「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
      (2000年6月4日午前5時35分(実際のスタートは32分でした))

 この3月末まで1年間ドイツのボンに滞在していたため、このコーナーをお休みしておりました。帰国後、暇を見つけては日本の新聞各紙の1年分の山と取り組んでいますが、それにしても、たった1年でも「日本は何だか変だ、どこかがおかしい」と思わざるを得ないような出来事のオンパレードです。この一週間の新聞だけを見ても、その思いは強まるばかりです。

1.神奈川県警覚醒剤隠蔽事件判決について

 とくに驚いたのは警察の不祥事の連続です。ドイツでも、インターネットで日本についての情報を得ることができます。朝日新聞のホームページは海外生活をする者には大変重宝しました。警察不祥事の特集コーナーもあり、そこに1年分の事件リストが並んでいました。プリントアウトすると3頁にもなり、知り合いのドイツ人に見せると、「これだけのスキャンダルがあるのに、なぜ日本の内務大臣は辞めないのか」と不思議がられました。日本では内務大臣ではなく、国家公安委員長がそれにあたるでしょう。
 さて、警察スキャンダルのトップは何といっても、神奈川県警が警部補の覚醒剤使用を組織的にもみ消した事件でしょう。その判決公判が5 月29日、横浜地裁でありました。新聞各紙は29日付夕刊の一面トップから第一、第二社会面トップを使って大きくこれを報道。結果は、県警本部長ら5人の幹部に、執行猶予付きの有罪判決が言い渡されました。各紙とも注目したのは、判決文の異例に厳しいトーンです。特に、「職責の本旨を忘れ…悪質この上なく、酌量の余地がない。…法治国の基盤を危うくするものであり、被告らの罪責は重大で、万死に値する」という「万死」という言葉に注目が集まりました。『毎日新聞』と『東京新聞』30日付社説は、「万死に値する」という激しい言葉を投げかけたのに、なぜ執行猶予を付けたのか。国民には納得がいかず、司法への信頼が揺らぐと批判しています。『朝日新聞』31日付「天声人語」も「首をかしげたくなる」と書いています。ただ、従来、この種の事件の判例の流れからすれば、社会的制裁が重視され、裁判所が執行猶予を付けることはあり得ることです。「万死に値する」という異例の表現を使ったのは、判例の相場からすれば執行猶予が付くが、それでは国民が納得しないだろうということで、過激な表現でバランスをとったのだと思います。ただ、「万死」という表現は裁判の判決では必ずしも適切ではなく、違和感が残ったことも確かです。そんな言葉を使わなくとも、本部長だけでも実刑判決にすれば、判決の厳しい戒めがより効果的だったというコメントもありました。
いずれにせよ、問題は警察という巨大組織の根幹が病んでおり、組織・体質の徹底した改善が求められていることです。昨年成立した通信傍受法により警察は、組織的犯罪について通信傍受(盗聴)の権限を獲得しましたが、『朝日新聞』28日付第二社会面「連立3法」を問うという連載記事は、「警察不祥事が先に出ていたら、法案はつぶれていただろう」という法務省幹部の言葉を伝えています。この記事はなかなか示唆的でした。神奈川県警事件のような、いわば警察による組織的犯罪を根絶するには、警察の内部的な自浄努力に期待するだけでは不十分でしょう。警察のラインから独立した、より権限の強い監察機関の設置、さらには議会任命の警察オンブズマンのような組織の本格的検討が求められているように思います。なお、今週は、6月1日に栃木リンチ殺人事件の判決も出て、宇都宮地裁は、栃木県警の不手際を厳しく批判しました。

2.「戦争決別宣言決議」の不思議

 さて、2 日、衆議院が解散されました。それに合わせてドイツの新聞各紙も2日付、3日付で一斉に日本の首相が急速に国民の支持を失っていることを伝えました。保守系のDie Welt紙2日付の書き出しは、「スポーツマン森喜朗は挑発しようとして、今、敗北に脅かされている」です。挑発とは「神の国」発言のこと。森首相でなく、「スポーツマン森喜朗」という形で、こうも軽く紹介されたのは珍しいことです。同じドイツのFrankfurter Rundschau 紙の2日付特電は、小渕前首相が倒れてから森首相誕生までの不透明さの問題も紹介し、小渕氏の誕生日に総選挙の投票日をあわせて、「モラルのボーナス」を森氏は得ようとしていると書いています。
 ところで、2日、衆議院議長が解散詔書を朗読した直後、恒例の「バンザイ」が行なわれるまで約7 秒の沈黙がありました。『読売新聞』3 日付によると、この異例の長い沈黙は日本の国会史上初めてとのこと。「自民党は元気ないし、民主党も初めての人が多く、どうしていいか分からなかった」という議員の声をひろいながら、間の悪い沈黙と不ぞろいの「バンザイ」を皮肉って、「間の悪い解散」という見出しを付けています。私はバンザイには違和感がありますが、それにしてもこの「間の悪さ」はいまの国会の状況を象徴しているようにも思います。
 「日本、何だか変だ」のもう一つの例は、30日の本会議で行なわれた「戦争決別宣言決議」です。これは、手続も内容も変です。まず手続き。国会決議は全会一致が原則であるのにもかかわらず、連立与党3党だけ。野党は「唐突である」と反対。『毎日新聞』6 月 1 日付コラム「余録」は、自民党がこの決議を衆議院事務局に提出したのは、本会議のわずか1 時間前で、その日にバタバタと与党3党だけで、あわただしく採択したと批判しています。『毎日新聞』31日付「ニュースの焦点」は、全会一致の原則を崩した異例の事態の背景を探っています。
 そもそもこの決議は、4 月10日に野中幹事長の代表質問で「わが国が不戦の誓いをすべきだ」と述べたことに始まります。『毎日』は、九州・沖縄サミット向けポーズであると同時に、「神の国」発言で低下した与党のイメージ回復策と見ています。私は、内容も問題だと思います。「不戦の誓い」という野中氏の言葉は、その後、党内右派の圧力で「戦争終結宣言」から「戦争決別宣言」というわけのわからないタイトルになりました。しかし、「不戦」をいうならば、何よりもこの国の姿勢は憲法9条で明確になっています。憲法9 条の改正を主張する人々が、この時期に、このタイミングで、なぜ「戦争決別」をいうのか。決議の内容を見ると、過去の戦争への反省も曖昧です。「わが国は…九州・沖縄サミットを契機に、日本はじめ各国が国家間の対立や紛争を平和的な手段によって解決し、戦争を絶対に引き起こさないよう誓い合うことについて、世界に向けて強く訴える」。まさにサミット向けのイメージ回復策と『毎日』が書いた通りですが、より重大なことは、周辺事態法がすでに現行法律になっており、サミットでアメリカが、日本のアジア地域での軍事的分担をより強く要求してきたとき、「戦争決別宣言」をしてあるからというイクスキューズ(弁解)として使われないかということです。志の低い決議が連立与党だけで行なわれるいまの国会の現状は、何といっても変です。

3.世紀末の総選挙へ

 さて、いよいよ総選挙。新聞に出た特徴的なことを三つだけ最後に触れておきます。  
  『北海道新聞』3 日付は、有珠山で虻田町選挙管理委員会が、臨時不在者投票所を室蘭市や伊達市に設けたことを伝えています。他の自治体に不在者投票所を設けるのは全国でも初めてとのこと。総選挙で議員が美しい公約を並べるなか、忘れられてはならない人々がここにもいます。
 次に、『信濃毎日新聞』3 日付は、今度の選挙で初めて行なわれる在外投票制度の県内の有権者登録が増えていることを伝えています。海外在住の59万人の有権者が、今回から投票できます。私もドイツにもう少し滞在すれば、これを行使できました。その登録は、本籍地または最終住所地の選挙管理委員会にすることになっており、長野県の例から、海外有権者の関心が高まってきていると『信濃毎日』は書いています。海外在住の人々は、どういう判断を下すでしょうか。
 最後に、韓国の落選運動にヒントを得て、インターネットにたくさんの落選運動のホームページが生まれています。『朝日新聞』1 日付と『毎日新聞』1 日付夕刊が詳しく書いていますが、若い世代を含めて、今度の選挙は全く結果が読めないと言われています。『毎日』は「どう動く、電能票田」という見出しを掲げ、2000万人といわれるネット人口の動きに注目しています。今度の総選挙は、21世紀日本の「かたち」を決める重要な選挙になると思います。市民一人ひとりが主人公になれる瞬間です。

今日はこのへんで。