「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
      (2004年9月11日午後4時収録、9月12日午前5時32分放送)

   1. 沖縄と台風

  昔から「地震、雷、火事、おやじ(山嵐〔やまじ〕、台風のこと)」と言われます。9月になってから、まさに「地震、噴火、テロ、台風」とばかり、二回の紀伊半島沖地震(5日)、浅間山噴火(1日)、ロシア・北オセチア共和国(4日)やインドネシア・ジャカルタ(9日)における悲惨な事件など、自然の猛威と暴力の連鎖が続きました。そうしたなか、昨日、あの「9.11」から3周年を迎えました。実は「新聞を読んで」の担当週は、ゼミの学生たちと合宿するため沖縄に滞在しました。今回は、沖縄での「新聞を読んで」を語りたいと思います。
  台風18号の影響で飛行機が欠航し、沖縄には24時間遅れで着きました。地元の『琉球新報』と『沖縄タイムス』を毎日チェックしながら、2年前の同じ時期も沖縄に滞在し、「時速6キロで進む台風16号の暴風雨圏内30時間、最大風速57.4 m」を実体験したことを思い出しました。その時は沖縄だけが大きな被害を受けたのですが、帰宅後『朝日新聞』東京本社版を見ると、第2社会面下14行のベタ記事扱いだったのに驚いたものです(2002年9月5日付)。
  私が沖縄に着いたとき天気は回復しましたが、台風は九州に上陸。その後中国地方から東北、北海道に大きな被害を与えました。帰宅後、『東京新聞』8日付一面のカラー写真で宮島・厳島神社の甚大な被害を見てショックを受けました。もちろん『中国新聞』8 、9日連日の一面トップカラー写真付きです。また、『北海道新聞』9日付は一面トップカラー写真付きで、観光名所の一つ、北大ポプラ並木が倒れてなくなっている様子を伝えました。この二つは今回の台風被害の大きさを象徴していると思います。ただ、これは帰宅してから知ったことで、沖縄の各紙を読んでいるときはイメージできませんでした。全国紙も、東京、大阪、西部、中部の各本社で記事の扱いや重点が異なります。台風報道は特にそうです。ですから、インターネットを使って、ブロック紙や地方紙のサイトをチェックして、自分が住んでいるところと、問題の扱われ方にどのような違いや温度差があるかを知ることも有益だと思います。特に今回は、沖縄にいて、米軍輸送ヘリ墜落事件の扱われ方の違いを改めて感じました。

 

   2. 米軍ヘリ沖縄国際大墜落事件

  8月13日、宜野湾市の沖縄国際大学に米軍普天間基地の輸送ヘリコプターが墜落・炎上しました。9月8日に学生たちと現地に行き、法学部長をはじめ対応にあたった職員たちから詳しい説明を受けました。各紙の東京本社版を読むだけでは見えてこない、凄まじい被害の実態と、事柄の重大性が見えてきました。事件から何週間もたつのに、私が滞在中、地元2紙は連日この問題を大きく取り上げました。全国紙では、『朝日新聞』7日付の「日米地位協定、遠い改定」という特集記事が、ヘリ墜落事件をきっかけに、米軍地位協定の改定の動きが再燃するとして、すでに3回の改定を経て国内法の適用を拡大しているドイツの例を紹介しながら、運用の改善で対応しようとする日本政府の態度を問題にしています。同じ7日付『朝日』の第3社会面は、「検証・沖縄米軍ヘリ墜落」として、西部本社の3記者の署名記事を載せています。全国紙の東京本社版ではこの記事が一番詳しく、時宜を得たものでしたが、地元沖縄の新聞を見ると、一面から社会面、特集面、オピニオン面を含めて、記事の量、そして扱い方の熱さは段違いです。
  『琉球新報』5日付特集面は、見開き2頁で、「命を危険にさらす普天間基地」というカラー写真満載の特集記事を掲載。『沖縄タイムス』5日付も4頁ぶち抜きの大特集を組んでいます。いずれもカラー写真や地図をふんだんに使い、怒りと気迫が伝わってくる特集です。過去、普天間基地関係でヘリ墜落事件が17件もあること(タイムス)、昨年11月に上空から同基地を視察したラムズフェルド米国防長官も「こんな所で事故が起きない方が不思議だ」と漏らしたことを伝えています(新報)。
  私自身、実際に墜落現場に立ってみて、問題の重大さを実感しました。事件当日、米兵が100名、基地と大学の間にあるフェンスを乗り越えてキャンパス内に入ってきて、現場に阻止線をはり、県警や学長の立ち入りまでも禁止しました。県警は裁判所の検証令状をとったにもかかわらず立ち入りを拒まれたのです。私は同じ大学人として、沖縄国際大学の人々と怒りを共有します。この大学は本土復帰の1972年に開設。その時に記念植樹した大切な樹木が許可なしに伐採され、土壌とともにトラック3台で持ち去られたのです。事故機のローターの付け根部分に機体の安定をはかる部品があって、それに放射性物質が使われていたことは米軍も認めています。部品1個が回収できなかったことから、放射能汚染の可能性もあります。大学は持ち去られた土壌の返還を要求し、また残された土壌を独自に科学的に調査することも始めました。
  この事件をめぐっては、6日の衆議院沖縄・北方特別委員会で審議されましたが、それを詳しく報じたのは沖縄の地元紙でした。特に『琉球新報』は一面トップで委員会審議の様子を写真入りで伝えました。川口外相が「米軍機にはいろんな軍事機密があり、(現場検証には)米側の同意が必要」と答弁し、野党側と地位協定の解釈をめぐって対立したことなどを伝えています。沖縄で外相の答弁を読むと、県警の現場検証を拒み、学長の学内立ち入りを阻止する米兵たちの姿と重なって、大きな違和感がありました。
  なお、このスタジオに来る直前に入手した『沖縄タイムス』11日付は、1面トップのスクープ記事です。1982年に作られた「米軍および自衛隊の航空機事故にかかかる緊急措置要領」を同紙が入手。事故発生時の任務分担表では、現場保存、財産保護などは一義的に県警と海上保安本部を主務機関として位置づけています。地位協定や関係文書でも民間地での警備や現場保存の警察権は日本側にあり、米軍が現場を封鎖して、県警の現場検証も拒否をしたことは日米の合意に反すると書いています。今後論議を呼ぶのは確実です。
  『沖縄タイムス』8日付の文化欄連載「炎上する沖縄で考える」第8回(津覇実明)は、沖縄人が金網を越えて「米軍施設」に立ち入る行為は刑事特別法違反の犯罪になるが、米軍人が「米軍施設」から金網を乗り越えて大学構内に入りこみ「占拠」に近いことをすることは「侵入」でも「侵犯」でもない。この非対称性をどう考えるか、と書いています。同じ筆者は、小泉首相の母校で同様の事故が起こったら、首相はそのまま夏の休暇を続けていただろうか、とも書いています。
  『朝日新聞』の「首相動静」欄で調べると、首相は都内のホテルに合計244時間滞在し、「ゴロ寝」(「小泉内閣メールマガジン」152号)をしながらオリンピック観戦をしていたとされています。米軍が絡む複雑な事件では、総合調整の権限をもつ内閣総理大臣が率先してことにあたることが求められていました。しかし、8月16日に上京した稲嶺沖縄県知事の面会を首相は断りました。『朝日新聞』「首相動静」欄によれば、その日の首相日程は、午前中の歌舞伎鑑賞と、14時10分からホテル滞在です。その時刻、NHK総合ではちょうどホッケー女子予選「日本×アルゼンチン」戦が始まっていました。知事と短時間でも会って沖縄の現状について聞くことができなかったのか。地位協定の運用がまさに現在進行形で問われているときに、米側と調整を行う最高責任者として、きちんとした言葉を発すべき場面だったと思います。

 

   3. 普天間基地移設をめぐって

  では、事故の再発防止のために何が必要かと言えば、目の前の基地をなくしてほしいというのが沖縄の声でしょう。でも、問題は複雑です。住民、県知事、名護市長などで意見も対応も異なります。『毎日新聞』はヘリ墜落事件に関する9月6日付社説で、「普天間返還の新たな道探れ」と題して、単にSACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)の合意に従い県内に基地を移設するという道だけでなく、その後の状況の変化を踏まえ、米軍のなかでの再編などに期待をかけて、小泉首相が政治力を発揮すべきだと書いています。しかし、この墜落事故をきっかけに、「代替施設」建設の動きに弾みがついた面もあります。石破防衛庁長官は、『琉球新報』10日付のインタビュー記事で、「代替なき返還は一切考えない」として、あくまでも「代わりの場所」を米側に提供することを条件とするという態度です。那覇防衛施設局は、名護市辺野古沖の建設予定地のボーリング調査を9日に実施しました。地元2紙は一面トップで伝えましたが、全国紙東京本社版の扱い方は大きく異なりました。『朝日新聞』10日付が一番詳しく、1面肩と第2総合面「時時刻刻」で受け、写真入りです。『毎日新聞』10日付は第1社会面ハラで写真入りで伝えましたが、『読売新聞』東京本社版は記事にしませんでした。
  私は前日の8日、辺野古の現場に行きました。住民やこれに反対する人々が多数座り込みをしていて、緊張に包まれていました。上空からここを視察したラムズフェルド国防長官が「ビューティフル!」と思わず呟いたというコバルトブルーの美しい海を見ながら、さまざまな思いが交錯しました。
  『沖縄タイムス』8日付によると、400を超えるアメリカの環境団体が、この辺野古沖での新基地建設中止を求める連名の文書をブッシュ大統領と小泉首相に送ったことを一面トップで伝えています。基地移設計画の違法性を問う裁判をアメリカで起こしているNGO「生物多様性センター」のピーター・ガルビン氏は、基地移設は「多くの生物を絶命に追いやる計画」で「世界的にも重要な海洋生態系で、ジュゴンに残された最適の生息地」を守るように呼びかけています。辺野古沖の「ビューティフル」(国防長官の言葉)な海は、いまや世界から注目されているわけです。
  いま、「テロ組織への先制攻撃」(ロシア軍総参謀長)(『東京新聞』9月8日付)という形で、ブッシュ政権が始めた「先制攻撃」ブームは世界的な広がりを見せています。軍事介入や他国への先制攻撃に最も頻繁に使われる海兵隊の基地を新たに作ることが、どのようなメッセージを世界に発するか。「9.11」の3周年を契機に、世界やアジアの今後の変化を踏まえた議論が求められています。