雑談:大学教員のお仕事 2000年6月12日

学受験予備校の理事長がかつてこんなことを言った。「予備校の教師は『五者』でなければならない。学者、役者、芸者、易者、医者、である」と。まず、当該科目の専門家という意味で「学者」でなければならない。同時に、インパクトのある授業ができる「役者」であることはもちろん、時として教室を笑いに包むほどの「芸」の持ち主でなければならない。そして、「これは試験に出るよ」と言ってピタリとあてれば、まさに「易者」。そして、「来年も一緒にがんばろう」と励ます言葉の一つひとつは、受験生の心に響く。ある司法試験予備校の超人気講師の「声のテープ」は精神安定剤のように使われているという。まさにメンタルな面での「医者」である。

   ところで、予備校教師について言われていることは、程度の差こそあれ、大学の教員にも要求されているように思う。大学教員が研究だけやっておればいいという時代は終わった。大学の定員割れ時代はすでに始まっており(競争率1倍台の大学は昨年46%に達した)、教育面でも一層の努力が求められている。もっとも、大学教員が学者であるという前提もかなり怪しい。「1年間に活字にしたのは、年賀状だけ」という大学教員も全国的には結構いるそうだ。でも、そうした極端な事例をあげつらって、「大学教授は暇で、遊んでばかりいる」と煽る週刊誌の記事を読むと悲しくなる。大学教員はとにかく忙しいのだ。

   基本的に四種類の仕事をこなす。

文科系の場合、研究テーマに関わる著書や論文を書き、雑誌等の依頼原稿を書き、学会の仕事をこなす。共同研究(プロジェクト)や調査活動もある。これが研究者としての側面である。

二つ目は教師の仕事。私の場合、学部の講義とゼミ、政経学部の法学、大学院の講義・演習・研究指導で、毎週8 種類9 コマ(1コマ90分)をやっている(国立大は平均週3~4コマ)。専門ゼミは180分連続でやるので1コマ分は持ち出しだ。大量の試験答案を採点し、分厚い修士論文の山を読み、各種の入試問題の作成・採点にあたる。入試は全部で8種類。学部入試では試験監督もやる(99年度から大学入試センター試験の業務まで加わった!)。さらに、ゼミや研究室の合宿・コンパへの参加。私は1年ゼミ、専門ゼミ、大学院の研究室、学生サークルの会長として、最低4 種類のコンパに出る(一度だけではない)。

三つ目は大学行政の担い手の側面。多い時には計6種類の会議がある日もある。役職者はその何倍もの会議をこなす。今の職場に来て驚いたのは、超多忙の役職者の教授(総長や学部長も)が授業負担を軽減することなく、講義やゼミをきちんとこなしていることだ。多くの大学には大学行政に徹した人たちがいるが、私の学部では学部長も、大教室の講義を 1分の遅れもなく時間通りに始めている。近くの教室でたまたま目撃して感銘を受けた。私も「定刻主義者」を自負しているが、役職者でそれを続けるのは驚異である。

さて、大学教員の仕事の四つ目は社会的活動である。政府・行政の審議会に参加する人もいる。私の場合はマスコミからの仕事が多い。自分は直接出なくても、事前レクチャーや企画に協力する機会も増えた。そして講演。私は全国各地で年間最低20回はやっている。ちなみに、ドイツの正教授の場合は少なくとも二人の秘書がつくが、日本では教員一人で何でもやらねばならない。

   かつては週刊誌の批判があてはまるような人にも出会ったが、今の職場ではそういうタイプは一人もいない。重点の置き方に違いこそあれ、四種類の仕事を淡々とこなしている。教員のサービスが足りないと批判する学生もいるが、こういう事情を知った上で、しかも自分のやるべき努力をした上でものを言ってほしい。帰国後2カ月たったが、最近、自分の体力に限界を感じるようになった。というわけで、

 

直言の更新は隔週にしよう、

 

というわけではありません(笑)ので、ご心配なく。