わが歴史グッズの話(13)サミットリカちゃん 2004年5月17日

究室にはたくさんの「歴史グッズ」があるが、よくそれらの入手先を聞かれる。私自身が国内外で直接入手したものが多いが、留学生や外国旅行をする学生・院生、海外駐在のジャーナリスト、その他さまざまな方々から届けられるものも少なくない。この場を借りて、情報・資料(グッズ)を提供して下さる方々にお礼申し上げたい。
  さて、この写真には、右手あるいは左手を差し出す人物が何人か写っている。これらの人物に共通のメンタリティは、自己陶酔型の「自己チュー」であること。彼らは屈折した人生を経てその地位を獲得したものの、最終的にたくさんのエリートを従えてその頂点に立った。単独行動主義を好み、独善・傲慢な言動は大方の反感をかった。「敵か味方か」の単純な二項対立を極限にまで押し進め、味方にできる人々までも敵にまわした。そして、多くの人々の生命を奪った(現に奪っている)。これらの人物は歴史上の「負の象徴」として語り継がれていくだろう。
  手前のヒトラー人形は、在外研究中にケーニヒスヴィンター(ボン郊外)の古物商から入手したもので、第2次世界大戦中にロンドンで作られたものだという。かなり古いものであることは確かだが、本当のところはわからない。この人形の臀部には大きな穴があいていて、そこに小指を通して前から見ると、とんでもない姿になる。ブッシュ人形はかつて肉声付きのものを紹介したことがあるが、今回のものは首振りタイプである
  こうしたグロテスクな人形たちばかりではない。かわいい系の代表が「サミットリカちゃん」である。これは1998年の九州・沖縄サミットのおりに、外務省が玩具メーカーのタカラに作らせた「海外広報用沖縄人形」である。俗称「サミットリカちゃん」として、各国首脳やその随行員、同行記者団に「お土産」として配られた。箱の裏には、外務省プロデュースとある。なお、外国からの訪問者だけでなく、国内のマスコミ関係者2900人にも同じものが配られた。当時、名護のプレスセンターで取材していた某紙記者は、外務省のサービス過剰に腹をたてて、この「サミットリカちゃん」を送ってくれた。九州・沖縄サミットの時、プレスセンター(名護)では、「サミットリカちゃん」だけでなく、「プレスキット」という15600円相当の鞄やボイスレコーダーなどのセットも配られた。外務省はマスコミ用として4000個を用意したといい、そのための予算は約6200万円である(『週刊金曜日』332号(2000年9月22日)に水島研究室所蔵というクレジット付で紹介)。
  プレスカード(ID)を持った取材記者を対象に配られた「お土産」については、当時、ある新聞の労働組合が部内紙で、「記者に問う:サミット取材と『お土産』問題」として問題視していた。新聞労連が作成した「新聞人の良心宣言」によれば、「公私のけじめ」として、「取材先から金品などの利益供与を受けない」と定めている。その解説では、「取材相手から金品をもらったり、接待を受けていては、相手にとって不都合なことを報道しにくくなるし、当人が癒着とは思っていなくても、周囲はそうは受けとめない。新聞人は、お歳暮やお中元、転勤時の餞別といった慣習を含め、取材相手からは極力、利益供与を受けてはならない。儀礼的なものや小額の記念品などについては、個々の良心に基づいて判断する」とある。一線でがんばっている記者の皆さんのぎりぎりの努力を評価しつつも、メディア全体の批判力の低下は覆うべくもない。「サミットリカちゃん」は、そうした傾向の一つの象徴のようにも思える。
  九州・沖縄サミットの前年はケルンサミットであった。私はその当時ドイツのボンにいて、小渕首相らがドイツに来るのをテレビニュースで見ていた。日本の首相はかの地で本当に存在感が薄い。ケルン市警の小渕首相への警備実施もきわめて地味だった。関係者によると、その理由は「警察は必要性の高い対象者の警備を行う」だったので笑えた。なお、ケルンサミットに参加した某地方紙の記者から、ケルンサミット時に記者に配られた「プレスキット」を譲り受けた。写真右側の小さな黒い袋がドイツ外務省から記者への「お土産」である。石鹸とオーデコロン、ティッシュペーパーに加え、なぜか「2000」というマークの入った避妊具が入っている。日本の「プレスキット」と「サミットリカちゃん」のセットに比べれば、はるかに安価である。ちなみに、ケルンサミットの開催費用は日本円で約7億円。それに対して、沖縄サミットは約880億円(会議場の建設費、警備費用を含む)だった。「プレスキット」と「サミットリカちゃん」の費用もそこに含まれる。
  なお、この「サミットリカちゃん」については、NHKラジオ第一放送「新聞を読んで」の収録の際、放送原稿を読みながらリカちゃんの「足音」を全国に流した(ことになっている)。実際の放送では、「いまここにあります(コトンと音をたてる)」となっている。だが、正直に告白しておくが、実は4年前の放送時、手元には「リカちゃんは」なかった。自宅から直接NHKに来たので、研究室にリカちゃんを取りにいく時間がなかったのである。今回の直言で、イメージ通りのモノをご覧いただけたでしょうか?

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