「不死身のトランプ」の帰還?――AR-15と全米ライフル協会
2024年7月29日


バイデンからハリスへ――「トランプの帰還」を阻止できるか

ンシルベニア州バトラーで演説中のトランプ前大統領が狙撃され、右耳を負傷した。現地時間7月13日午後6時15分のことである。「トランプの忠実な相棒」(ワシントンポスト紙)だった安倍晋三の暗殺事件から2年。そのわずか5日後に起きた事件だが、これは11月の大統領選挙だけでなく、今後の世界の動向にも大きな影響を与え続けていくだろう。今回は、この8年間に入手した「トランプグッズ」と、トランプ関連の「直言」を回顧的に紹介することにしたい。

 先々週の直言「NATOグローバル化のパラドックス」では、「もしトラ」から「ほぼトラ」を経由して、「いまトラ」となる傾きと勢いを増している書きぶりになった。「ほぼトラ」を残念ながら予感させる瞬間が7月18日に開かれた共和党大会の最終日だった。トランプが大統領候補としての指名受諾演説を行ったのだが、これは事件後初めての演説として注目された。だが、それは徹底的に演出されていた(写真は、TBS『サンデーモーニング』7月21日より)。トランプは「神のご加護」を繰り返し、トランプを神格化するような映像が使われた。このまま大統領選に突入すれば、高齢で、かつ認知機能が落ちているバイデンでは、トランプに太刀打ちできないと思った。

 だが、21日で局面は劇的に変わった。バイデンの撤退表明とほぼ同時に、副大統領カマラ・ハリスが大統領候補に急浮上して、「ハリス新風 沸き立つ民主」(『朝日新聞』7月24日付1面トップ)、「「確トラ」から一転 期待高まるハリス旋風」(『日刊ゲンダイ』7月26日付)等々、風景は一変した。世論調査では、ハリスとトランプの支持率は拮抗し、ハリスがわずかながら優位に立つ調査もある(CNN7月25日)。本当にこの一週間で流れは変わった。短期間での急展開。民主党側の演出も見事といわざるを得ない。トランプがバイデン=「老いぼれ」の悪罵をぶつけて支持者の喝采を浴びていたのが、特大ブーメランとなって自らに返ってきた

 おりしもワシントンを訪問した、今や「国際的お尋ね者」となったネタニヤフ・イスラエル首相と会談したハリスは、ガザの人道状況への「深刻な懸念」を伝えるとともに、ハマスとの停戦合意を迫った。ガザでの「あまりにも多くの罪なき市民の死」について、「私は黙っていない」と述べたことは(『朝日新聞』7月26日)、若い世代やバイデンの中東政策に反発する民主党支持層を確実につかんだ(『朝日新聞』7月26日)。「トランプの帰還」の可能性は、バイデンが候補者のままであった時よりも明らかに小さくなったといえよう。しかし、まだ何が起こるかわからない。そこで、2016年以降のトランプグッズを紹介しながら、とりわけ「銃社会」の観点から「トランプなるもの」について考えてみよう。

 

「トランプグッズ」の数々

 最初に入手した「トランプグッズ」は、2016年大統領選の際のステッカーとバッジ、そして、トランプ偽札である。暗い気持ちで書いた直言「トランプ政権と新しい「壁」の時代」を参照のこと。ここで想起させられるのは、トランプの当選が決まるや、現職のオバマ大統領がまだホワイトハウスにいるにもかかわらず、2016年11月17日、ニューヨークのトランプタワー58階に、ゴルフのドライバー(50万円相当)を手土産に駆け付けた安倍晋三のことである。そのツーショットも、直言「ふたつの「駆け付け警護」―最高責任者の無責任」で紹介した。

 冒頭の写真は、2016年、2020年、2024年の大統領選挙のためのトランプキャップである(拡大写真はここから)。向かって左は2016年選挙の時のもので、“Make America great again”(「アメリカを再び偉大に」)とある。2000年は“Keep America great”(「アメリカを偉大に保て」)、2024年は“Save America again”(「 アメリカを再び救え」)である。2016年のキャップは、投票日前日から米国に滞在していた方から提供されたものである。合わせて、投票済みシールも。これを保存している米国人はほとんどいないと思われるので、超レアものである。なお、冒頭の写真にある「トランプソックス」は、今年5月に米国から帰国した人から提供されたものである。これを実際に靴下として履く人はいるのだろうか。

大統領に当選したトランプは、メキシコ国境の「壁」強化をぶちあげた。この時期、全世界的に「壁」が増えていく傾向にあったが、それについては、直言「「壁」思考の再来」で論じた。あれから8年が経過して社会の分断は進み、見えない「壁」が無数に生み出されている。2016年は欧州各国や中南米などで権威主義的な政党が力をもち、政権をとる国も出てきた(直言「非立憲のツーショット」)。そして、その傾向は、「もしトラ」がいわれる2024年、欧州を中心に無視できないうねりになっている。

2016年からの4年間の政権運用は驚くべきものだった(直言「「トランプゲート事件」と安倍政権」、あるいは、直言「トランプ・アベ非立憲政権の「国難」」参照)。トランプ政権発足後1年というタイミングで書いた直言「歴史的退歩のトランプ政権1年」では、入手したばかりの「トランプトイレットペーパー」も紹介した(写真参照)。

 

超レアな「朝米ハノイサミット」グッズ

2018年6月、東アジアに激震が走った。トランプと金正恩の米朝首脳会談が実現し、「米朝共同声明」lが出されるに至ったのである。一般にはあまり記憶にないだろうが、実は、トランプは2019年2月、ベトナム・ハノイで金正恩との首脳会談を実現したのである。ベトナム側は「朝米ハノイ・サミット」という看板や記念切手まで発行して大歓迎だったが、刑事訴追関係の情報がトランプにもたらされ、問題対応のため、会談中途で帰国してしまった。米朝首脳会談を記念して、ハノイ市内で売られていたTシャツもまた、超レアものとなった。なお、この首脳会談前に、トランプが金正恩へのメッセージとして、「ハンバーガーを食べながら話そう」がある。マックを食べるご機嫌の金正恩のスマホカバー(iPhone用とAndroid用の2種類ある)を入手したのはその頃である(上記写真を参照)。

 直言「安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債(その2)」 では、トランプと安倍晋三のゴルフ場での写真をトップで使った。直後にアップした直言「「日米同盟」という勘違い―超高額兵器「爆買い」の「売国」」では、国会売店で売り出されたばかりの「日米関係はかわりませんべい(瓦せんべい)maybe!!」を使った。先週の「直言」で、5年ぶりに再利用した。トランプとプーチンのマトリョーシカも入手した。

 

「トランプの帰還」で「帝政的大統領制」へ?

「トランプの帰還」は「独裁」を生むと深刻に危惧されている。直言「トランプがワシントンを「天安門」に?」で書いたように、2020年5月、白人警察官による黒人男性に対する拘束死事件で、全米140都市で抗議運動が高まったとき、トランプは平和的なデモを強制的に排除し、さらに連邦軍の投入をちらつかせて威嚇した。そして、大統領選挙でバイデンに敗北してもそれを認めず、「ホワイトハウス立てこもり」のようなことを試み、あげくの果ては暴徒を煽動して連邦議会議事堂への乱入事件を引き起した(直言「「トランプ時代」の歴史的負債」)。この直言では、ドイツの週刊誌“Der Spiegel”の特集について、「選挙でトランプが勝っても負けても、「憎しみと政治的不和は何年もの間、この国を麻痺させるだろう。大統領が政治システムに、ほとんど修復できないほど甚大な損傷を与えてしまった」というリード文を置いて、さまざまな分析を行っている。特に、市民による銃器の購入が急増して、市民間に暴力的対立が生まれる可能性について危惧している。これからも残る「トランプ的なるもの」とは、憎しみと分断、差別と偏見の連鎖、端的にいえば人と人を隔てる「壁」だろう」と書いた。

 7月1日、合衆国最高裁は、大統領の不訴追特権が、「公的行為」に関しては大統領退任後にも及ぶという判断を行った。これで、前述の連邦議会暴徒乱入の煽動などの件について刑事責任を問われない可能性があることをほのめかした。この大統領免責に関する最高裁の「忌まわしい判決」は、「トランプの帰還」によって「帝政的大統領制」(imperial presidency)が実現すれば、「就任初日は独裁者となる」とすでに公言しているトランプがクーデタ未遂を再現するか、はるかに悪い結果を招く可能性があると危惧されている( Ivan Eland, The Imperial Presidency, with the Supreme Court’s Blessing, Has Gone Rogue, The National Interest, July 17, 2024)。

 もしハリスに敗北した場合、トランプがそのままでは引き下がらないことを予感させる。「11月5日」から「内戦」が始まるとはいわないが、「7月13日」を生きのびたトランプは支持者の熱狂を高めている(まさに信者か)。そこで重要なのが、トランプの有力な支持母体である全米ライフル協会(NRA)のことである。

 

愛好するライフルで撃たれるという皮肉

  自由(じゆう)と銃(じゅう)。米国は、憲法修正2条で銃の携帯を「人権」と考えている人が少なくない(直言「日本にも銃社会がくるのか?」)。自由を守るために銃をもつ。その銃でトランプは命を失うところだった。『ウォール・ストリート・ジャーナル日本版』7月20日付に、「トランプ氏暗殺未遂の銃「AR15」 米国分断の象徴」という評論が掲載されている。

コルト社のAR-15といえば、米軍のアサルトライフルとして採用されているM16、M4のことである。軽量で扱いやすく、多数の弾丸を素早く発射できるのが人気なのだそうである。ライセンス生産する他社を含め多数の系列銃が民間に流通しており、2000万丁を超えるともいわれ、これを使った乱射事件も随所で起きている。2017年ラスベガスの乱射事件での死者は、10分ほどの射撃で58人にもなっている。軍用アサルトライフルには短時間でこれほどの人を殺せるだけの性能がある。

 トランプもAR-15愛好を表明して支持獲得に余念がないが、自らもこれで狙われたわけで、これ以上の皮肉はないだろう。トランプが負傷しただけではない。このライフルにより、家族を守ろうとした消防士が死亡し、他に2人の市民が負傷しているのである。リンカーンを暗殺する時に使用したのは、デリンジャーという単発の小型拳銃だった。

   この写真は全米ライフル協会(NRA: National Rifle Association of America) の「終身会員」の置物(5.56ミリ薬莢とバッジ)と、その横は、「銃所有者はトランプを支持する。我々の権利を守れ」という、2016年大統領選挙の際のバッジである。400万人の会員を擁し、「全米最強のロビイスト」といわれる。彼らは合衆国憲法修正2条を強調する。「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない」。信教の自由や言論の自由と並ぶ、不可侵の人権のようにも読める。実際、そのように解する説もあり、連邦最高裁もこの説をとる(2008年7月)。
    なお、この判決は、コロンビア特別区の拳銃所持の全面禁止が問題となっていたのだが(District of Columbia v. Heller, 554 U.S. 570 (2008))、どの程度の規制なら合憲になるかは未回答のままであった。その後下級裁判所は、いわゆる中間審査基準を使う傾向にあったといわれるが、2022年に、連邦最高裁はニューヨーク州ライフル協会対ブルエン判決(New York State Rifle & Pistol Association, Inc. v. Bruen, 597 U.S. 1 (2022))で、「歴史的な火器規制の伝統に合致」するか否かという基準を用いるとした。通常の目的―手段審査であれば、厳格な審査基準が用いられたとしても、政府が規制の必要性が論証できる限り、裁判所が合憲判決を出す余地がある。しかし、「歴史的な火器規制の伝統に合致」という基準は、銃性能の向上によって現代で新たに必要になった規制は認めないということを意味するものであり、銃規制を著しく困難にするおそれがある。

  米国では、銃による犯罪はあとをたたず、大量殺傷事件も繰り返されている。連邦最高裁の判例法理は銃規制に否定的になる傾向にある。トランプ任命の裁判官が加入したことでその傾向には拍車がかかっている。とはいえ、繰り返される大量殺傷事件を契機に、州・連邦レベルでの銃規制の試みもさまざま行われてきた。ただ、州レベルに規制を委ねるままでは、銃規制の緩やかな州で銃を購入して犯罪に用いることができるので、連邦レベルでの一定水準の規制が設定されることが必要となる。連邦法としては1993年のブレイディ法(銃販売における審査機関の設置、登録制度)、1994年、半自動小銃の販売を禁止する「アサルト・ウェポン規制法(AWB)」があるが、後者は10年間の時限立法だったため失効した。2022年6月、30年ぶりに銃規制の連邦法が成立した。21歳未満の銃購入希望者に対する身元確認を強化するほか、精神医療や学校警備の強化策、さらには、裁判官が危険とみなした人物から銃を押収する緊急措置を導入している州を支援することや、結婚していないパートナーへの虐待による有罪歴のある人への銃販売を禁止することなども含まれている。ただ、AR-15のようなアサルトライフルの禁止にまで至っていない。 

   実は、AR15を含めて民間用のライフルには原則としてフルオート射撃の機能は登載されない(フルオート火器は1934年連邦火器法の「機関銃」にあたるとされ、所持規制が敷かれている)のだが、バンプストックと呼ばれる簡易的な改造をして、擬似的にフルオート射撃をすることができる。これが銃乱射被害に拍車をかけているという面もある。2017年の事件もバンプストックで改造した銃が使われた。事件後、アルコール・タバコ・火器・爆発物取締局は、バンプストックを同法のいう「機関銃」であるとみなして、所持規制を導入した。ところが、つい最近連邦最高裁は、バンプストックの動作機構が厳密に言えば「機関銃」と同一ではないことを理由に、バンプストックは「機関銃」にあたらないとし、規制は違法であると判断した(Garland v. Cargill, 602 U.S. 406 (2024))。連邦議会が同法を改正しない限り、バンプストックの規制はできないことになる。

   11月5日の大統領選挙の結果しだいでは、米国に新たな分断と対立が激化し、AR-15で撃たれた「不死身のトランプ」を押し立てて、「ワシントン進軍」が始まるのか。もしアメリカで内戦が起きたら。アレックス・ガーランドの新作映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の日本公開は、米大統領選挙の1カ月前の10月4日である(日本版予告編)。

  【文中敬称略】

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