なお、巣鴨拘置所からは五月二十三日に保釈で出獄しました。」と、国民審査公報の11行も使って、異例の弁明を行っている(写真拡大)。なお、澤田裁判官の「罷免可率」は4.00(三淵長官は5.55)で、この数字は国民審査の歴史で最も低いという。審査公報における異例の反軍主張が、戦争が終わってまだ3年半という時点での有権者に、「×」をつけるのを控えさせたのかもしれない。


国民審査では○をつけない─「解職」の制度

さて、1031日は25回目の国民審査となる。最高裁の裁判官を任命するのは内閣である(憲法791項)。「その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。」(2項)。「前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。」(同3項)。31日に11人の裁判官の名前が書かれた用紙が選管職員から手渡されるが、つい信任投票と勘違いして〇を付ける人がいるので注意されたい。〇は無効票となる。よくわからないで何も書かずにそのまま投票箱に入れた1票と、11人全員を信任するということで何も書かないで投じた1票が同じ扱いをされるわけである。かつて、この国民審査のやり方が、裁判官の良否を知らぬ国民に投票を強制し、国民の思想・良心の自由を侵害するから違憲無効として、1人の弁護士が訴訟を起こし、最高裁で合憲判決が確定した(最高裁1952220日大法廷)。

判決にこうある。「罷免する方がいいか悪いかわからない者は、積極的に「罷免を可とする」という意思を持たないこと勿論だから、かかる者の投票に対し「罷免を可とするものではない」との効果を発生せしめることは、何等意思に反する効果を発生せしめるものではない、解職制度の精神からいえば寧ろ意思に合する効果を生ぜしめるものといつて差支ないのである。それ故論旨のいう様に思想の自由や良心の自由を制限するものでないこと勿論である。」と。

  国民審査はリコールに近い制度だから、積極的に罷免を可とする人数だけをカウントすればよく、制度の趣旨がよくわからず、何も書かないで投票した人の事情について考慮する必要はないということになってしまう。
 学説のなかには、単なる「解職」ではなく複合的な性格を有するとして、第1回目の審査は内閣の任命に対する事後審査としての性格をもち、2回目以降の審査を解職とする説(杉原泰雄)や、不適格者の罷免と同時に、適任と認められる者については、民意の背景の下にその地位を強化する意味をもつとする説(清宮四郎)もある(木下智史・只野雅人編『新・コンメンタール憲法[第2版]』(日本評論社、2019年)647-648頁の整理(大河内美紀執筆))。だが、通説と実務は「解職」説であり、72年以上にわたりそのように運用されてきた。ならば、有権者としては、審査対象の裁判官についてもっと関心をもって向き合い、この制度の「空洞化」を放置しないことが肝要だろう。そのためには、まず、18歳の若者たちに、総選挙の投票と同時に、この国民審査にも関心をもってほしいと思う。

 
「罷免可」が最も多かった裁判官は

かつて罷免すべしとして盛り上がった審査があった。1972年の国民審査で、この時は下田武三裁判官に15.17%の罷免可の票が集まった。これが制度発足以来、最大の罷免可率である。下田裁判官は外交官出身で、当時の佐藤栄作首相との関係や過度に保守的な姿勢が批判された。19734月に最高裁が尊属殺重罰規定(刑法200条)の違憲判断をしたときも、違憲14(立法目的違憲は田中二郎裁判官ら6人のみ)に対して、ただ1人、合憲の判断をしている。

過去に組織的な罷免要求運動が起きたことが何度かあり、それを分析したのが西川伸一「最高裁裁判官国民審査の実証分析─組織的罷免要求運動を中心に である。近年はほとんどこのような運動は起きておらず、国民審査についての関心は低空飛行だった。
  2017年の国民審査の時は、木澤克之裁判官が注目された(上の審査公報の写真参照)。弁護士会の推薦名簿に入っていたとはいえ、通常、弁護士で最高裁判事に任命されるのは、東京の3弁護士会か大阪弁護士会の会長経験者が多かった。弁護士会の主要な役職を何もやらずに最高裁判事になった木澤の唯一目立った肩書は、加計学園監事である。2017年の審査公報には、なぜかこの肩書が落ちている。安倍晋三の「腹心の友」が理事長をやっている加計学園事件については、現地取材に基づいて書いた直言「「ゆがめられた行政」の現場へ─獣医学部新設の「魔法」および「なぜ、加計学園獣医学部にこだわるか─忘れてはならないことを参照されたい。木澤と加計学園理事長の加計孝太郎は立教大学の同窓生で、安倍晋三はその私的な関係から最高裁判事にねじこんだ可能性がある。木澤が弁護士枠で最高裁判事に任命されるような事情は他に見当たらない。安倍政権特有の、法制局長官、日銀総裁から検事総長(未遂)までの「お友だち政治」「権力の私物化」のあらわれといえるのではないか。
  もっとも、木澤の罷免を可とする投票数は439万5199で、投票総数5477万2817の8.0%だった。これは他の裁判官とほとんど変わらない。かつてなら、市民団体などが特定の裁判官に「×」をつける運動をやって、少しは多かったことがあったが、安倍のお友だちというだけでは運動にならなかったようである。


在外邦人は国民審査に参加できない

海外に住む約130万の日本人のうち、約10万人が在外選挙人名簿に登録している。在外邦人の選挙権は、1998年の公職選挙法改正で衆参両院の比例区についてのみ認められたが、最高裁が2005年、選挙区の投票ができないことについて違憲判決を出して、すべての国政選挙で在外投票が可能となった。しかし、最高裁裁判官の国民審査はいまだに実施できないでいる。
  最高裁裁判官の国民審査に参加できないのは、公務員の選定・罷免権を定める憲法151項に違反するという違憲判決が続いている(東京地裁(2019528)、東京高裁(2020625))。今年の6月23日、最高裁はこの事件を大法廷に回付した。近々、最高裁で憲法判断がなされるだろう。

国民審査で具体的にどうするか

  そうしたなかで実際の国民審査が10月31日に行われる。では、有権者はどのようにこれと向き合ったらよいか。総選挙における投票行動とは異なり、過去に関わった判決や違憲・合憲の判断などに注目して判断することになる。その際、参考になるのが、民法750条をめぐる今年623日の大法廷判決だろう。夫婦同氏制についての判断で、直言「夫婦同氏制と婚姻の自由―最高裁判例における反対意見の意味を出して、特に反対意見に注目した。この時は合憲11人、違憲4人に分かれたが、国民審査で「×」にするかどうかの判断材料にしていただきたい。

 総務省のサイにも国民審査についての情報が出ているし、NHK“憲法の番人”ふさわしいのはも参考になるだろう。より直接的には、法律家団体の「国民審査リーフレット」が検討材料として有益だろう。「×」にすべき裁判官が明示されている。また、「一人一票実現国民会議」では、「切り抜き国民審査」が提案されている。「×」にすべき裁判官が、夫婦別姓に対する態度だけでなく、議員定数の不均衡訴訟での判断も根拠にしてノミネートされている。投票記載台の上で、このサイトにある切り抜きを手にして国民審査をするという実践的な提言である。QRコードも出ているので、若い世代はこれを参考にして投票することもできるだろう。

追記:投票する人が丸見えの日本の投票所

なお、投票の秘密が、投票記載台の滞在時間や手や体の動きでわかってしまうこの国の「投票の秘密」の怪しげな状況については、直言「「投票の秘密」は守られているか」を参照されたい。 国民審査の場合、一人ひとりすべてに×をつけていく人、考えながら何人かに×をつける人、投票の意味がよくわからず、何もしないで記載台を離れる人…。背後に控える職員からも、隣で投票する人からも、投票者の動きが見えてしまう。 アフガニスタンの粗末な投票所の方が、投票する手元の動きなどが他人から見えないように配慮されている。世界中の投票所の常識ともいえる、記載スペースの「プライバシー」(カーテンで仕切るなど)が守られていない日本の投票所の不可思議も、18歳で初めて投票する若者たちは体感してきてほしい。なお、 コロナ禍で「密」を避ける目的のため、今回は間隔があけられている。

《文中敬称略》 

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