9月11日から2カ月が経過した。このわずかな期間で、世界も日本も大きく変わった。何が一番変わったかといえば、人々の心のありようではないかと思う。人のことなどかまってはいられない。ともかく自分の安全を守る。そのためには手段を選ばない。そんな雰囲気が世界をおおっている。全員が武器をもって武装し、「交渉の余地なし」とシェルターに閉じこもればどうなるか。冷戦時代、ある家族が作った核シェルターの入口には、銃と斧が置いてあった。家族以外の人達が入ってくるのを阻止するために。定員オーバーは死を意味するから、それらはシェルターに入ろうとする隣人に向けられた武器だった。
9月11日以降、欧米の国々でテロ対策立法が制定された。アメリカでは盗聴を強化する法律名は「反テロ愛国法」である。ヨーロッパ各国でもEメール傍受など、警察の捜査権限の拡大がはかられている。また、冷戦の終結でリストラ寸前だった秘密・情報機関が活性化している。「10人の無辜を処罰しても、1人のテロリストを逃すことなかれ」という世論の雰囲気が追い風になっていることはいうまでもない。
日本でも、「テロ対策特措法」が、審議時間わずか33時間で制定された。日本だけは、テロ対策という名称はついているものの、欧米とは異なり、自衛隊の海外派兵を可能にする法律である。そうしたなか、11月9日に佐世保から自衛艦3隻がインド洋に向け出航した。法的根拠は防衛庁設置法5条18号〔調査・研究〕。自衛隊の行動については、作用法たる自衛隊法に定められている。そのどこにも根拠のない行動を、組織法たる防衛庁設置法の細かな条文を根拠に押し切る。「法治国家」ならぬ「法恥国家」日本の姿がここにもある。2カ月前、佐世保で護衛艦に乗ったゼミ生たちも、あまりの急速な展開に驚いている。
同じ11月9日、警察官の拳銃使用が緩和された。警告や威嚇射撃なしに拳銃を使用できるよう、国家公安委員会規則の改正が行われた。戦後半世紀以上にわたり、この国が内と外に対する権力行使に課してきた特別の制約が外された。警察官が普通に拳銃を使い、必要なときに軍隊が武力行使をする「普通の国」への道である。いま、これを日独伊の旧枢軸国が共同で歩んでいる。先週、「ブッシュの戦争」にドイツとイタリアも参戦を決めた。日本は1500人、ドイツ3900人、イタリア2700人の部隊を派兵する。日独伊の三カ国で計8100人。数よりも、「とにかく出す」という象徴的意味がひたすら追求されている。
11月7日にドイツ政府が行った閣議決定の内容は次の通りである。派兵根拠はNATO条約5条と国連憲章51条。集団的自衛権である。派兵期間は12カ月(野党の要求を入れ6カ月になる可能性大)。派兵部隊の種類は、対ABC(核・生物・化学)兵器部隊〔特殊装甲車フックスを含む〕800人、衛生部隊250人、特殊部隊100人、空輸部隊500人、海軍部隊(海軍航空隊を含む)1800人、支援部隊450人である。派兵地域はNATO条約6条に定める地域〔ヨーロッパ、トルコ、フランスの植民地〕、アラビア半島、中央アジア、北東アフリカおよびそれらの周辺海域となっている。国際テロに対する出動では、アフガニスタン以外の国にも、当該政府の同意があれば参加できる。派兵要員は、職業軍人と任期制軍人、外国派遣要員として特別に志願した兵役義務者に限られる。したがって、国防義務ということで徴兵された兵士は、国防とは異なる目的では使えないという趣旨である。
シュレーダー首相は、ドイツ連邦議会に派兵の承認を求める。だが、連立与党の内部は複雑である。先週、「緑の党」地方組織は一斉に反対を表明。社会民主党(SPD)議員にも反対者がいる。11日現在、40名以上が連立与党のなかで反対にまわりそうな気配である(Welt am Sontag vom 11.11)。マケドニア派兵のときよりも反対者はずっと多い。15名が反対にまわれば、与党単独では過半数をとれない。すでに野党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と自民党(FDP) は賛成を表明しているので、派兵決定の承認は確実である。ただ、シュレーダー首相の政権基盤は不安定化は避けられない。 フランスはいち早く特殊部隊の派兵を決めたが、シラク大統領は作戦指揮にフランスが関与することを求めている。アメリカは決して他人に軍隊指揮権を与えないから、フランスのこの態度は、イギリスが最も早くアメリカと共同歩調をとり、他方ドイツやイタリアも派兵を決めたこともあって、フランスの存在感を示そうとしたものだろう。事ほど左様に、「対テロ戦争」と言いながら、各国がそれぞれの仕方で「国益」をギラつかせている。中東・カスピ海周辺の資源の分け前を含む「不純な動機」を抜きにして、「ブッシュの戦争」を論ずることはできない。その背後にあるドス黒い問題については、9月11日「ブッシュ謀略説」などを分析した論文、岩島久夫(元防衛庁防衛研究所戦史部長〕「米同時多発テロの真実ビンラディン引渡し秘密交渉・信じるや否や」(『軍縮問題資料』12月号)を参照されたい。