「新聞を読んで」 〜NHKラジオ第一放送
       (2005年12月9日午後4時収録、 12月10日午前5時35分放送

   1.「12月8日」にイラク派遣再延長の閣議決定

 今年もあとわずかになりました。今週の新聞各紙では連日、耐震強度の偽装問題、広島と栃木での小学一年生殺害事件など、師走のこの国の寒々とした風景が続いています。悲しいことは、マンションや子どもの通学路といった最も日常的な場で、建設に関わる人々への信頼が大きく傷つき、子どもには「大人は信用するな」という形で、「不信の眼差し」の連鎖が社会を覆っていることです。今年の「流行語大賞」をいま決めれば、間違いなく耐震強度偽装問題に関連した言葉が選ばれたでしょう。ちなみに、2005年「流行語大賞」は「小泉劇場」でした。

 その小泉首相は、12月8日にイラク派遣の再延長を閣議決定しました。この日付は象徴的です。戦後60年の年、64年目の「12月8日」。マレー半島コタバルへの上陸作戦と真珠湾攻撃が始まった日です。NHKのラジオから、「帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」という大本営発表が流れた日です。小泉首相は、イラクへの自衛隊派遣に関連して、この2年間に3回、「12月8日」を意識させました。まず、2003年12月8日の翌日にイラク特措法に基づく「イラク派遣基本計画」を閣議決定しました。かつてと違い、今度は「米英軍“とともに”」です。昨年も12月8日の翌日にイラク派遣の延長を閣議決定しました。そして今週、12月8日の「その日」に、イラク派遣の再延長の閣議決定をしたわけです。各紙の東京本社版を見ると、一面トップで大きく報じたのは『毎日新聞』。『東京新聞』はトップながら、「首相『撤収、英豪みて判断』」と撤収に着目した見出しを付けました。『朝日新聞』は一面の扱いは一番小さかったのですが、社説は最も長文でした。『読売新聞』は早々と7日付社説で書き、9日付では特に社説を出しませんでした。その7日付社説では、イラクの「新憲法」に基づく国民議会選挙が15日に行われ、その後にイラク政府が発足するという政治プロセスを、再延長は側面から支えるものと評価。撤収も視野に入れつつ「戦略的な構想」のもとにイラク支援を継続すべきだと指摘します。9日付の『毎日』社説は、「自衛隊撤退という高度な政治判断」、「イラク復興支援の総合戦略が問われる」というように、『読売』社説と結論は同じトーンです。『産経新聞』9日付社説は、治安維持任務を避け続けることをやめて、武器使用も国際常識に合わせるべきだと首相に注文をつけています。つまり、イギリス軍と同様の任務を実施せよというわけでしょうか。

 これに対して、『朝日新聞』9日付社説は「派遣に反対した私たちの基本的な立場は変わらない」と書き、「外国部隊が居すわることへのイラクの人々の反感を過小評価するのは危険だ」としています。また、イラクの厳しい現実に目を閉ざすなと書き、「速やかに撤退の準備を」と訴えています。ただ、『朝日』社説も、「当初の目的は果たした」という形で、この2年間、自衛隊の「復興支援活動」という形をとりながら、実は米国によるイラク戦争と占領の一端を日本が担った事実について、根本的な評価を避けています。この問題ではやはり原点が大事ではないかと思います。

  いま、イラクでは、一般市民まで巻き込んだ自爆攻撃が毎日のように起こり、泥沼の内戦状態になっています。こうした事態がなぜ起きたのか。それは2003年3月20日、ブッシュ政権が、国際社会の多数の反対を押し切ってイラク戦争を始めたからではないでしょうか。米軍がイラク・ファルージャで実施した2回の「掃討作戦」では多数の市民に犠牲者が出て、国際社会に厳しい批判を浴びました。『朝日新聞』8日付夕刊によれば、ネオコンで知られるウォルフォヴィッツ前国防副長官さえも、今週7日に、「イラク侵攻は必要なかったかもしれない」という見方を示したそうです。小泉首相はブッシュ政権にどこまでも協力する姿勢を崩しません。『北海道新聞』9日付社説は、再延長が「いまや米国への忠誠を示す政治的意味しか持たない」と断言しています。

 現在のイラクの事態がイラク特措法2条の「非戦闘地域」の要件に合致するのかを含め十分な説明が必要ですが、国会閉会の時期に閣議決定は行われました。「国会閉会中の手法」を真先に批判したのは『中国新聞』9日付社説でした。それに、イラク特別措置法という臨時的法律の場合、その延長には特別の説明が必要です。だらだらと延長し続けるならば、特措法という臨時的法律の形式を濫用するものです。

 首相は8日の記者会見で派遣延長が「日本の利益につながる」と述べましたが、そこでの「日本の利益」が米国との関係にあまりにかたより、「12月8日」という特別な日に日本の対米一辺倒の姿勢を世界に示す結果になりました。その点で、『東京新聞』9日付コラム「筆洗」が、「64年前、日本が第二次大戦の泥沼に足を踏み入れた真珠湾攻撃の日に、憲法が禁じてきた海外派兵の延長を決め(た)」、「14日から始まる東アジアサミットでは、中国と韓国から首脳会談を拒否され、外相会談の雲行きまで危ぶまれる外交の手詰まり状況を首相はどう考えるのか」と指摘していたのが光りました。
 5月にはイギリスとオーストラリアが撤退する方向です。小泉首相も、陸自はこの時期に撤退を読み込んでいるようですが、航空自衛隊については、米国の要請を踏まえて、活動拠点を拡大しながら派遣期間ぎりぎりまで続ける方針です。しかし、この航空自衛隊の活動は問題です。『東京新聞』4日付連載「イラク派遣の真実」(半田滋記者)によれば、米中央軍の前線司令部のカタールまで活動領域を拡大して、米軍幹部をバクダッドまで運ぶ「足」の役割を果たすことになり、米軍の軍事作戦との「一体化」がより進むという面も見過ごせません。単純に「撤退」方向というわけではなく、各紙社説には、イラクの状況と自衛隊の活動の中身に対する十分な取材の上に立った評価が求められます


2.CIA秘密収容所疑惑と欧州

 さて、各紙の外報面(国際面)だけであまり気づかない記事で私が注目するのは、CIA(米中央情報局)がヨーロッパ各地に、アルカイダの幹部などを収容して拷問する秘密拘置施設があり、そこから各地への輸送に各国の空港や空域を使ったという疑惑です。11月初めに『ワシントンポスト』紙が、民間会社を偽装したCIAの飛行機が容疑者を輸送し、ポーランドやルーマニアに立ち寄ったことをスクープしました。特にドイツでは国内の米軍基地やフランクフルト空港から偽装されたCIA機が計437回も発着したそうです。『朝日新聞』4日付国際面トップで「CIA追及強める欧州」と報じました。4日付社説は「『人権の欧州』ならば」と題して、「米国による人権侵害」を追及する欧州諸国について、「国際人権規約は恣意的な逮捕や抑留を禁じている。存在すら明かせない収容所で身柄拘束を続けることは、世界のどこであっても許されない非人間的な行為だ。ナチの収容所への深い反省から、人権や人道の重視を宣言してきたEUでは、なおこのことは見過ごせない」と書いています。オーストリア空軍が、「テロ容疑者」を乗せた疑いのある「民間機」(実はCIA機)にスクランブルをかけている写真(独『シュピーゲル』誌11月28日号121頁)は、ここまでやるかと鮮烈な印象を与えました。

 米国はこれまでもキューバのグァンタナモ米軍基地やイラクのアブグレイブ収容所での拘束者の扱いについて国際的な非難を浴びてきました。『読売新聞』7日付は、6日にドイツを訪問したライス米国務長官と会談したメルケル新首相が、「民主主義と人権という共通の価値観を守るためには、国際ルールを順守する必要がある」と述べ、秘密収容所問題への米国の姿勢を暗に批判したと伝えています。ライス長官は「米国は拷問はしていないし、米国法と国際ルールに従っている」と「対テロ戦争」の正当性を強調したといいます。しかし、『読売』7日付は、米ABCテレビの報道として、ライス長官が欧州訪問に向かう前に、米国がポーランドとルーマニアの秘密施設を急ぎ撤去したと伝えました。ABCは、アルカイダ関係者に対する尋問で成果をあげるため、過酷な尋問(拷問)を制度的に採用している国々(ヨルダン、シリア、モロッコ、エジプト)に移送する慣行があると伝え、実質的に拷問を用いていることを明らかにしました。あるドイツ紙は7日付で、14人の拷問専門のCIA要員がいること、その手法として「ウォーターボーディング」という水責めの手法も使っていることを伝えました(Die Welt vom 7.12) 。欧州各国政府は、こうした恣意的な逮捕・抑留、拷問のための飛行機の発着を認められないという態度をとり、特にブリュッセルのEU(欧州)委員会では、ポーランドのEU投票権の剥奪、ルーマニアについてはEU加盟延期論も浮上しました。拷問禁止や恣意的な逮捕・抑留からの自由(国際人権規約B規約7・9条、ヨーロッパ人権条約3・5条)は国際スタンダードです。ヨーロッパは『朝日』社説が指摘するように、「秘密収容所での拷問」ということに特に敏感です。「テロとの戦い」の正当性を主張しても、その手段が非人間的で違法なものであれば支持を得られないのは自明でしょう。ライス長官を迎えた欧州各国、特に「古いヨーロッパ」の諸国は、米国の政策に対して明らかに距離をとり出しています。

 そうしたなか、『毎日新聞』7日付夕刊によれば、CIA秘密収容所に「誤認拘束」されたドイツ人男性(42歳)が、CIA前長官らに損害賠償を求める訴訟を米バージニア連邦地裁に起こしました。ドイツ人男性は、2003年にマケドニア旅行中にCIAに拉致され、アフガニスタンの秘密収容所に4カ月間拘束されたといいます。そこでテロ組織との関係などについて尋問され、虐待を受けたと主張しています。

 再び『朝日』4日付社説はいいます。「90年代に起きた旧ユーゴスラビアでの内戦の最中、対立民族を押し込める収容所の存在が明るみに出た。欧州諸国はその無法さを厳しく非難した。その時と同じ視線で、自分たちの行為を厳しく点検していないと、『欧米の人道主義もしょせんは二枚舌だ』との批判をまぬがれまい」と


   3.「もう一つの12月8日」

 最後に、『沖縄タイムス』8日コラム「大弦小弦」から。今週12月8日はビートルズのジョン・レノンの没後25周年だそうです。彼の曲「イマジン」の一節、「国境もなく、殺したり死んだりすることのない平和な世界を想像してごらん。難しくはない」はあまりにも有名です。彼はベトナム反戦を呼びかけ、オノ・ヨーコとともにニューヨークなど世界11都市に「War is over.」(戦争は終わった)という巨大看板を掲げました。その看板の隅にこんな一文があったそうです。「If you want it. 」(もしあなたが望むなら)。