6月14日、衆議院で、「防衛庁設置法等の一部を改正する法律案」が可決された。この法案の問題点については、すでに指摘してある。目玉は、自衛隊法82条(海上における警備行動)に、82条の2「弾道ミサイル等に対する破壊措置」を追加したことである。弾道ミサイル等(弾道ミサイルその他落下により人命または財産に対する重大な被害を生じると認められる物体であって航空機以外のものをいう)が「我が国に飛来するおそれがあ」る場合、防衛庁長官は首相の承認を得て部隊に対し、我が国領域または公海上空で当該ミサイルの破壊を命ずることができる(同1項)。事態が急変し、首相の承認を得るいとまがない場合、事前に作成した「緊急対処要領」に従い、長官は自衛隊の部隊に対し破壊措置を命令することができる(同3項)。第1項および3項の措置がとられたときは、その結果を「速やかに、国会に報告しなければならない」(同4項)。民主党は国会への「報告」ではなく、「事後の国会承認」を求める修正案を提出したが、与党側はこれを拒否。民主党は法案反対にまわった。参議院での審議が注目されるが、十分な審議なしに成立しそうな勢いである。
ところで、ミサイルの破壊には当然、迎撃ミサイルが使われるが、その使用の法的根拠として、自衛隊法93条の2が今回追加されている。もともと自衛隊法93条とは、犯人逮捕等の際、警察官に武器使用を認める場合について定めた警察官職務執行法7条を、海上警備行動で出動した自衛官に準用する規定である。そこに、枝番として「弾道ミサイル等に対する破壊のため必要な武器の使用」が加わった。条文を繰り下げることなく、新たな条文を加えるときの立法技術として、このような枝番が使用されることはままある。もとの条文と枝番の条文とは、内容的には直接の関係はないとされる。だが、そこに加えられた条文の内容は、自衛隊法3条の目的・任務(主任務・防衛、必要に応じて秩序の維持)の範囲を逸脱しかねない質のものである。すでに、自衛隊法100条の「金魚の糞」的な追加(PKO任務、後方地域支援任務等々)の先例がある。なお、枝番の手法としては、テロ特措法制定時に、警務官(MP)の権限規定である自衛隊法96条に、96条の2として、80年代の国家秘密法案をめぐって激しい議論となった「防衛秘密」保護に関する規定を加えたことが記憶に新しい。この96条の2については、表現の自由などとの関係で重大な問題を含むが、ほとんど議論にならなかった(民放連やマスコミ関係者はこれを批判する声明を出したが)。このように、自衛隊法に枝番で次々に新たな任務を加えていくことで、「専守防衛」を建前とした自衛隊が、海外遠征能力をもつ、軍隊的属性をより具備する方向にシフトしていくことは問題だろう。
今回の自衛隊法82条の2と93条の2の運用と、「緊急対処要領」の定め方によっては、「敵基地攻撃」に限りなく近いところまで、事前・予防・前倒しの態勢がとられる可能性がある。今回の法改正では、「迎撃」の場所は「我が国領域又は公海の上空」に限られている。だが、やがて「相手国がミサイル発射を行った時点では遅い」という意見が勢いを増して、結局、相手国がミサイルに燃料を注入した時点を「着手」とみなして、「迎撃」するということにもなりかねない。これは、「迎撃」という名の、相手国への「先制攻撃」にほかならないだろう。
「事態の急変」の判断は防衛庁長官だが、今回の法改正で、統合幕僚監部と統合幕僚長という制服トップの組織・権限が新たに定められたので、制服組の判断が長官に直接届くことになった。法改正では、「自衛隊法9条の2」が新たに追加され、統合幕僚長は、「部隊等の運用の円滑化を図る観点から」、陸海空3自衛隊の幕僚長に対して必要な措置をとらせることができるようになった。これに伴い、22条(特別部隊の編成)の規定も改められ、「弾道ミサイル等の破壊措置」に関して「当該部隊の運用に係る長官の指揮は、統合幕僚長を通じて行い、これに関する長官の命令は、統合幕僚長が執行する」となった。
法改正というのは非常に細かく、一般の人にはなかなか理解できないだろう。簡単に説明すると、自衛隊というのは、この半世紀の間、「自衛のための必要最小限度の実力」としての「自衛力」であって、憲法9条2項が禁止する「軍隊」や「戦力」ではないとされてきた。だから、自衛隊法には、警察予備隊以来、「普通の軍隊」ならば考えられないような、警察の「なごり雪」が随所に残っている。警職法の準用などのほかに、特に、防衛庁の背広組、すなわち文官スタッフ優位の仕組みは、「ミリタリー不信の構造」として、自衛隊の特殊性を集中的に表現してきた。今回、統合幕僚長の権限が明確になったことで、長官を統合幕僚長という制服トップが直接に補佐する仕組みが出来上がった。陸海空3自衛隊の統合運用も進むだろう。これらは、「軍事的合理性」の観点からすれば、十分とはいえないまでも、「一歩前進」と評価されるだろう。それだけ、自衛隊の「普通の軍隊」化が進んだということになる。だから、細かな法改正ではあるが、制服組の発想からすれば、「攻撃は最大の防禦」という観点も踏まえて、より「ミリタリー」の専門的判断を尊重せよという勢いが増してくるだろう。この国が「専守防衛」から普通の「戦略守勢」をとり、必要ならば攻勢転移、さらには先制攻撃も選択肢として否定しない国になるのか。一般国民がほとんど自覚せず、議論もないままに、この国は確実にその方向へ進んでいる。
かつてR・オルドリッジという元ロッキード社技師の内部告発の書を紹介したことがある。タイトルは『先制第一撃――アメリカ核戦略の全貌』(TBSブリタニカ、1979年)。冷戦時代の話だが、いま、オルドリッジの指摘がリアリティをもってきたように思う。彼はある報告書のなかで、弾道弾迎撃ミサイル(ABM) が技術的に効果がないうえに、金がかかりすぎることを見つけ、「ミサイル命中精度をいっそう高めていく方向性、すなわち、防禦的な核抑止政策から先制第一撃戦略への転換をみつけた時、私は不安でいたたまれなくなった」と書いている。彼はその良心に従い、軍需産業の技術主任としての安定した地位を捨てるのである。
いま、ABMと発想も仕掛けも類似したミサイル防衛(MD)に、日本は多額の金を支出しようとしている。そうしたとき、『朝日新聞』6月14日付の谷田邦一編集委員の署名記事が注目される。防衛庁が米国政府から兵器を直接購入する「有償軍事援助(FMS)」契約で、代金を支払ったのに書類上の手続きが完了していない未清算額が、2003年度末で2206億円にのぼっているという。このうち286億円は現物が届いていない未納状態である。会計検査院が防衛庁に再三改善を求めても、未納額はいっこうに減らない。このFMS取引はミサイル防衛用の迎撃ミサイル購入などで増える傾きにある。今後、未清算額が増加する可能性が高く、ミサイル防衛関係予算では、イージス艦の改造費やレーダー関連など、2004年度で1068億円、2005年度で1198億円にのぼる。その約半分がFMS契約という。米国側に仮算定した額を前払いして、装備が届いてから清算した後に余剰金を返還してもらう仕組みだが、米側は兵器の売却先の優先順位の変更などをいって、結局、納入を遅らせている。添付書類の不備などで清算が進まず、未清算額は毎年2000億円台をキープしている。会計検査院によると、結局、余剰金が返還されずに米側にまるまる残ったのが100億円以上あるという。
何ということだろう。この記事を読んで腹がたった。高級品を前払いで買わせ、現品がすぐには届かずに清算時期をずっと遅らせ、結局払い過ぎの状態を意図的につくり出す。そういう魂胆がミエミエである。「テポドン」や「核」をカードにした北朝鮮の「駄々っ子」外交につきあって、米国に日本国民の税金をいいように吸い上げられないよう、納税者としての観点からもチェックを怠ってはならないだろう。
実は、たまたまヨーロッパでも、米国との関係で、新たなミサイル防衛の仕組みを導入するかどうかで悩ましい選択を行った国がある。ドイツとイタリアである。イタリアの政権はあまり悩むことはなかったようだが、イラク戦争に反対したドイツでは与党内部で意見が対立した。
新たに導入されるのは、米独伊共同開発の「中空域機動防空システム」(MEADS : Medium Extended Air Defense System)である。この兵器は、次世代防空システムで、従来のホーク(韓国で撮影した旧型ホークの写真)やパトリオットの単なる「後継機種」ではない、新しい意味をもっている。
社民党(SPD) と連立を組む「緑の党」は当初、このミサイル防衛に反対だった。最終的に4月19日段階で賛成に転じたが、議員団の内部は割れた(賛成29、反対12、棄権5)。筆者が在外研究中にドイツ・カッセルの平和会議(6. Friedenspolitischer Ratschlag 1999)で会ったこともある安全保障専門家、W・ナハトヴァイ議員も賛成派である。コソボ紛争以降、「緑の党」の平和・安全保障政策は大きく転換している。
ドイツ政府部内での主な批判点は、MEADSが「国土防衛」ではなく、外国に戦闘出動した部隊の現地防空システムの性格をもつこと、膨大なコストがかかること、そして過度な対米依存への危惧である。システムとして8億7500万ユーロ(約1164億円) もする。連邦国防省では、「ミサイル防衛」というよりも、航空機や巡航ミサイルにも対処可能なことから、「拡張された防空」(erweiterter Luftverteidigung)という言い方がなされたらしいが、どう考えても1000キロ周囲にはミサイルをドイツに向けて撃ち込むような「仮想敵国」は存在しないことから、その導入目的の怪しさは免れない。
ヘッセン平和紛争研究財団(HSFK)でミサイル防衛研究部門の責任者をしているB. W. Kubbigは、die taz 紙のインタビューのなかで、「ドイツはMEADSによって、世界規模で〔米軍の〕介入パートナー(Interventionspartner)としての資格を得ようとしている」と指摘している(die taz vom 20.4.2005) 。一見すると防禦兵器システムだが、米国の予防戦略との関連では、攻勢戦略の一部となりうるというのだ。技術的には、防禦兵器と攻撃兵器とはかなり近い。米国は、イランの核施設を破壊するために必要ならば軍事攻撃も議論している。もう一つの手段としての防禦兵器については語られていない。MEADSは、防禦の要素を安全保障ドクトリンの要素により印象づけたい軍拡ダイナミズムの新しい路線の始まりと見られる。ドイツの対外政策にとっての直接的影響は何か。一方で、ドイツがこのMEADSによって世界規模で〔米軍の〕介入パートナーとしての資格を得ることだろう。他方で、このシステムは、米国とNATOの新しい防禦戦略の背骨を与えるのに役立つ。なお、MEADS決定は、軍産複合体のための古典的な事例である。産業界には確実な利益をもたらす。MEADSは、なお議論が十分でなく、正当化できない安全保障政策に助力となるだろう(die taz vom 20.4.05) 。
なお、このシステムは、個々のポイントのみを防護することができ、国土を広くカバーするものではない。しかも、1000キロまでの射程をもつミサイルにのみ有効である。ドイツ「国防」という観点では、周囲1000キロにそのようなミサイルをもって対抗すべき潜在的な敵国は存在しない(die taz vom 19.4)。すべて全欧安保協力機構(OSCE)の加盟国ばかりなのである。となると、MEADSの主要な狙いは、海外展開したドイツ連邦軍を、空から飛来するミサイルから守るということになる。これは、「国防軍」から、米国の先制攻撃戦略と一体となった「介入軍」ないし「緊急展開軍」に転進することになろう。すでに、ドイツ連邦軍は、35000人の「介入軍」、7万人の「安定化部隊」、21万の「支援部隊」と文官に分割される。MEADSは、米国の介入戦略の一角を担って、海外展開した「介入軍」の防空任務を担任することになる。そこまでの合意は、ドイツでもまだできていない。
軍需産業の安定した職業を捨て、平和運動の側に立ったオルドリッジ。彼が決断するきっかけとなったのは、「誰かが始める勇気をもたなければならない」という長女の言葉だった。「テポドン」やら「テロ」やらの不安な要素はたくさんあれど、それに軍隊や莫大な費用のかかるミサイルシステムで向き合うのか。ここは思い切って「ノー」ということから始めなければならないだろう。