大学問題の「現場」から 2002年11月4日
昨年7月に「大学問題の『現場』に」を書いた。10月22日の早稲田大学教員組合定期総会で、1年(実質1年半)の書記長任期を終えて退任した。体がスッと軽くなったような、何とも言えない解放感がある。在任中、講演や原稿依頼はお断りモードに徹してきた(もっとも、上手な依頼や魅力ある企画は受けてしまった。講演は計31回)。これからは本業に全力をあげたいと思う。とはいえ、教員組合書記長の仕事を通じて、一般の教員のままでは味わえないたくさんのことを短期間に学ぶことができた。執行委員を一緒にやった18人の皆さんは、早稲田の全学部、研究科、高等学院から集まった多彩・多芸な方々で、私の人生のなかの素敵な出会いの一つになった(今後、2001年会として存続)。私を支えてくれた4人の教員組合専従書記の皆さんにも大変お世話になった。特に、この11月に選択定年退職される大平昭さんは、「早稲田大学教員組合の生き字引」とも言うべき人物で、1964年からその職にあり、30名を超える書記長に仕えてきた。執行委員として大平さんと濃密に付き合った教員は、毎年19人ずつとしても700人をゆうに超える。早大理事会の中枢にいる人々のなかにも、かつて組合執行委員をやった時に、大平さんの世話になった人は少なくない(奥島前総長も1972年度執行委員・法規対策部長だった)。大平さんの頭のなかには、早大全学の教員について、組合活動を通じた「人物評定」がびっしりつまっている。すごい人、ある意味では怖い人である。この方の最後の年に関わることができて、私としても大変光栄である。大平さんは釣りの名人。退職後は、新鮮な魚を食べさせる店をオープンする。組合執行委員を経験しただけの関係でつながる、素敵な出会いと再会の場になるだろうと、今から楽しみである。書きたいことは山ほどあるが、この1年半の教員組合書記長の「修了レポート」として、先の定期総会で私が行った一般活動報告のなかから、「はじめに」と「おわりに」の一部を抜粋して引用しよう。ローカルな話題で恐縮だか、私が1年半で何を得たかということに関わるので、お付き合い願いたい。
はじめに――組合の原点と3つの留意点
《組合の原点》
2001年度執行委員会(以下、今期執行委員会という)は、早稲田大学教員組合結成40周年の記念すべき年に発足し、組合結成半世紀に向けて、さまざまな活動を展開してきました。いま、この国の経済は深刻な病を抱え込み、雇用状況も悪化の一途をたどっています。リストラの波は大学にも及び、大学教授の失業者が生まれる時代を迎えています。本学も決して楽観できる状況にはありません。いまこそ、教員組合の原点に立った活動が求められる所以です。
教員組合の原点とは何か。それは1961年の「結成大会宣言」に示されています。それを今日的に読み替えれば、次の3 つになります。第1に、本学で働く教員の生活と権利を守り、研究・教育条件を向上させること、第2に、情報の公開と学内の民主的意思形成を促進し、「大学の自治」の今日的あり方を追求していくことです。そして第3に、学内におけるさまざまな問題を発見・発掘し、それを提案・要求化していくことで、各箇所だけでは実現できないような問題や、全構成員に関わる問題について、全学的な視野で大学と交渉して、その実現をはかっていくことです。特に3番目は、全箇所から執行委員が選出されるということから、全学的な視野で問題を考えることのできる「組合ならではのメリット」と言えます。
いま、大学をめぐる状況はますます厳しくなっています。矛盾のしわ寄せは、さまざまなところにあらわれています。もともと本学の教員は重い授業負担の上に、学部・研究科の増設などで「恒常的繁忙状態」にあります。本学が十分働きがいを感じる職場になっているかと言えば、必ずしもそうとは言えない面もあります。ともすると見落とされがちな問題について、全学的視野から理事会に問題提起をして、その改善をはかっていくことのできる組織は、学内においては組合をおいてほかにはありません。
《3つの留意点》
今期執行委員会は活動全般を通じて、次の3つの点に留意して取り組んできました。
第1に、白木委員長提唱にかかる「ヴォイス(声)をあげること」の大切さです。この観点から執行委員会は、昨年の活動開始と同時に、学内に存在するさまざまな問題について、その解決に向けて専門的に取り組むプロジェクトチームを編成しました。1年の間、それぞれが活動しましたが、そのうちのいくつかは重要な成果をあげました。
第2に、大学専任教員中心の発想を改め、本学で働く教員の多様な勤務形態に留意し、それぞれの切実な要求を重視していくことです。本学の教員といっても、大学教員と高校教員、専任と非常勤の区別だけでなく、専任自体にもさまざまな形態があります。それぞれ独自の要求があり、きめ細かい対応が求められます。今期は特に、執行委員会と両高等学院教員との交流を通じて、両学院固有の問題について認識を深める努力をしました。非常勤講師へのアンケートも実施したほか、客員講師(インストラクター)の待遇改善のために力を注ぎました。その結果、組合に加入するインストラクターも増えました。
第3に、職員の問題に特別の関心を払って活動したことです。特に専任職員減少に伴う問題(「要員問題」)については、これを教員の問題でもあると位置づけ、各種交渉を通じて、職員組合をバックアップしてきました。こうした職員組合との連携・協力関係の強化は、今後とも継続する必要があるでしょう。
第4に、組合に対するイメージを変えていくことです。「組合員還元プロジェクト」などを通じて、組合員に親しまれる行事や企画を工夫しました。……学内における建設的な提案者として、また民主的手続の監視者として、さらには教員としての権利を侵されたときの最後の拠り所として、組合の存在意義はもっとアピールされるべきでしょう。
2.プロジェクトU(ユニオン)をめざして
今期執行委員会の活動を特徴づけるものとしては、やはり「ヴォイス(声)をあげる」という観点からのプロジェクトチームの活動があげられます。立ち上げたプロジェクトチームは、(1) 託児所プロジェクト、(2) 交通アクセス問題プロジェクト、(3) 総長選プロジェクト、(4) 教員諸制度問題プロジェクト、(5) 大学年金問題プロジェクト、(6) 組合員還元プロジェクト、(7) 職場区分改定プロジェクトの7つです。詳しい活動内容とその総括については各論で触れますが、プロジェクトの取り組みは、今期の活動をメリハリあるものにすると同時に、学内の建設的な提案者としてのイメージを明確にすることにも貢献しました。特に託児所プロジェクトは、学内のみならず、マスコミや他大学にも知られ、託児所設置に向けた動きをリードしました。
どこにも切実な要求があり、潜在的な運動の力は存在します。しかし、何らかのきっかけがなければ、それは顕在化しません。夢は夢にとどまります。しかし、問題に気づき、それを合理的な要求の形に整序し、知恵と勇気を出し合って目的意識的にその実現のために努力する女たち、男たちがあらわれた時、夢は現実のものとなります。小さな子どもを育てながら働く教職員、子どもを育てながら学ぶ院生や学生、苦しい生活のなかで子どもを抱えた留学生、そして子育てしながらイクステンション講座に通う人々。これらの人々の夢は、子どもを預ける施設が学内にほしい、しかも、安く、安全に、ということでしょう。こうした要求はおそらく大学で女性が働き、学び始めたときから存在していたはずです。そして、いま、託児所プロジェクトの問題提起から1年もたたないうちに、その夢が現実のものとなろうとしています〔注:9月20日の理事会で、来年4月、東京都認証保育所制度を利用した「早大内託児所」の設置決まる。その後の展開で、設置時期が若干延びる可能性も〕。
交通アクセス問題プロジェクトも同様です。同プロジェクトは、現地調査を踏まえ、交通アクセスの実態と問題点を指摘し、建設的な代替案を用意して理事会と交渉してきました。教研団交の席上、教務担当常任理事は、所沢キャンパスのアクセス問題解決に向け、大学としても検討中である旨の回答をしました。組合が早い時期に全構成員に問題の所在を知らせ、問題提起をしたことが影響していることは明らかでしょう〔現在、大学が無料バスを走らせる方向で検討中〕。
総長選プロジェクトは、総長選史上初の「ビデオ立ち会い演説会」を実現しました。その他のプロジェクトも、それぞれのテーマに関して必要な検討を行い、提案や問題提起を行ってきました。
「労働組合とは何か」が問われている現在、組合は、過去の惰性や硬直した発想に基づく反対のための反対ではなく、新しい発想に基づく、積極的で建設的な提案を行うプロジェクト・ユニオン(プロジェクトU)になるべきでしょう。
以下、そうした観点から、春闘、研究・教育条件の改善、学内民主主義の問題などについて触れていきます。【以下略】
5.おわりに--再び、「組合の原点」について
【略】
最後に、40年前の「結成大会宣言」の一節を引用しましょう。
「われわれは、組合を結成したことによってわれわれに新たな責任が課せられたことを知っている。早稲田大学教員として大学の発展のためにつくす責任と教育者としてわれわれにゆだねられる数万の学生を教えみちびく責任とに加えて、今やわれわれは、組合員として、わが教員組合を公正なる主張と健全なる良識にもとづいて、正しく民主的に運営する責任をもつ。これによって全学教員の心が一つになり、そこから新しい母校愛も生まれるであろう。われわれはこれこそわが早稲田大学の道であると信ずる」
組合執行委員に選ばれるのは、その多くが本学における在職年数の少ない教員です。今期執行委員会も、組合活動の経験など皆無に近い、究極の素人集団として出発しました。でも、素人であるがゆえに、惰性や経験主義に陥らず、問題を正面から見据えることができるのではないか。右往左往しながらの模索が続くなかで、次第に本学の仕組みや問題の構造が見えてくるようになりました。また、執行委員を経験しなければおよそなかったであろうような出会いがたくさんありました。そうした出会いの連鎖から、問題解決に向けた知恵とエネルギーも生まれてきています。
「執行委員を経験する前と後とで何が変わったか」と問われれば、少なくとも二つあります。一つは、早稲田大学全体に対する問題意識をもてたことだと思います。これは、結成宣言のいう「新しい母校愛」にもつながります。もう一つは、本学がすばらしい人材の宝庫であり、組合活動を通じて知り合ったネットワークは、一教員に戻った後も続くであろうということです。このつながりは一つの財産です。
次期執行委員会もまた、来年の今頃、同じような気持ちで総括を行うことを確信して、一般活動報告のむすびとします。