1.統一地方選はじまる
今週木曜日(3月22日)に統一地方選挙(前半戦)が告示され、新聞各紙は22日付夕刊から選挙モードに入りました。4月にかけて、地方のあり方が注目され、集中的に議論がなされる貴重な機会です。新聞各紙には、注目候補者の動きを追う、ありきたりの記事だけでなく、地方の問題を深く掘り下げた取材や記事を期待したいものです。そうしたなか、『中国新聞』22日付社説のタイトルが私の目をひきました。「統一選スタート、地域主権に挑む一票を」。「地域主権」にオヤッと思い中身を読むと、「主権」という言葉はどこにも出てきません。この4年間、大型合併や効率化の流れで地方が疲弊し、中国地方でも500以上の集落が消滅の危機にあることなどを書いて、地方活性化のため、地方議会の選挙を重視しようと書いていますが、これはタイトルがやや走りすぎた印象です。「主権」は憲法上の概念ですが、地方自治を含む国の根本的仕組みの変更につながる憲法改正をめぐって、今週、重要な動きがありました。
2.国民投票法案(改憲手続法案)の動向
22日に衆議院の憲法調査特別委員会で、改憲手続を定める国民投票法案の中央公聴会が開かれました。この法案は、国の最高法規である憲法に関わるもので、慎重な議論が必要なのですが、安倍首相は「任期中に改正をめざす」とか、一時は「憲法記念日までに国民投票法案成立をめざす」と語るなど、憲法改正の結果を出すことに前のめりで向かっています。今週は『京都新聞』20日付が「論議を十分尽くしたか」というタイトルで、この法案には問題点が多く、「国民に十分説明できているとは思えない。国民の声をもって聞くべきだ」と書いてます。しかし、いま、流れは法案成立に向かっています。『読売新聞』21日付は、「来月(4月)13日衆院通過」と見出しを打ちました。『毎日新聞』20日付は「早期成立で民主党の分断を狙う」と書き、99年の国旗・国歌法のときに民主党内で賛否が割れたことを参考にして、国民投票法案でもこの手法が応用されるだろうと伝えています。かなり生臭い話です。
『朝日新聞』23日付は「論点を探る」という形で、中央公聴会での議論を紹介しています。たくさんの論点がありますが、例えば、最低投票率をどうするのかは重要です。与党は「国民投票の過半数」の母数を、「有効投票の過半数」としていますが、これだと、投票率が40%だったら有権者の20%の賛成で改憲できることになります。韓国では、有権者の過半数が投票しなければ改憲できないという「最低投票率」が設けられています。この点、法案には何も規定がありません。また、国民投票運動に対する規制についても、メディア規制条項は外されたものの、スポットCMの規制や改憲案の広報(特に広報協議会の構成)の問題、公務員や教員に対する国民投票運動の禁止規定など、さまざまな問題点が公聴会で出されました。さらに、改憲案の周知期間は、「発議後60日−180日」になりましたが、憲法を改めるという事柄の性質上、これで十分なのかという点については疑問が出されています。なお、投票権をもつ年齢の問題は、与党が民主党に歩み寄る形で18歳になりますが、与党内には微妙な対立があるといいます。法案は附則で、3年以内に公選法や民法を改正して、成年を20歳から18歳に引き下げ、18歳選挙権にする方向を打ち出していますが、これは本末転倒ではないでしょうか。もともと民法や公選法という基本的な法律の改正は、それ自体として根本的な議論の上で行うべきで、18歳選挙権は私も昔から主張していますが、憲法改正のための手続法成立の政治的駆け引きのなかでそれが表に出てくるという流れには、どうしても違和感があります。「とにかく憲法改正」という姿勢が強く出すぎているように思います。
『東京新聞』23日付「こちら特報部」は「国民投票法案は真にフェアか?」という見開きの記事を載せ、この問題で国会をずっと傍聴している弁護士の話として、「ここにきて審議がスピードアップしている。公聴会を大阪、新潟で同じ日にやるという強行日程も拙速さを象徴している」という声を紹介しています。
そもそも憲法改正については、次の三つのことが必要です。第1に、憲法改正という国の基本に関わる重要な事柄である以上、変える側に高い説明責任が課せられること、第2に、情報公開と自由な討論の場が確保されること、第3に、熟慮の期間が十分に保障されること、です。この観点からすれば、憲法改正の手続法も十分な議論が必要でしょう。
3.犯罪被害者参加制度への疑問
話題は変わりますが、飲酒運転や危険運転などの交通事故、あるいは一般の刑事犯罪についても、この国ではいま、厳罰化の傾向が強まっています。一般刑法犯の数は減少傾向にあり、凶悪犯罪も増えていないのに、死刑判決は増えつづけ、昨年は過去26年間で最高になりました。過失による交通事故についても、厳罰を求める世論が高まっています。メディア、特にワイドショーなどで繰り返し、粘着質の伝え方がされていることと無関係ではないでしょう。『北海道新聞』19日付社説は、人身事故や悪質な交通違反に対する罰則強化を盛り込んだ道路交通法改正案について、「交通事犯に対する40年ぶりの抜本的法改正という割には、議論は十分ではない」と懸念を表明しています。飲酒運転の「同乗罪」や、過失犯なのに重い量刑になるなど、罪刑の均衡、つまり犯罪と刑罰のバランスなど、刑事裁判の基本原則からの検討が不可欠です。飲酒運転も含めて悪質なものは存在しますし、それはきちんと処罰されるべきですが、「全国7900万運転免許保有者にかかわる問題であり、十分な議論が必要だ」と社説は書いています。
『愛媛新聞』19日付コラム「地軸」は、「自動車運転過失致死傷罪」新設などの動きについて、「罰則強化による事故抑止効果には限度もある」「思い切った速度規制やガードレール設置などの安全対策が優先してなされる必要がある」「だれもが過失犯になりうる交通環境。であればこそ、ストップ・ザ・『走る凶器』への方策」を考える必要があると書いています。
関連して、刑事裁判で、被害者・遺族が直接被告人に質問する「被害者参加制度」を導入する刑事訴訟法改正案が、今国会に提案されています。日弁連などは強く反対していますし、私もこれは私的な報復を禁じた近代刑事裁判の基本を崩すものとして賛成しませんが、被害者の声だけを過度に押し出すメディアの伝え方もあって、十分な議論もなしに成立する勢いです。『東京新聞』17日付は、被害者のなかにもこの制度に危惧を表明する人々がいることを伝えています。
そもそも刑事裁判は「疑わしきは被告人の利益に」(無罪推定の原則)が基本です。法廷に被害者・遺族の感情が過度に持ち込まれると、有罪か無罪か、あるいは故意か過失かなどが争われた場合など、冷静な判断が妨げられるおそれがある、と指摘されています。被害者・遺族が参加しない事実審と、被害者も関わる量刑審とに分ける必要も指摘されています。また、量刑が被害者や遺族感情に左右されること自体に批判的な意見も紹介されています。この記事で特に注目されるのは、被害者・遺族のなかにも、この制度に慎重な姿勢をとる人々がいることです。息子をひき逃げ事故で失った遺族の一人は、「被告が沈黙を続け、弁護士が反論する。これだけで遺族は大きなストレスが襲う。…『殺してやりたい』と言っても、人はいつまでも憎しみだけでは生きられるものではない」と述べています。そして、この制度は遺族のためという触れ込みだが、「むしろ、医療や福祉、自助組織など別の分野の充実が必要ではないのか」と述べ、「多くの遺族が事件のショックから法廷に立てないのが実情。国はどこまで遺族の現実を調べたのか。国民の総意とはほど遠い法案提出はあまりに拙速だ」と指摘しています。大変重い言葉です。
なお、アメリカでは被害者遺族と死刑囚家族が一緒に旅をする「ジャーニー・オブ・ホープ」という運動がありますが、記事は、「米国では以前から被害者参加制度が導入されているが、実際の遺族感情は多様。でも、厳罰(死刑)を望む声は通りやすく、メディアも取り上げがちだ。だが、冤罪の多発により、近年では厳罰化の流れからの揺り戻しが起きている」と指摘しています。近年、何周も遅れてアメリカのあとを追うような「改革」が目立ちますが、この被害者参加制度についても、各国の状況のみならず、こうした被害者・遺族の声なども調べた上で議論すべきだと思います。
4.「美しい国」の「うまし国」論争
さて、最後は「美しい国」をめぐるもう一つの「国」をめぐる「論争」を紹介しましょう。三重県と宮城県の争いです。『伊勢新聞』21日付によると、三重県知事は、知事選告示2日前の20日、最後の定例記者会見を行い、宮城県が08年から、JRと提携して行う観光PRのキャッチフレーズ、「美味(うま)し国、伊達(だて)な旅」に対して「大変不愉快だ」として抗議する姿勢を明らかにしたそうです。三重県は昨年10月から、「美(うま)し国、まいろう。伊勢・鳥羽・志摩」というキャンペーンを始めていました。日本書紀では、伊勢志摩は「美(うま)し国」と呼ばれており、1月にこのキャッチフレーズの商標登録を申請したそうです。宮城の『河北新報』21日付ではこの記事が注目され、この日、同社ホームページのニュース・ランキング第一位でした。宮城県のものは、「美味し国、伊達な旅」と、伊達政宗を意識させて、宮城のイメージを押し出しています。「うまし」とラジオでいうと、「美」と「味」で「美味し」と読む方を想像します。「美」だけで「うまし」と読むのはかなり特殊です。日本書記でそう使われたのなら、三重県が先に使ったというよりも、それ自体が伊勢・志摩を象徴する言葉として意味をもつわけで、宮城県の「おいしい」からくる「美味し」とは別に対立しないようにも思われます。
なお、安倍首相は、23日付で、内閣官房に「美しい国づくり推進室」を設置しました(時事通信23日午前7時)。何やら「美しい」という言葉が一人歩きするなか、地方でもあまり「美しい」とはいえない対立が起きています。