

トランプ「関税ハンマー」の暴走
前回「直言」の追記で書いたトランプ「関税ハンマー」が4月9日、ほぼすべての国・地域に対して発動された。ところが、24時間もたたないうちに、トランプは「90日間の一時停止を承認した」とオンラインサービス「Truth Social」に書き込んだ。この期間中、貿易相手国には「大幅に引き下げられた」10%の関税が適用される。一方、中国に対しては関税率を125%(後に145%)に引き上げた。トランプは75カ国以上が交渉に応じていることを一時停止の理由としている。
株価は10日朝の取引開始時、日経平均株価指数は8.3%上昇した。ドイツの主要経済研究所は、2025年度の成長率を従来の0.8%から0.1%へと大幅に引き下げた。トランプはSNSに9日9時37分に「DJT、今こそ買い時だ!!!」と投稿した(下の写真はZDFheute4月10日より)。DJTとは「トランプ・メディア・アンド・テクノロジー・グループ」の株である。自らの「90日間停止」発言の4時間前の投稿。株価が急騰することを見込んだ「インサイダー取引」ではないのかといわれている。トップが自らルール違反を公然と行う。米国の通商政策による大きな不安と恐怖、不確実性と不安定性が生じている。
「関税ハンマー」の狙いは
トランプの「関税ハンマー」の狙いは何だろうか。世界保健機関(WHO)から脱退したように、世界貿易機関(WTO)からも離脱を準備しているのだろうか。関税の恣意的、政治的利用は、自らが中心になって設立したWTO原則に正面から違反している。WTOには、道徳的圧力と報復措置という、コンプライアンスを強制するための2つの手段があるが、世界一の貿易大国自らが「関税ハンマー」を振り回すことを想定していない。ただ、米国は企業利益の40%以上を海外から得ており、世界貿易ルールに対する影響力を放棄することは、その戦略的利益に適うとは言い難いから、WTOからの離脱は当面は考えていないと推測される。
トランプは、関税を、世界各国を恐怖と不確実性の世界に引き入れ、米国の利益を最優先にした国際関係を作り出すための有用な手段と考えているようだ。「アメリカ・ファースト」のアジェンダを推進し、国際協調が優位を占めていた米国主導のグローバリズム体制から、経済力によって優位性を主張する米国中心の帝国へとシフトしている。「非対称が関税の強制力を高め、経済規模の小さな国々は抵抗するよりも、むしろ調整の道を選ばざるを得なくなる」(「トランプ関税発動の背後に何がある」4月5日)。ここにトランプの口癖である「交渉しよう」が登場するわけである。「90日間」という数字も、世界中の国々が首脳や特使をワシントンに派遣して、トランプのもとで「交渉」する時間枠として確保したものだろう。
当面、トランプは世界の覇者として君臨している。だが、最大のリスクはインフレであり、スタグフレーションに向かう可能性もある。トランプは大博打を打っている。ロシア側の論者からは、このトランプ「大博打」に対して、一部肯定的な評価も出ている(イゴール・マカロフ、RT4月9日)。関税にばかり目がいっているが、過去30年、あるいは80年の単位で、米国や世界が営んできた経済モデルをトランプは再構築しようとしている。「厄介で、リスクが高く、不人気だが、より大きく、より賢い計画の一部かもしれない」「大胆。危険。正当化されるとは思えないが、しかし、それは非常識ではない」と。
これまでの合衆国大統領のなかではおよそ表立って使えないような言葉を多用し、眉をひそめるような行動をとる。「作文零点大統領」のジョージ・ブッシュの言葉のひどさは、トランプに比べればかわいいものだったかもしれない。
「王」たちの神がかった思考
この写真は、中国・北京朝陽区の土産物店の入口付近にあったものを、2018年9月に水島ゼミ生が撮影してきたものである。「世界を変えるのは、戦争ではなく、信仰である」と。プーチン「大王」も宗教にこだわる。2020年7月施行のロシア憲法改正67条2項は、「神への理念と信仰」「歴史的に形成されてきた国家の統一性の承認」を大ロシア主義と接続させている。プーチンも自らを「王」と位置づけるような憲法改正をやってのけ、君臨している。
トランプ「大王」も同様である。「神を取り戻さなくてはならない」として、トランプは後述する「ホワイトハウス信仰局」を設置した。また、閣僚の一人、パム・ボンダイ司法長官は、「反キリスト教」的な差別や暴力を停止するための特命部隊を指揮し、ハルマゲドンと最後の審判、キリストの再臨と千年王国を信じる福音派を保護している。旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)も擁護し、日本政府による旧統一教会への解散命令請求を批判している。
3月25日、東京地裁は、旧統一教会の高額献金や霊感商法の問題をめぐり、「膨大な規模の被害が生じ、現在も見過ごせない状況が続いている」として国の解散請求を認め、教団に解散を命じた。教団は即時抗告した。ボンダイ長官が、この解散決定について、なにがしかのコメントを発したということを聞いていない。
ホワイトハウス信仰局とは
トランプは、ホワイトハウス信仰局(The White House Faith Office)を設立する「大統領の行動」(Presidential Actions)を発している(2025年2月7日)。その第3項は、大統領府(EOP)内にホワイトハウス信仰局を設置すると定め、同局は、信仰に基づく団体、地域団体、礼拝堂に権限を与え、家族や地域社会に奉仕するための行政府における主導的責任を負うとする。
第4項はホワイトハウス信仰局の機能として、女性や子どもの保護、結婚と家族の強化、仕事と自給自足による個人の向上、宗教的自由の擁護などを挙げる。

信仰局の責任者には、ポーラ・ホワイトが任命された。彼女は旧統一教会の集会で韓鶴子を「神が与えた宝石」と呼んだ。このXのなかのホワイトの「動画」(2025年2月7日)はかなりあぶない(この写真はそのスクリーンショット)。ホワイトは、「テレバンジェリスト」(テレビを利用して福音を伝えるキリスト教の伝道師)として知られ、キリスト教の主流からは異端視されているようである。お金への執着(献金)は旧統一教会とかなり共通する。
『産経新聞』2025年2月7日の「ホワイトハウス新部署トップに就任する女性伝道師 昨年、旧統一教会系行事にメッセージ」という記事は注目される。「ホワイト氏はキリスト教福音派の牧師で、2017年の第1次トランプ政権発足の際に、女性聖職者として初めて就任式で祈祷。トランプ氏の宗教顧問を務めた。過去に旧統一教会系の行事に参加したりメッセージを寄せたりしており、韓鶴子総裁を「マザームーン」と呼んでいる」。
2024年12月8日には、東京都内で開かれた旧統一教会系の「国際宗教自由連合(ICRF)日本委員会」のイベントにビデオメッセージを寄せ、「安倍晋三元首相銃撃事件以降、旧統一教会が差別キャンペーンの犠牲者になっており、刑法に違反していない旧統一教会への解散命令請求は、これまでの規範から逸脱している」と批判していた。
トランプ政権と旧統一教会の深い関係
冒頭下の写真は、2021年9月11日、旧統一教会の関連団体「UPF」が開いたイベントにビデオ出演するトランプである。これには安倍晋三も参加してコラボが生まれた。2人とも、教団トップの韓鶴子総裁に敬意を示していた(出典『ビジネスインサイダー』2021年9月12日)。この集会には、安倍晋三も招待されて挨拶している。安倍暗殺事件の山上徹也は、このビデオを見て、旧統一教会による家族崩壊への恨みを安倍殺害に向けたとされている。
トランプ政権は、司法長官も信仰局長も旧統一教会擁護の姿勢をとっているが、政権の突撃隊長を演じているJ.D.バンス副大統領も旧統一教会との関係は深い。今年2月5日、ワシントンで開かれた教団関連団体の行事(「国際宗教自由(IRF)サミット」)で講演し、「宗教の自由擁護はトランプ政権の重要課題だ」と強調したという(『産経新聞』2月6日)。このサミットには、旧統一教会の田中富広会長も参加し、「日本政府は超えてはならない一線を超えた」などと、文部科学省による解散命令請求を批判していた。ギングリッチ元下院議長(共和党)はビデオメッセージで、「トランプ氏という、宗教の自由に深い情熱をもって取り組む人物が大統領になったことは、米国と日本の関係に大きな影響を及ぼすだろう」と語ったと『産経』は伝える。
トランプ政権はドイツでは極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)を支援し、フランスでは、極右政党の指導者、マリーヌ・ルペンを支援している。ルペンはEU資金の横領で有罪判決を受け、5年間公民権停止で大統領選挙に立候補できない状態となったことを、トランプは4月4日、「マリーヌ・ルペンを解放せよ」とSNSに全て大文字で書き込み、裁判所の判決は「魔女狩り」だと非難した(CNN4月4日)。
旧統一教会は東京地裁決定を不服として即時抗告したが、東京高裁での審理を前に、トランプ政権は日本政府と裁判所の非難を始めるかもしれない。トランプにとって、「権力分立」も「内政不干渉原則」(国連憲章2条7項)も、「そんなの関係ねぇ」の世界だからである。
あまり知られていないが、ここで『毎日新聞』のスクープ記事を紹介しておきたい。「旧統一教会関連団体、トランプ氏出演に3億円 安倍氏「無償」なぜ?」(同紙2023年10月12日)である。米国のトランプ前大統領が2021~22年、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連団体「UPF」からビデオ出演3回の講演料として計250万ドル(当時の為替レートで約3億円)を受け取り、ペンス前副大統領も講演1回で55万ドル(約6000万円)の報酬を得ていたことが判明した。毎日新聞記者は受領を示す米公文書も入手し、日本国内の訴訟資料などと照合して裏付けたものである(田中裕之、大野友嘉子記者)。地道な取材を重ねたスクープといえる。
米国では大統領選の透明性を確保するため、近年の収入などを記録した「財務報告書」の提出が候補者に義務付けられている。毎日新聞は24年の大統領選への立候補を目指すトランプの財務報告書を開示請求して入手した(報告書はここからにリンク)。そこには、旧統一教会系のUPFの講演収入(2021年8月26日:50万ドル、2022年2月10-14日100万ドル、同年7月25日100万ドル)という記載がある。トランプは、2022年2月の演説のなかで、韓鶴子総裁を「平和の大義に対する傑出した貢献」などと称賛し、2012年に死去した文鮮明と共に「米国と世界中で真実、信仰、自由の擁護に計り知れない貢献をしてきた」とたたえている。この時は、安倍晋三もビデオ演説をして、「家庭の価値を強調する点を高く評価します」「朝鮮半島の平和統一に向けて努力されてきた韓鶴子総裁をはじめ、皆様に敬意を表します」などと絶賛していた。これが山上被告の殺意につながったことはよく知られている(直言「安倍晋三殺害から2年」参照)。
いま、世界はトランプ「関税ハンマー」に振り回されているが、この政権が壊しているのは経済秩序だけでない。バンスは「ヨーロッパにとっての最大の脅威は内部からのものです」として、移民対策や民主主義的価値観・規範に対する敵意をむき出しにしている。そして、ハンガリーのオルバン政権や、独仏伊の極右政党との連携を深めている。トランプ政権は旧統一教会の解散命令を撤回せよといってこないという保証はない。
政教分離など眼中にないトランプ政権が、関税を使って経済・貿易を自分色に染め上げたあと、宗教を含む精神的自由権の分野にも土足で踏み込んでくるのも時間の問題かもしれない。