さようなら、「全恥全悩」の君   2001年4月2日

治家は言葉が命である。その意味で、『朝日新聞』3月3日夕刊コラム「素粒子」が紹介する政治家の二つの言葉は泣ける。

一つは、「あの男」が発した言葉。
衆院予算委員会でのこと。野党の質問に答えて彼は、「内政、外交すべてにわたって全知全能を傾け一生懸命努力したい」とやった。この「全知全能」という言葉は私もはっきり聞いた。すさまじい違和感があった。「素粒子」もいう。「『全知全能』は辞書では『完全無欠な知恵と能力』で『全知全能の神』とあった」と。私流に皮肉れば、「あの男」はまさに「全恥全悩」。全くの恥知らずで、全ての人を悩ませ続けた。言動だけでなく、その存在そのものがかくも問題となった首相も、歴史上かつてなかっただろう。

さて、「素粒子」が紹介するもう一つの言葉は「酸っぱいリンゴ」。
志位共産党委員長が、内閣不信任案を出すタイミングについて語った際、「酸っぱいリンゴ〔時期尚早の不信任案提出〕は体を壊す」と述べたという。民主党代表は、「リンゴは酸っぱい方がおいしい」と言ったそうだが、「世論の『圧倒的不支持率』を思うと不信任案はリンゴのように甘酸っぱく、軽い」という「素粒子」の指摘に同感。何より、志位氏が「酸っぱいリンゴは体を壊す」と言ったことに私は耳を疑った。共産党というのは、自民党に対して強い態度をとれない他党(甘いリンゴ)のなかで、「小粒で、酸味の強い真っ赤な紅玉」というイメージをウリにしてきたのではなかったか。そのふやけ方は並ではない。昨今の地方選挙での後退傾向もこれと無関係ではないだろう。

ついでに、「あの男」についてもう一題。
1月17日、阪神・淡路大震災から6年目の行事に彼は欠席した。例年必ず首相が出席しているので、欠席する理由を問われ、「首相の女房役」(嫌な言葉だ)の官房長官は、首相が公務多忙であることを得々と述べたあと、「神戸まで行くと、一日がかりなんですよね」と言い放った。あまりにあっけらかんとした言葉に、私は椅子からずり落ちそうになったのを覚えている。まったくフォローになってない。「公務多忙」を理由にしたためか、当日午後に予定されていた業界関係のパーティーはさすがにドタキャンされた。もしこれに出席してヘラヘラ笑うデカイ顔がテレビ画面に流れたら、神戸市民の心はさらに傷ついただろう。もっとも、当日の「首相動静」欄を見ると、ちゃんと料亭で食事をしている。彼の「好務」は料亭のはしごということか。

関連して、この官房長官が放った第2弾。
3月27日、ノルウェー国王の歓迎晩餐会に首相が欠席した理由を記者に問われて、この官房長官いわく。「特別に失礼にあたるという話でもない。国王もそれで気分を害されるという話でもない」(『読売』3月28日夕刊)。おいおい、それをあんたが言うか、である。「あの男」自身も欠席の理由を、「天皇陛下主催の晩餐会だったので」とのたもうた。天皇の行為は「内閣の助言と承認」に基づくもので、憲法7条10号には、国事行為として「儀式を行ふ」を挙げている。この規定の趣旨からすれば、首相(内閣)が関わることなく、天皇が「私的」に外国元首を招いて晩餐会を行うことは許されない。仮に欠席するにしても、天皇主催だから関係ないという物言いは許されない。天皇の行為のすべてについて、内閣は責任を負うのだから。加えて、自分の発言がマスコミを通じてすぐに関係者の耳に入ることを、この人たちはわかっていない。『朝日』28日付の「首相動静」(27日)。午後3 時26分ギャラリーパレスで亀井静香〔自民党政調会長〕油絵展を鑑賞。46分三越銀座本店で竹村良子〔評論家竹村健一の妻〕絵画展を鑑賞、6 時11分赤坂の「浜寿司」で中川前官房長官らと会食。7 時50分公邸。この記事はノルウェー大使館関係者も読む。ノルウェーの人々は、日本の首相は知人の絵画展の方を優先したと受け取るだろう。 政治家ならずとも、普通人の感覚をもっていれば、人はそれらしい形をつくろうものである。多忙を理由に会合を欠席する場合、さすがにその会合の真向かいで開かれる別の会合に出て大騒ぎすることは、誰しも遠慮するだろう。会場前でばったりなんて気まずい思いをしないためにも。しかし、「あの男」とその取り巻きにはその程度の気配りもできない。そればかりか、「それで気分を害されるという話でもない」なんて、自分で言ってしまう。まさに「無知の無知」である。国会で居直っているから、「厚顔無知」あるいは「傲慢無知」の類である。このようにして彼らは、1年もの間、世界中から、心の底からの深い軽蔑と目まいを伴うほどの幻滅を誘ってきたのだ。これは日本の政治にとって、きわめて大きな損失である。なぜなら、建前の部分で、ここまでほころびをみせても居直る政治を一度体験すると、露骨な本音の突出を求める気持ちがより強く出てくるからだ。東京都知事の物言いが、人々の溜飲を下げている現実は、実に危険である。ふやけて、スカスカになった日本の政治。これは民主主義のありようにとって、破壊的に深刻な問題を提起している。津軽路・弘前公園の桜が満開になる頃、飛ぶ鳥あとをめっちゃくちゃに濁して、「あの男」は首相官邸を去る。

※来週から「カンボジア・ラオスの旅」5 回連載が始まります。