7月 1日、担任をしている1 年基礎演習の学生37名を引率して、東京地裁に行った。傍聴した事件は、中国人80名を密航させた出入国管理・難民認定法違反事件。被告人は中国人男性。中国語の通訳を介した冒頭手続が進む。罪状認否を被告人が留保したため、法廷は俄然緊張。弁護人は起訴状中の曖昧な部分(共謀共同正犯か実行共同正犯か)について釈明を求め、検察官は次回公判に回答を留保した。裁判所を出ると、付近はマスコミ関係者で埋め尽くされ、高裁前は殺気だっていた。携帯電話でディレクター風の男性が「三浦はまだ出てきません!」と絶叫。三浦和義氏に対する無罪判決が出たというのに、呼び捨てだ。あるキー局の車が無理に裁判所に乗り入れようとして、エンジン音を唸らせている。キー局の関係者の傲慢・不遜な態度が目につく。「ロス疑惑」で知られるこの事件でのメディアの対応は異様・異常だった。84年に『週刊文春』が「疑惑の銃弾」を掲載し、それ以降ワイドショーなどが執拗にとりあげ、ついに一般新聞までもが「報道」し、捜査当局が85年9 月になって三浦氏を逮捕するに至った。94年3 月の東京地裁判決は、三浦氏に無期懲役の判決を言い渡したが、「氏名不詳の共犯者」との謀議を有罪の決め手にするなど、問題が多い判決だった。メディアの異常・異様な加熱「報道」のなか、通常なら各種の証拠をもとに慎重に結論を導くはずの裁判所までもが、「三浦真っ黒」の予断に満ちた判決を出したのだった。私はこの年の11月、「三浦和義さんに対する判決への疑問」というアピールに署名した。被疑者にもなっていない段階で、メディアが一市民を「犯人」と断定して「報道」することに常々疑問を感じていたからである。爾来、東京拘置所内の三浦氏から私のところへ毎年年賀状が届くようになった。大変な勉強家で、法律知識もかなりのもの。名誉棄損でマスコミ各社を訴えた民事訴訟は500 件近く。その6 割が勝訴判決という。ところで、1 日の高裁判決は、「氏名不詳者との共謀」を認定した地裁判決に法令違反があると明確に断じた。また、三浦氏の共犯者は全く解明されておらず、共犯者の存在を否定する状況証拠も認められるとし、三浦氏が共犯者と共謀して銃撃させたとする確かな証拠は見当たらず、合理的な疑いが残るとした。物的証拠がなく、モザイク状の状況証拠を積み重ねながら有罪を立証するというのは、危険を伴う。やはり「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に忠実であろうとすれば、高裁判決の結論が妥当である。地裁判決はメディアや社会の「三浦真っ黒」の声を背景に、状況証拠から有罪判断を導くことに急なあまり、この鉄則からの離反が随所に見られた。「氏名不詳者」の登場はその最たるもの。高裁判決はその誤りを正し、刑事裁判の原点を確認させてくれた。メディアや国民の多数が「あいつ真っ黒、死刑」と叫んでも、裁判所は法の原則に忠実に、毅然とした判断を行うべきである。 |