「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
       (2005年9月9日午後4時収録、 9月10日午前5時35分放送

   1.長崎での「新聞を読んで」

 今週はじめから、ゼミの学生たちと長崎で合宿を行い、昨日東京に戻ってきました。学生たちは、「平和」「経済再生」「強制労働」「諫早湾干拓問題」という4つの班に分かれて、車で各地を取材してまわりました。その間、大型で非常に強い台風14号の直撃を受け、五島列島に孤立して、2日間活動できなかった学生もいました。それでも、台風上陸前や台風一過にたくさんの取材を行い、全員無事に帰京しました。私は佐世保市と長崎市に滞在したので、今週読んだのは九州の地元紙が中心で、全国紙3紙も、いつもの東京本社版ではなく、福岡の西部本社発行の12版でした。そこで、今回は、長崎での「新聞を読んで」にしたいと思います。


2.ハリケーン「カトリーナ」と台風14号

 私は3年前、ゼミの沖縄合宿で、台風16号の暴風雨下30時間、最大瞬間風速57.4メートルを実体験しました。今回の台風14号も大変速度が遅く、雨をたくさん降らせたのが特徴でした。特に台風の南東側にあたる鹿児島県や宮崎県の豪雨被害がひどく、その後の中国地方の被害も大変なものでした。九州南部は24時間以上も暴風雨が続き、『西日本新聞』7日付によれば、「西の正倉院」をもつ宮崎県南郷村で1319ミリという記録的豪雨になりました。
 
先週、アメリカの巨大ハリケーン「カトリーナ」の惨状がメディアを通じて飛び込んできましたが、救助を求める多数の人々の姿に、「アフリカのリベリアやコンゴのような内戦の都市の光景」と書いたメディアもありました(Der Spiegel vom 5.9.05)。
 『毎日新聞』西部本社版7日付二面の記者コラム「発信箱」は、科学環境部の女性記者の「天災と人災」を掲載。「ハリケーン『カトリーナ』は、大統領の威信まではぎ取って行ったようだ。防災対策の不備に加え、初動が遅れて被害を広げた。天災の怖さを軽視した結果で、『人災』と批判されても仕方がない」と書き、戦前の災害において政府が報道統制を行った歴史を紹介しつつ、被害者の証言を含む記録の不足が、今後起こりうる災害への備えに影響していると指摘。災害に向きなあう知恵は「自然に学べ」であり、「人災を防ぐには謙虚であれ」と書いています。これは災害時における報道のあり方にも通ずる重要な視点です。
 
大災害になると、その社会のかたちがよく見えてきます。アメリカでは、ジャズとミシシッピ川観光の中心都市ニューオリンズが水没しましたが、『産経新聞』5日付のワシントン特電によると、堤防決壊で濁流にのまれた市街地の復興は困難だとして、早くも市街地移転も検討されているそうです。「危険なところに住むと被害に遭う。納税者がその対策費用を負担する必要はない」と、再建断念を求める主張も出ています。他方、「過去、大都市の移動で成功した例がない」として、人口50万のニューオリンズの移転を不可能とする意見も出ています。過去に大洪水にみまわれたノースダコタ州のグランドフォークスの市長は、「どんな被害に遭っても再建は可能だ」としています。
 
『長崎新聞』5日付コラム「水や空」は、ニューオリンズの悲劇を、「予想不可能な災害ではなかった。それでも避けることができなかった甚大な被害の背景に、米社会の病理が指摘されている。…弱肉強食の競争社会で富を集中させ、強大な軍事力で世界を支配する米国の負の部分が露呈した形だ」と書き、目を日本に転じて、「小泉台風はこのまま勢力を保っていくのだろうか。改革の先にはどのような社会が見えてくるのか」「防災の基本といわれる国になどの『公助』、地域の『共助』、個人の『自助』が生きている社会と信じたい」と書いています。台風14号の被害者に高齢者が多かったことからも、災害が起きると、社会的弱者が打撃を受けるという点では日米共通のようです。


   3.暴風雨下の総選挙

 今週も総選挙関連の記事が多数載りました。4日付の三大紙は、ほぼ一斉に選挙情勢の分析を出し、また『西日本新聞』5日付も共同通信調査と並べて情勢分析を出し、『長崎新聞』5日付も長崎放送(NBC) との合同世論調査の結果を伝えました。そのなかで、『長崎新聞』の調査によると、有権者の関心は「年金などの社会保障」が40%を占めてトップ。「郵政民営化」は12.3%で、4番目でした。小泉首相は今回の選挙を「郵政民営化の国民投票」と位置づけますが、一般の有権者の意識とはかなり距離があるようです。この国では国民投票(レフェレンダム)は、憲法改正という場面に予定されていますが、政権の選択にもつながる重要な総選挙で、特定の政策一本で「国民投票」的に選挙を展開するというのは、政策選択の幅を極端に狭め、単純化するもので、国民投票の悪用形態(プレビシット)につながるおそれもあります。
 
さて、総選挙期間中に台風の直撃を受けるのは、大変珍しいことです。総選挙の選挙運動期間は公選法成立当初は30日もあったのですが、どんどん短縮され、私が初めて投票した1976年の第34回総選挙では20日間でした。その後14日に短縮され、さらに94年から12日間に短縮されました。新人候補が名前を売り込むのには時間的に不十分で、知名度のある候補や現職有利との批判もあります。今回、その12日間の選挙運動期間中に台風が直撃したため、被災した地方の候補者は、数少ない運動期間のうちの貴重な2日間あまりを失ったわけです。『読売』西部本社版7日付は、鹿児島4区の候補者の選挙事務所が強風で破壊された記事を載せ、大半の候補者が選挙運動の中止や縮小を余儀なくされたと書いています。破壊された事務所のカラー写真では、候補者のポスターにモザイクがかけられていたのが印象的でした。『朝日』西部本社版7日付は、鹿児島県と宮崎県で5、6日の両日、「期日前投票」が中止されたこと、大分1区内、全727箇所のポスター掲示版が一時撤去されたことを伝えています。
 
また、『宮崎日日新聞』9日付は、台風で被災した宮崎県北方町(きたかたちょう)では、投票所入場券をなくした住民について、住所と生年月日を聞き、本人と確認できれば、手書きの入場券を渡して投票できるようにしたそうです。一方、台風15号の接近で、沖縄県では繰り延べ投票の可能性も出てきました。公職選挙法57条は、自然災害で投票ができないとき、新たに期日を決めて投票する仕組みを定めていますが、74年参院選の投票日に水害にみまわれた三重県伊勢市など二回の例があるだけで、繰り延べになると、最終的な議席確定が遅れることもあり得ます。沖縄県選管によれば、過去に台風の多い夏場に国政選挙や県知事などの大きな選挙はなく、異例に事態にとまどっていると『沖縄タイムス』8日付は書いています。なお、9日の段階で、台風の影響を受ける大神島で、二日繰り上げの投票が急遽実施されました(『沖縄タイムス』9日付)。
 
もともと衆議院の解散は、さまざまな事情を総合的に考慮して決断するわけですが、今回は、郵政民営化法案の参議院否決という事態から一気に衆院解散にもっていったわけで、解散の歴史だけでなく、総選挙の歴史でも異例ずくめのレコードになったようです


4.最高裁裁判官国民審査についての投書から

 さて、明日の総選挙投票日には、同時に、最高裁判所裁判官の国民審査も行われます。憲法79条2項で、内閣が任命した最高裁裁判官について、任命後最初の総選挙の際に国民の審査に付して、その任命が適切であるかをチェックする仕組みです。罷免を可とする人はその裁判官の名前の上に「×」をつけ、そう思わない人は何も書かないで投票します(最高裁裁判官国民審査法15条)。罷免を可とする票が可としない票を上回った裁判官は罷免されます(同法32条)。どう判断していいかわからず、何も書かないで投票したものも、罷免を可としないのと同じに扱われます。積極的に選ぶ投票ではなく、罷免すべきかどうかが問われる以上、積極的な「×」だけに着目するという考え方です。
 
『長崎新聞』8日付投書欄に、「最高裁判事の審査は必要か」という佐世保市の77歳男性の投書が載り、目をひきました。「一般国民は審査を受ける裁判官に会ったこともなく、その人の人格も分からないし、どのような裁判に携われたのかも全く分からない」「多くの国民は投票に戸惑い、…いい加減に投票している人が多いのではないか」「弁護士や検事、最高裁判事以外の判事、または各大学の教授などそれぞれの法に詳しい知識を持った方々に絞って投票してもらう方が一番効果が上がるのではないだろうか」と。
 
この投書には少々驚きました。いま手元に、長崎県選管が出した「最高裁裁判官国民審査公報」があります。全国的に同種のものが各家庭に配られていますが、そこには、6人の裁判官の略歴、最高裁で関与した主要な裁判などが書かれています。これをよく読んで投票所に向かう人がどれだけいるか。投票所で比例区の投票を行ったあと、国民審査の用紙を受け取って戸惑うお年寄りの姿を、かつて見たことがあります。ただ、だからといって、大学教授や弁護士などで選ぶようにするという意見には賛成しかねます。『朝日』7日付は、今回国民審査を受ける6人の裁判官に対して、7項目のアンケートを行い、その質問と回答を1頁全面を使って紹介しています。質問項目は裁判に臨む一般的姿勢などではなく、@議員定数配分規定の合憲性、A表現・報道の自由と名誉・プライバシーなどの人格権との調整をどうすべきか、B非嫡出子の法定相続分を嫡出子の半分とする民法の規定〔900条4号但書〕の合憲性、C政教分離原則をめぐる訴訟の審理では、どのような筋道で考えるかなど、具体的な訴訟の中身に踏み込んだ聞き方をしています。3人の裁判官は「一票の格差」「非嫡出子」「政教分離」の3点については意見を差し控えたいとして回答を拒否しています。
 
憲法施行後、国民審査を受けた最高裁裁判官はのべ142人。「×」印が多くて罷免された裁判官は一人もいません。そのため、この制度は形骸化したとする意見もありますが、『朝日』7日付のアンケート結果の解説では、「×」印がある程度になれば、市民の自由・権利を守る「最後の砦」の裁判官たちに、「市民の側に立った判断を」との意思を伝えることができると書いています。
 
明日は総選挙の投票日、そしてこの最高裁裁判官国民審査の日です。この国の今後の政治の方向と内容を決める大切な一票です。放送をお聞きの皆さんが、「選挙公報」と「最高裁裁判官国民審査公報」もよく読んで、ご自身の判断を決めていただきたいと思います。