1. 韓国紙から見た日本
早いもので2004年も残り3週間をきりました。年末恒例の「流行語大賞」には「チョー気持ちいい」が選ばれました。住友生命保険が募集した「創作四字熟語」の優秀作品も10日に発表(『東京新聞』12月10日付)。そこには台風上陸が史上最多だったことから「台風常陸」とともに、「様様様様」も入りました。韓国のドラマ「冬のソナタ」の俳優ペ・ヨンジュンさんの人気が熟年女性の間で凄いことになっていますが、4つの「様」で「ヨン様」というわけです。これは10日夜の韓国『東亜日報』電子版がいち早く伝えました。日本の韓国ブームは、韓国の新聞各紙も注目するようになっていますが、韓国『中央日報』10日夜の電子版は、10日午前の閣議と安全保障会議で承認された「新防衛大綱」について、「ニュース分析」で素早い論評を加えています。「新大綱」が「北朝鮮以外にも中国を公式的に脅威国と見なした点」に着目。「武器輸出三原則が崩れた点も注目される」として、「ミサイル共同開発と生産参加を要求してきた米日軍需企業の強力な希望が反映された」「米国が主導するMD〔ミサイル防衛〕構築を中期防衛力政策の根幹と規定することで、米国との軍事結束をいっそう強化した点」に、「米国との関係を強化し、国連安保理常任理事国入りを有利に進めるという意図が垣間見られる」と指摘しています。
今月17日に韓国の盧武鉉大統領が来日。小泉首相と日韓首脳会談を行う予定ですが、韓国『中央日報』3日付は、「日本は新防衛大綱を盧大統領の訪日前に閣議で通過させようとしている。昨年6月に盧大統領が訪日中に有事3法を国会で通過させ、韓国の反発を買った」と書いています。同じく『中央日報』は、両首脳の会談場所が鹿児島県になっていることについて、1870年代の「征韓論」の主唱者・西郷隆盛の故郷だから場所を変更すべきだという見方が韓国政界にあることを伝えています。
政治におけるTPOと言いますか、場所や時間(記念日)などは、政治の世界では実に象徴的な働きをします。いまの日中関係を端的に示す四文字熟語が「政冷経熱」〔政治が冷たく、経済は熱い〕だとされています。日韓関係も、「様様様様」ブームだけで上滑りすることなく、「過去」への眼差しを忘れないこと、特に政治家には、最低限、いらぬ誤解や不要な摩擦を生まない適切な言動と配慮が求められます。その点、ドイツの政治家がポーランドやアフリカの旧ドイツ植民地を訪問する時の日付や場所の選び方、そこで発する言葉は見事です。政治家の歴史認識、歴史への眼差しという点では、ドイツの政治家からもっと学ぶべきでしょう。
2. 「12月8日」前後に決まったこと
個人に誕生日や結婚記念日など大切な「その日」があるように、国にも、また国と国との関係でも、忘れてはならない大事な「その日」があります。政治家は「その日」を巧みに利用します。12月8日(真珠湾攻撃の日。ハワイ時間で12月7日ですが)、ブッシュ大統領は、「かつての敵」がいまは最も信頼できる「同盟国」だと持ち上げました。まさに「その日」を意識した発言です。それに応えるかのように、小泉首相は、今月14日に期限がくる自衛隊イラク派遣について、当初10日と見られていた延長の決定日を、1日前倒しにしました。そして、10日に新しい「防衛計画の大綱」を発表したのです。
「16年12月8日」と言えば、年輩の方には「昭和16年12月8日」ですが、「平成16年12月8日」前後に決まった一連の政策は、この国の平和と安全保障の今後にとって、決定的な意味を持ってくるでしょう。かつての「米英軍ト戦闘状態ニ入レリ」が、今後、「米英軍ト共ニ戦闘状態ニ入レリ」になるおそれはないか。重大な問題です。
そのイラク派遣延長と「新防衛大綱」について、新聞各紙はその都度一面トップで報じましたが、その間の日、つまり9日付朝刊各紙一面トップは全社共通の見出しで、かつ怒りに満ちたトーンで、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの遺骨とされたものが、DNA鑑定の結果、別人のものであることが判明したという政府発表を伝えています。9日付社説も、『朝日新聞』の「遺骨の嘘・総書記はこの怒りを聞け」から『産経新聞』「もはや対話の選択はない」に至るまで、各紙横一線の怒りの文章が並びました。家族の心中を察すれば、北朝鮮指導部が行ったことに一片の正当性も認めることはできません。北朝鮮指導部の思想と行動の末期症状があらわれています。ただ、一つ気になることは、偶然と言うにしては、あまりに絶妙な鑑定結果発表のタイミングです。
この点に着目したのが、『東京新聞』10日付コラム「筆洗」です。9日のイラク派遣延長決定、10日の武器輸出3原則等の緩和(MD関連開発・生産の解禁)という「歴代内閣が戦後平和国家の国是としてきた原則が、小泉首相のもと国民への説明を後回しに、次々乗り越えられていく。これだけ重要な問題で国会審議を尽くさず、短期に設定した臨時国会の閉会を待ちかねたかのような決定」。そして、「気になるのは、北朝鮮による拉致事件で、被害者の曽我ひとみさん一家への仕打ちや、横田めぐみさんの“遺骨”捏造に日本中が憤激し、排外的気分が高まっているタイミングを狙ったかのように重要政策が変更されていくことだ。首相官邸得意の世論操作を疑いたくなる」とコラムは書いています。
3. 自衛隊イラク派遣延長について
さて、イラク派遣延長問題ですが、共同通信10日付調査では、61%の国民が延長反対という結果が出ています。各紙社説は延長の決定について、これを支持・評価する『読売』『産経』、さまざまな「不安」を軸に組み立てた「大きな不安残しつつ」という『朝日』社説、「引き際の演出が政府の仕事だ」という『毎日』社説というトーンです。『毎日』は14人の論説委員の個別意見を連載した結果として、主幹が執筆した今回の社説になっています。これらは、派遣延長にあたっての外在的な要素、特に日米関係を軸に立論しています。実際、延長にあたって、小泉首相が「日米同盟と国際協調」という形で、「日米同盟」を前に置いたことからも、賛否は別にして、延長の最大の狙いがブッシュ政権に対するアピールだったことは各紙共通に指摘しています。世界が批判の目を向ける米国のイラク政策について、日本がこれ以上過剰に寄り添うことは、米国を除く世界から孤立を招くおそれすらあります。少なくともアラブ世界の目は今後一層厳しくなるでしょう。
なお、『朝日新聞』9日付第1外報面トップで、派遣延長についてヨーロッパでは、国会での承認や議論を必要とする国が少なくないとして、ハンガリーが国会の3分の2の賛成を必要とすること、イタリアが半年ごとの審議が必要なことなどを紹介しています。日本のイラク特措法では、派遣延長は閣議決定だけで可能で、国会の事後承認も不要です。『朝日』の記事は、ヨーロッパ各国の仕組みや手続きを紹介することで、各国ともに、軍の海外派兵には国民代表による議論が必要という考え方が強いことを指摘しています。一面の派遣延長の決定(予測)を受け、他国と比較する視点を得るための適切な情報提供として評価できるでしょう。翻って、日本でそのような議論が欠けていることの致命的とも言える問題性が浮き彫りになってきます。
『四国新聞』9日付などに配信の共同通信の記事は、サマワのムサンナ州警察の本部長が、大野防衛庁長官や与党幹事長から会談の申し入れがなく、「治安情勢を知りたいなら、治安の実務責任者から話を聞くべきではないか」と批判したことを伝えています。延長の前提として、現地の治安情勢を見極めることが最大の目的だったのに。これでは視察の中身が問われる、と記事は書いています。このサマワ視察については、『東京新聞8日付「こちら特報部」が「自己正当化の“安全ショー”」「サマワ詣でセンセイたちの茶番」という、異例の厳しい言葉を使って批判しています。長官自らが「ゼロ泊3日の旅だった」と述べるなど、現地5時間滞在で「治安はかなり安定しているという心証を得た」という程度の報告に基づいて延長を決めた小泉首相の判断が問われます。
そもそも自衛隊イラク派遣の問題を考えるにあたっては、昨年3月20日、大量破壊兵器が存在しないのに、ブッシュ政権が世界の世論に抗して戦争を始めたという事実を忘れてはならないでしょう。ファルージャ攻撃で市民に多数の犠牲者が出ていることも。しかし、小泉首相だけでなく、主要紙の社説もまた、過度に米国を向きすぎた立論になっていないでしょうか。冒頭の韓国の新聞のトーンからも伺えるように、圧倒的な対米重視の日本の姿勢に対するアジアの眼差しを忘れてはなりません。サマワの宿営地に籠もる自衛隊の部隊については、不安や危惧を越えて、人の命の問題として現実化することが十分に予測されます。派遣延長を撤回すべきと言い切る社説は全国紙にはありませんでした。
10日の新防衛大綱については、『朝日』11日付社説「この選択でいいのか」という違和感を示すレベルのものから、『読売』社説の、「世界のなかの日米同盟」を押しだし、「安保環境の変化に立ち向かえ」と叱咤するところまで、さまざまです。時間の関係で詳しく触れられませんでしたが、長年に渡ってつくられてきたこの国の平和と安全保障の仕組みが、口当たりのいいキャッチフレーズを多用しながら、十分な議論もなしに急角度で変えられていくことに強い危機感を覚えます。
なお、5日に共同通信がスクープして『東京新聞』5日付などが一面トップで報じ、全国紙が6日付で後追い記事を出した、陸上幕僚監部の幹部自衛官による改憲案の作成の問題。これでは『朝日』7日付の「とんでもない勘違い」という社説が、憲法尊重擁護義務違反の明確な指摘がない点を除けば、論点を網羅していて評価できるでしょう。
4. パレスチナの微かな光
最後に、かすかな希望を一つ紹介しましょう。『毎日新聞』10日付第1外報面の囲み記事に、エルサレム発の特電で、8日に行われた中東パレスチナの民間調査機関の世論調査結果を伝えています。調査はアラファト議長の死去後に行われたもので、イスラエル人を狙った軍事行動はパレスチナの利益に反するとして、全体の51.8%、過半数が反対を表明しました。これは2000年9月の武力衝突発生以来、初めてのことです。6月の前回調査では65.4%が賛成、反対は28.9%でしたから、暴力の連鎖を絶つためにも、イスラエルの民衆を狙った攻撃はやめるべきだというバレスチナの人々が増えていること。これはイスラエルのなかにも政府の強硬策に批判的な人々が増えていることから、今後の中東の平和にとって、かすかな希望と言えるかもしれません。今日はこのへんで失礼します。