「人権トレーニング」 カンボジア・ラオスの旅(4)   2001年4月30日

ンボジアの道路事情は最悪である。市内中心部でさえ、雨が降ると大きな水たまりができる。少し郊外に行けば、さらにひどい(→画像)。地図上で距離を計り、車ですぐに着くと思ったのが甘かった。時間は相当余計にかかる。フン・セン首相はこの3月、あえて悪路を走るバスのなかで閣議を行い、「年末までに道路修復ができなれば、総辞職だ」と閣僚にハッパをかけたという(『朝日新聞』3月23日付)。道路の実態はこの国のかたちを象徴している。町中には失業者が目立つ。貧富の差も極端だ。どこでも外国人旅行者を見つけると、金を要求して集まってくる両足や片足を地雷で失った人々がいる(→画像)。心が痛む。とにかくポル・ポト時代の喪失はあまりに大きく、「在るものが無い」という状態が社会全体をおおっている。社会の歪みは人口統計をみれば歴然とする。社会の中核となる40代から50代の男女が人口の1%台にすぎない。ポル・ポト政権によって大規模な人口喪失が起こり、その結果、「世代の喪失」、つまり社会の基幹をなす担い手が消滅したのだ。この社会を再建・復興するため、日本を含む世界各国がさまざまな援助を行ってきた。経済・資金援助から、教育技術や立法技術など、国の運営や社会の基盤整備に必要なすべての領域にわたっている。市内中心部にある国連人権高等弁務官(UNHCHR)のカンボジア事務所を訪れる(→画像)。人権アドバイザーのM.Sovannara氏とL.Maley氏に話を聞いた(→画像)。「ストップ・ザ・人身売買」「HIV患者などへの差別をやめよ」「止めよ、暴力」「少数者の権利を守れ」という4枚セットのポスターをもらった(→反暴力キャンペーンの6コマ漫画のポスターの写真)。小学生でもわかるように、基本的な考え方が漫画で描かれている。UNHCHRが作った『人権トレーニング・プログラム』を何冊かもらった人権トレーニングマニュアル。内容はいたってシンプルでわかりやすい。差別とは何か、人権とは何かの説明などが続き、グループ討論が求められる。課題は、「差別とは何か。人権とは何か。人権があらゆる形態の差別をどのように禁止しているか説明しなさい」、「なぜ人々はHIV/AIDSにかかった人々に対して差別をすると思うか」というもの。次いで、ロール・ディスカッションと事例研究が続く。『環境権を守るトレーニング・プログラム』もある。でも、ゴミを分別して捨てるなどという発想が生まれる余地はまだないようだ。警察官の『人権と法トレーニング・プログラム』を見ると、刑事手続と人権に関する初歩的な解説がイラスト入りで行われている。「もし警察が自白をとるために被疑者を殴ればどうなるか」。その答えは「まず、被疑者は殴った警察官は法を破った責任を問われ、この暴行のかどで逮捕され、訴追されるだろう。次に、拷問によって得られた自白は裁判所により採用されたり、考慮されることはない。この自白の結果発見されたいかなる証拠もまた、裁判所により採用されたり、考慮されたりすることはない」。この下りのイラストは、すさまじくリアルである(→拷問のイラスト)。警察官がこんなことを勉強することを要求されるほどに、基本的な常識が失われてしまったのだ。Maley氏によると、元軍人へのプログラム、元ポル・ポト派兵士に対するプログラム等々、さまざまな職業や階層に応じた「人権トレーニング」が施されているという。この国では、今後ますます、法律知識や立法技術など、社会運営上のソフトの支援、いわゆる「法整備支援」が重要になっている。翌日の午後、国連教育科学文化機関(ユネスコ)のカンボジア事務所で、大学事務局の整備に取り組んでいる神内照夫氏にお会いした。この国の大学は、カリキュラムも基本的な仕組みも出来ていない。教授や学生はいるものの、大学事務局が整っていないため、大学運営がうまくいかない。社会が完全に崩壊したところから立ち上げているので、何が必要かということがわかるまで時間のかかる分野もある。大学を管理・運営する能力をもった事務職員の養成の話を聞いて、この国の将来にとって実に大切な仕事だと思った。こうした地道な人材育成の努力は、今後ますます重要になるだろう。法整備支援という点で言えば、神内氏はいま税法が必要という。日本の六法を見ながら、「こんなのどうだ」と言っただけで、しばらくして本当にその税金が集められはじめたという、笑えない話を神内氏は私に語ってくれた。時間はかかっても、この国の人々が自ら社会を再建・復興していく仕事をさりげなく手伝う。国際協力の内容と方向は、カンボジアにおいてもより明確になってきたように思う。来年はPKO等協力法制定と自衛隊カンボジア派遣から10年になる。