私が利用している京王線の東府中駅は、かつては特急以外すべて停車したが、2001年3月のダイヤ「改正」以降、朝の通勤時などを除き、各駅停車の駅になってしまった。大きな駅を結ぶ特急のスピードアップを目玉にした「改正」だった。その結果、「新宿-府中19分」と盛んに宣伝される一方で、一つ手前の東府中駅は、以前よりも時間がかかるようになってしまった。「勝ち駅」と「負け駅」がはっきりしたダイヤ「改正」である。こうした傾向は東急東横線でも見られたが、小泉構造改革が始まる時期と重なるのは偶然だろうか、という話が今回の主題ではない。
鉄道会社の最も基本的なサービスは、速い、正確、安全だろう。これに付加的なサービスがつく。かつて夏場は扇風機だけだったが、今や冷房車が普通になってきた(弱冷房車を設置する私鉄もある)。1973年に旧国鉄山手線などでシルバーシート(優先席)が始まった。禁煙車については、旧国鉄相手の嫌煙権訴訟(東京地裁判決は1987年3月27日)があり、その後、禁煙車の設置が普遍化した。公共交通機関の全面禁煙化も近い。21世紀に入り、「女性専用車」なるものも生まれた。これは、私にとって腹のたつ京王線2001年ダイヤ「改正」と同時に始まった。その後、私鉄各社やJRにも広がり、全国的な傾向になっている。その第一義的目的は、ラッシュ時の痴漢被害から女性を守ることである。
私は大学に行く日の朝は、新宿方面のホームで次のようなアナウンス(女性の声)を毎回聞かされている。《今度4番線に来る電車の一番前の車両は女性専用車です。ご注意下さい》《当駅は終日全面禁煙になっております。ご協力をお願いします》。これが一定間隔をおいてホームに流される。聞くたびに、「ご協力」と「ご注意」の使い分けに違和感を覚える。ホームで思わず煙草に火をつけようとしたところで、このアナウンスが流れる。たいていの人は煙草をしまう。他方、新宿駅西口に出るのに便利な先頭車両に乗ろうと前方に向かって歩く男性が、「ご注意下さい」というアナウンスを聞いて、ハッとして一つ後ろの車両のところで立ち止まる。「ご注意下さい」という言葉には、「うっかり女性専用車に乗るなよ」という警告の響きがある。ホームでうっかり煙草を出して吸いそうな人に「ご注意下さい」といわないのに、である。《…一番前の車両は女性専用車です。ご協力をお願いします》という方がまだいい。車内における携帯電話の使用態様を規制する際には、「ご協力をお願いします」といっておきながら、電車に乗る際に、男性だけは「ご注意下さい」と警告される。何ともいやな感じ、である。これは、京王線だけの現象ではないだろう。そもそも女性専用車両を設置する思想が問題だろう。同一料金を払っているにもかかわらず、当該車両への乗車を拒否される理由は、もっぱら男性であるという性別のみである。痴漢防止という一般目的が突出して、個別に配慮を要する事情などが軽視される結果になってはならないだろう。夏前だったか、ラッシュ時の調布駅で、松葉杖をついた男性が、すし詰めの車両を横目でみてから、あまり混雑していない女性専用車両の方に進みかけ、思い直して次の電車を待つという場面に遭遇した。もし彼がそのまま女性専用車に乗り込んだら、駅員はどのような措置をとっただろうか。何とも悩ましい問題である。というわけで、今回は、このテーマについて書いた小論を転載することにしたい。これから入試、学年末の時期に入り、執筆時間が通常よりもさらに制約されるので、直言の連続更新を続けるために、既発表の原稿を使うことがあることをご了承下さい。
女性専用車両を考える
◆2005年5月9日(月曜)
この日、私鉄と地下鉄各線で一斉に、平日朝・夕の通勤時間帯における「女性専用車両」の運行が始まった。私が通勤に使っている京王線は、すでに2001年3月から「車内での痴漢等防止のため」という目的で、平日深夜の時間帯に「女性専用車両」を先行的に走らせてきた。この日から他社と足並みを揃え、朝・夕の通勤時間帯にも拡大したわけである。
第一日目ということで、この日朝のNHKニュースは、京王八王子駅の風景を伝えた。通勤時間帯なので多くの人が立っているのに、女性専用車両だけは座席にまだ余裕があった。京王線の場合、平日朝は全区間が、平日の夕方と夜の時間帯では、下り特急・準特急の最後部車両が、深夜時間帯だと、下り急行・通勤快速のそれが女性専用車両となる。ただ、特急と準特急の場合、調布駅で女性専用車両が終了する旨の車内アナウンスが流れる。途中駅は明大前駅だけだから、実質の乗車時間は15分前後。ここでは「新宿発下り最後部車両の15分間」が女性専用車両ということになる。
なお、調布駅で下車して最後部車両にあえて乗り換える男性客はあまりいない。夕方の時間帯でも、調布駅を出る特急(準特急)の最後部車両は、心なしかすいていることが多い。
◆女性専用車両の思想
シルバーシートの設置目的は、妊婦の場合も性別ではなく、高齢者や障害をもつ人と同様、ケアを必要とするということである。これに対して、女性専用車両の設置目的は、もっぱら痴漢や盗撮の防止である。女性だけの「隔離車両」を設けることで、当該車両から「女性を狙う男性の痴漢」を一律かつ全面的に排除しようというものである。もっとも、女性専用車両では女性スリの犯行は防げないし、「女性を狙う女性」も排除できない。あくまでも、男性全体を「痴漢予備軍」と見なして壁をつくることで、痴漢を防止しようという発想だろう。
喫煙者はタバコを吸わなければ禁煙車両に乗ることができるし、携帯電話も、シルバーシート周辺以外では、携帯メールまでは許される。ところが、女性専用車両は、同一料金を払っているにもかかわらず、混雑時、男性は一律に乗車拒否を受けるわけである。
ちなみに、女性専用車両にあえて乗車した男性客を強制的に下車させることはできるか。「女性専用車両に反対する会」の調査によると、女性専用車両に男性が協力することは「任意」であり、かりに男性が乗車しても強制的に降ろすことはできないと回答したのが、西武鉄道、京浜急行、東京メトロ、東急など8社である。残り各社は、任意か強制かを明らかにしなかったという。
煙や電磁波から免れていたい人々の権利との調整をはかるために、車内を全面禁煙にすること、また、携帯電話の使用態様を規制することには合理性がある。だが、痴漢や盗撮を防ぐという目的は正当だとしても、その目的達成手段として、女性専用車両を設けることに合理性があるだろうか。痴漢の被害によくあう人が乗れば安心感があるだろうし、痴漢冤罪事件を起こす「クレーマー」タイプに乗車してもらえば、痴漢冤罪事件の被害男性を減らすこともできる。もっとも、その種のタイプの女性が女性専用車両に乗るとは限らないが。
男性すべてを「潜在的痴漢」と見なす発想を徹底すれば、痴漢防止の目的のために、一両ごとに女性専用車両と男性専用車両を設けるという方法も考えられる。しかし、これで問題が解決するとは思えない。
現在の女性専用車両は、実際に痴漢を減らす効果よりも、特に痴漢の不安を感じる女性の「シェルター」としての心理効果を狙ったものともいえる。ただ、男女同一料金にもかかわらず、男性であるが故に特定の車両から一律に排除される結果になっており、男性に対するスティグマ(烙印)効果は否定できないだろう。
◆性別による規制いろいろ
2004年7月、私が担当している法学部1年ゼミの学生たちが、授業での報告準備のため、原宿・竹下通りで、通行人に街頭アンケートを行った。テーマは「法の下の平等」。質問は、映画館などで女性客にだけ特別のサービスをする「レディースデー」の評価から始まり、都内のゲームセンターで、「プリクラコーナーは女性のみか、カップルのお客様専用」となっていることをどう考えるか、「大相撲の土俵に女性はあがれないことは差別か」などを具体的に問うたもの。「参考」として、「女性専用車両」問題も挙げられていたが、当時は実施例が少なかったので、質問には入れられなかった。
アンケート結果を見ると、「レディースデー」については男性の多くが差別と感じている。「プリクラ規制」については、男女ともに撤廃すべきという意見が多かった。プリクラが出来た当初は性別による規制はなかったが、その後、店によっては、男性は女性同伴でも立ち入り禁止という店が出てきたという。
ゼミ学生たちが取材した店側の主張は、「女性にしつこく声をかける若者があとを絶たないので、〔女性に〕安心して遊んでもらうため」「衣装を貸し出して女性に人気が出ているが、更衣室の隠し撮りなどの事件が多発したから」というもの。これに対して、ゼミ学生は、「プリクラの利用客規制の目的が、経済的収益を増加させることに加えて、痴漢や盗撮、盗難などの防止にあるとしても、この目的が本当に男性客の利用を制限することにより達成されるのかという確実な根拠はない。女性同伴でも男性の立ち入り禁止というのは、不合理な差別といえる」とコメントしている。
なお、学生たちは、マクドナルドの「女性専用フロア」の設置から廃止までの過程も調べた。2002年8月に、マクドナルド三宮センター街店で、女性の満足度をあげる目的で、全国で初めての「女性専用フロア」ができたが、「男性差別だ」という男性客の異論が出て、不買運動も始まった。結局、2003年7月に「女性専用フロア」は廃止されたという。
* * * * * * * * *
さて、1年生のちょっと荒っぽい議論におつきあい頂いたのは、素朴な疑問の大切さを再確認したかったからにほかならない。近年のキャッチフレーズ政治の影響は、さまざまな分野に伝播し、批判的な理性や感覚の鈍化が進んでいるように思う。男女共同参画、クールビズ、ウォームビズ、健康増進法、障害者自立支援法、食育基本法、人権擁護法案…。どれもこれも、実にごもっともな理由を掲げているが、当事者にはちっともありがたくないということも少なくない。「小さな親切、大きなお世話」に始まり、「小さなお節介、大きな迷惑」に発展し、ついに「小さな思い込み、大きな害悪」に至るような「改革」が何と多いことか。
痴漢の被害から女性を守るという利益はきわめて重要だが、鉄道事業者は、通勤ラッシュを緩和するという根本的な対策を怠ってはならないだろう。
(2005年11月25日稿)
〔「水島朝穂の同時代を診る」連載第14回
国公労連「調査時報」517号(2005年2月号)所収〕