雑談(51) 「食」のはなし(9) 地方銘菓  2006年7月17日

年半ぶりの雑談「食」シリーズである。前回は、新潟県頸城村 (町村合併で2005 年より上越市頸城区)の押し寿司だったが、今回は日本各地のお菓子、地方銘菓について語ろう。
   私はお菓子には目がない。研究室にはチョコレートが常備してある。最近のお気に入りは、「メンタルバランスチョコレート」である。アルミ缶に入っていて、セミスイートとビターの二種類。私は後者を好む。一個あたり、精神安定に効果のあるとされるギャバ(アミノ酸の一種)が多く含まれているのが売りである。講義のあとに、これを何粒か口に含むと、気分的なものだとは思うが、何となくホッとするから不思議だ。チョコレートと言えば、昔は2月14日(バレンタインデー)には、けっこうもらっていた。今年は、非常勤講師をやったICU(国際基督教大学)で、講義からの帰りにもらった。なかには手作りのものもあって、やはりうれしいものである。

  ところで、国内外ともに、チョコレートのお土産はどこにでもある。外国製チョコレートは、やたら甘すぎたり、過度に香料が加えられたりしており、私の舌に馴染むものに出会うのは稀である。それに比べると、日本製チョコレートは「和菓子」と言っていいかもしれない。チョコレートに限っては、私の「舌ナショナリズム」はけっこう頑固だ。なお、北海道に講演に行くと、ホワイトチョコレートを買う。いろいろあるが、やはり帯広の「六花亭」がいい。ホワイトチョコではないが、近年、ここから出ている「中札内美術村・まくら木」(クリームミルク生チョコレート)と、「大地」(セミスイート生チョコレート)は美味である。舌触りがよく、味にも奥行きがある。特に前者は、チョコレートとは思えぬクリーミーさが特徴だ。中札内美術村には、国鉄分割民営化で廃線となった広尾線のまくら木を使用した遊歩道があるそうだ。このチョコレートはそのまくら木を表現したものだという。洗練されたクリーミーさは、音更(おとふけ)など、十勝地方の最高品質の牛乳を使っているからだろう。チョコレートというよりも、これは「十勝の和菓子」である。なお、中札内で思い出したが、33年前に初めて広尾線で旅をしたとき購入した、「中札内」「幸福」「愛国」という駅名の書かれた木札は、いまも手元にある。

  全国各地を講演などで移動していると、その地方の美味しそうな和菓子に必ず目が行く。全国47都道府県のうち、まだ講演していないのは4県(うち一つは内定)だけなので、ほとんどの都道府県の和菓子を食べたことになる。広島の「もみじ饅頭」はどこのがうまいか。かつて広島大学に勤務したので、「地元の舌」で判断している。北海道も6年住んだので、北見のハッカから、帯広、函館のお菓子まで、書き出したら北海道だけで「雑談」一回分になってしまうだろう。

  5月の連休をはさんで、京都、青森、山形、福井、福岡の5府県で講演した。うち2県は初講演。福岡は学会出張の合間に依頼されたものである。この5府県でも、帰りにお土産を買った。京都では、このシリーズ第7回で紹介した「こんぺいとう」の名品がある。今回、山形と福井で美味しいお菓子を「発見」した。これは実にヒットだった。

  まず、山形では、麦工房シベールの「元氣印のラスクフランス」に出会った。ラスクというお菓子は子どもの頃は多少食べたが、その後あまり縁がなかった。固い小さなパンに白く固まったクリーム状のものがへばりついた、それである。だが、今回の「ラスクフランス」は、私のラスクイメージ打ち砕くのに十分だった。フランスパンを使っているので、ラスクそのものが上品なのだ。「パチパチプチプチ。よくできたフランスパンは自分で拍手をしながら窯から焼き上がってきます。そんな元氣のよいフランスパンから生まれるラスクフランス」。この表現が気に入った。山形県とラスクという組み合わせに最初は「?」だったが、蔵王山嶺の工場で、月山を源流とする水とすばらしい空気のもとで時間をかけて作られている。「日本一おいしいラスク」というキャッチスレーズだが、これは誇張ではない。今回私が買ったのは、プレーンである。フレッシュな「特製生バター」の上澄みにグラニュー糖をふりかけて焼き上げたもので、素朴だが、実においしい。ガーリックやオニオン、ゴマ風味、のり塩もある。
   実は、このラスクは駅の売店にもあったのだが、ラスクへの「偏見」から別の和菓子を買った。たまたま帰りの新幹線で、メディアでしばしばお見かけする高名な政治評論家と、通路をはさんで隣りになった。名刺を差し上げてご挨拶したが、お疲れのご様子だったので、車内では話しかけなかった。途中、「日本一のラスク」と言いながら車内販売がやってきた。その方は一つ購入された。私も心が動いたが、その時は買わなかった。大宮で下車する直前、出口のところにきた車内販売に声をかけ、降り際だったが、思わず一個買ってしまった。「何でラスクなんか買ってしまったのか」と半ば後悔しながら帰宅したが、しかしこれが実に見事なクリーンヒットになったのである。

  この会社のホームページをみて、「元氣印のラスク」という「氣」という字にこだわる理由を知った。「氣はどうして〆でなく米なのか? 气はエネルギーを意味するとか。ですからそのバルブを〆てしまうのは余りにももったいない話。そこへいくと、米は八十八の手間とヒマをかけて育む日本人の生命の源(パン屋ながらそう思います)…」。なるほど。「米」にこだわる山形人が作ったフランスパンからできるラスク。だからうまい。やはり「氣の持ちよう」は大事だと思った。こういう「心意氣」の方が作っているのならと、近いうちにネット販売で取り寄せてみようと思っている。

  福井講演の帰り、主催者の弁護士と、懇親会場から乗ったタクシーの運転手さんが共通して推薦したのが、「羽二重くるみ」だった。JR福井駅ビルに一か所あるというので、乗車時間が近づいていたが、買い求めに走る。あと二個で完売というところで、滑り込みセーフだった。10個入りと20個入りのどちらを選ぶか。特急に乗る直前の一瞬の決断で、何をケチったのだか10個入りを買ってしまい、あとでものすご~く後悔した。なぜ二つ買わなかったのか、と。

  福井県勝山市 というところにある「はや川」で作っている勝山銘菓「羽二重くるみ」。羽二重餅をクレープ生地(シュークリーム皮のような風味)で包んであり、なかにくるみが入っている。国産のくるみだけを使っているそうで、くるみの香りにも奥行きを感じる。全体として、何とも絶妙な味なのである。羽二重餅ならば食べたことがあるし、甘さが強く、大好きというほどのものではなかった。それにくるみを入れても驚かない。しかし、「羽二重くるみ」は外側をシュークリーム皮でくるんでいることから、この三者が舌の上で微妙に絡み合い、そのコラボレーションが今まで体験したことのない味わいになっているのだ。「和菓子風洋菓子」なのか、「洋菓子的な和菓子」なのか。よくわからないが、緑茶にあうが、コーヒーにもよくあう。「羽二重くるみ」のアイデアは、この外側の皮がポイントだと思う。この皮がなければ、私の舌にとまらなかっただろう。何でも組み合わせだと思う。
  福井県は「都道府県上流度ランキング」(『アエラ』〔朝日新聞社〕4月10日号、6月12日号)で第一位にランクされた。このランキングの意味はよくわからない。これとはまったく無関係に、私の関心が福井にちょっと動いたのは確かである。というのも、「羽二重くるみ」をネット販売で取り寄せようと思っているから。

  6月11日に 千葉県銚子市 で講演したが、そこで「おでんの缶詰」に出会った。これについては、掲載時期は先になるが、雑談シリーズ「食」の話(10)で紹介することにしたい。

※さまざまな問題が噴出していますが、学期末の多忙ゆえにストック原稿をUPします。また、一部読者に送信している「直言ニュース」は今週はお休みします。

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