「人権尊重教育推進校」の人権感覚 2001年3月26日

上に毒物があって、いつ落ちてくるかわからない。そんな状態で授業ができるか。そんなことは、教師や生徒の立場になればすぐわかることだ。 だが、行政というのは、段取りや順番、前例を重視して、「今そこにある危機」に迅速に対応できない。

どこにでもある情けない話をだめ押し的に確認する事件が起きた。昨年10月4日、東京・八王子市の小学校で、教室の蛍光灯の部品が破裂。中に入っていたポリ塩化ビフェニール(PCB)油が4人の児童にかかる事故があった。PCBは発ガン性があり、皮膚に炎症を起こすほか、吸引すれば内臓障害も起こす。その種の古い蛍光灯は、市内の学校に4000基。98年11月と昨年5月の2回、市内の学校で同様の事故があったが、市教委は「市民に不安が広がる」と公表しなかった(『朝日新聞』2000年10月7日付八王子版)。八王子市はとくに古い校舎が多い。いつ破裂するかもしれない蛍光灯。市は交換のための予算や、毒性の強いPCBの保管場所の確保などを始めたが、対応の遅さは否めなかった。

事故直後、市内のある小学校に赴任した一人の臨時講師がいる。彼女は、古い蛍光灯の下でビクビクしながら授業を続けた。学校側は、蛍光灯をつけないで授業をやるように求めたが、たまたま昨年11月は雨天の日が多く、しかも古い校舎。授業は薄暗いなかで1カ月近く続いた。教師たちは早く交換してくれるように再三求めたが、順番や予算などを理由に暗い教室での授業が続いた。

そんななか、11月24日に就学時検診が行われることが決まるや、すべての蛍光灯の交換がアッという間に完了した。

外から人に見られることがわかった時の対応はすばやかった。ならば、なぜもっと早く対応できなかったのか。子どもの生命・健康が第一ならば、順番だの段取りだのを乗り越えて、緊急の対応が必要だろう。

そうならない「病んだ仕組み」がここにもある。それは、ある一つのクラスと一人の教師への対応にもあらわれた。その学校に赴任した臨時講師は、それなりの経験をつんだベテランである。私自身、32年間付き合っているので、よく知っている。

彼女は昨年10月に2年生のクラス(担任病気休職中)を3カ月受け持ち、今年1月から引き続き5年生のクラス(同)を3カ月だけ担当することになった。だが、そのクラスは大変な問題を抱えていた。

どこにでもある「学級崩壊」のケースだが、ここではその詳細には触れない。異様だったのは、そのクラスの状況を他の教師たちが知らず、校長・教頭だけにとどめていたことだ。「学級崩壊」という言葉は、前担任から2学期末の保護者会で父母には知らされていたが、それも教職員のなかにはほとんど伝わっていなかった。前任の担任は病気休職になり、臨時講師は事情を何も知らされぬまま、教壇に立った。教頭からは「普通のクラスです」という一般的な説明しかなかった。

ところが、授業を始めた講師は驚愕した。なかなか授業が成立しないのだ。子どもたちは「学級崩壊」という烙印を押されたけれど、わずか11歳の子どものこと。どのように自分たちが立ち直っていけばいいのかもわからずに悩んでいた。講師も、状況を何も知らされないまま担当したため、努力すればするほど、子どもたちとのミゾは深まっていった。2学期までのクラスの状況について、校長から知らされるのは1カ月もあとのことだった。それも断片的な情報のみ。

その頃には、講師と子どもたちとの間には決定的なミゾができていた。そして、「先生が辞めれば、授業を受ける」とまで言うようになっていた。その言葉は、前担任にも向けられたものだった。ついに講師は任期を1カ月残して、2月中旬、辞意を表明する。すぐに校長が説得に乗り出す。そして講師にこう述べた。「ここで辞めれば先生にキズがつきますよ。どうしてもと言うなら、鬱症状の診断書を出してください。こういう場合はいつもそうしてもらっています」。

講師は愕然となった。精神科の医師でもない者が、病名まで指定した診断書の提出を求める。しかも、以前にもそういう手法を使っていたとは。講師はあまりの怒りに、涙を流した。校長は3月末で定年退職する。それまで、そのクラスのことを他の教師たちにも隠し続け、担任が倒れたり、辞めれば代わりを「投入」してきたのだ。子どものことは二の次。表面だけ取り繕う姿勢が透けてみえる。問題のクラスがあれば、教師集団が対応を一緒に考え、解決に向かう。そういう形をあえてとらず、そのクラスのことを隠し続けた管理職。講師の涙は、彼女を拒否し続けた子どもたちへの怒りではない。そこまで子どもたちを追い込み、それを隠し通した無責任な管理職へのものだった。

ちなみに、この小学校は八王子市の「人権尊重教育推進校」の指定を受けている。ここでの問題は、一般的な「学級崩壊」ではない。「人権推進校」の校長らの教育者としてのモラル、人権感覚の崩壊である。

トップページへ。