補給支援活動特措法案の愚  2007年10月22日

にかく長い。「テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法案」(略称・補給支援活動特措法案)の第1条は、「この法律は、……を目的とする。」まで752字もある。このなかで、正式名称が「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生した……に関する特別措置法」と112文字もある「テロ対策特措法」に基づく活動に触れているから、法律名を挙げるだけで長くなる。本当にテロ対策だったらもっと簡潔に表現できるはずだが、これだけ長文になるのは、それだけ言い訳が必要な活動、ということだろう。
   実際、この第1条(目的)のなかだけで、国連安保理決議が3本も挙げられ、しかも決議1776号は2度も登場する。この決議は、かの安倍前首相がAPECのおりにブッシュ大統領に泣きを入れて、日本の活動への「感謝」を示唆する文言を挿入してもらったという、いわくつきのものである。「小沢さんがウンといってくれないので、とにかく国連の決議をお願いします」という趣旨で大統領に直談判した、「美しい国づくり」を目指す安倍晋三「最後の大仕事」だった。 安倍晋三「最後の大仕事」だった。この決議は、法案1条において、まず、「…国際連合安全保障理事会決議第千七百七十六号においてその貢献に対する評価が表明されたことを踏まえ…」という形で使われている。2度目は「…同理事会決議第千七百七十六号において当該活動の継続的な実施の必要性が強調されていることにかんがみ、…」である。「感謝されている」と自分から頼んで書き込んでもらい、それを法律の「目的」で2度も言及して、「これだけ感謝されているのだから」という形でその活動の正当性を主張するのは、「情けない」を通り越して、「みっともない」のではないか。世界の多くの国々から心から感謝されている活動ならば、こんなに無理をする必要はないだろう。
   この洋上給油という活動を評価している「国際社会」とは一体誰のことなのか。アフガン武装解除(DDR)に関わった伊勢崎賢治氏(東外大教授)は、給油活動について、「アフガン政府やアフガン人は最近まで日本の活動を知らなかった。 結局、給油活動は対米支援の姿勢を示す安上がりの方法でしかない。政府・与党は自衛隊を出すことだけが国際貢献だと誤解している。どうすればアフガンが安定し、テロを減らせるかという観点から考えるチャンスだ」と述べている(『朝日新聞』10月18日付)。同感である。


   さて、この問題についての私の見解は、「前提から問いなおす議論を」という形で、9月10日直言で書いたので繰り返さない。ここでは、今回の法案のポイントと、最近の論調で気になった点について少し書いておこう。

  先週の水曜日(10月17日) 朝7時20分から8分間、NHKラジオ第一放送「あさいちばん」に生出演して、この日の夕方に閣議決定される「新テロ特措法案」について語った。そのなかで、私は、そもそもの問題は、ブッシュ政権がアフガンに対する武力行使を始めたことにあり、「不朽の自由作戦」(OEF)の一環の海上阻止活動への協力はやめて、アフガンへの医療や技術支援などに特化すべきだと強調した。

  国会での論戦のなかでも、政府は給油活動の意義や必要性を何ら説得的に説明できずにいる。「国際的」に評価されているとか、ここでやめれば無責任であるといった議論しかない。言い訳すらも惰性になっているのではないか。
   そこで気になったのが、国会での議論を論評した毎日新聞政治部長の署名記事「『不作為の政治』の無責任」である。「現在やっている給油活動と将来やられる可能性のある活動(ISAF参加)も与野党が互いにつぶしあって、日本は結局、国際的に孤立主義の道を歩むのではないか」という田中明彦東大教授の言葉を肯定的に引用しながら、「日本の『不作為の政治』は、国際的にも無責任のそしりを免れないだろう」と書いている(『毎日新聞』10月18日付)。
   見出しの勢いに引かれて読んだが、これは言葉の使い方が違う。「不作為」とは、「本来なすべきことをなさないこと」が問題になる。米海軍艦艇への給油やISAF参加は、日本の場合、憲法の観点から「なすべきでないこと」、「やってはならないこと」である。「なすべきでないこと」をやめるのに、何ら「不作為責任」は生じない。逆である。これまでやってきた、テロ特措法による洋上給油は、「なすべきでないことをやってきた」わけで、これを新法で継続することの「作為責任」を問われるのである。ややこしい言い方になったが、海自部隊がやってきたことは、給油という形態とはいえ、純然たる戦闘作戦行動の兵站支援であり、憲法に違反するということである。

  その意味では、「海上無料ガソリンスタンド」といった揶揄は不適切である。そんな悠長な活動ではない。反復継続して、軍事作戦に従事する艦艇に対して給油を行う行為そのものが、アフガン民衆の殺戮に手を貸す行為であり、重大な違憲行為である。
   まず、はっきりさせるべきは、「不朽の自由作戦」(OEF)そのものが、米国が自衛権を濫用してアフガンに対して起こした国際法違反の武力行使だということである。NATO加盟国は集団的自衛権の行使としてこれに参加している。国連安保理決議1368号以来、国連の関わり方は非常に微妙で、常任理事国たる米国の立場への配慮と、国連憲章の原則との間で揺れている。それがアフガンに各国の活動が錯綜している背景にある。ただ、OEFは国連の軍事的強制措置では断じてない。OEFの「タリバン掃討作戦」ですでに多くのアフガン民衆が殺されている。今年に入って、NATO部隊による民衆殺傷が増えており、アフガン民衆のなかに反米感情だけでなく、欧州部隊への反発も強まっている。それがタリバン勢力復活の背景にあるとされている。
   ISAFの活動にしても、OEFとの判別が微妙な場面が増えており、ISAF派遣国内でも、ISAFへの疑問が出ている。ドイツでは、かつては連立与党としてISAF派遣を推進した緑の党内で撤退論が強まっている。

  集団的自衛権の行使を違憲とする立場をとってきた日本は、テロ特措法という応急的・臨時的法律の制定で、洋上給油に限ってこれに参加してきた。この給油活動の本質は、米国などのOEFの武力行使を燃料補給で支える活動にほかならない。「海上阻止活動」(OEF-MIO)は海上における純然たる「武力による威嚇」の活動であって、この活動に直接参加すればもちろん違憲である。では、燃料の補給という活動はどうか。私はその違憲性は本質的に異ならないと解する。国連の軍事的強制措置への参加に対しても、憲法9条は抑制的に働く。いわんや、OEFは米国の自衛権行使であって、国連の軍事的強制措置ではない。

  そもそも6年もの長期にわたり、継続して給油を行ってきたこと自体が問題なのである。特措法の期限が切れたところで撤退すべきだったのに、3度も延長してここまできた。「途中でやめるわけにはいかない」というのは「悪しき惰性」である。思い切って「やめる」という決断が必要だろう。
   一般に軍事作戦においては、ロジスティック(兵站)活動はきわめて重要であり、とりわけ海上作戦における燃料補給は、海軍基地や補給拠点との往復をせずに、洋上で確実かつ安定的に実施されることは、給油を受ける側からすればきわめて重要となる。海自部隊は、インド洋からアラビア海に至る全海域を担任する米第5艦隊の活動に組み込まれ、その軍事作戦のロジスティックの一部を担っているのである。
   なお、第5艦隊の艦艇の任務は多様である。アフガンのOEFに限られない。国会の論戦でも、日本が給油した燃料がイラク作戦にも使われている疑惑が問題となった。米国防総省は表向きはイラク作戦への転用を否定するが、例えば、2003年2月に海自補給艦「ときわ」から米補給艦「ペコス」を通じて間接給油を受けた米空母キティホークの活動については、もはや疑いの余地ないイラク作戦への転用であった(「検証・自衛隊派遣と給油活動」『朝日新聞』10月18日付)。これはテロ特措法違反の給油でもある。

  武力行使そのものと、武力行使に「油を注ぐ」活動との違いは何か。例えていえば、砲兵部隊に弾薬を補給するトラックに対して、反復継続してガソリンを給油する活動を考えてみよう。砲撃を受けて仲間を殺された人々からすれば、その給油を行っている者も敵であり、攻撃の対象となることを覚悟せねばならない。
   今回の法案は、ついに、「海上阻止活動」(OEF-MIO)という言葉を表題に掲げた。これだけでこの法案の違憲性は明白である。繰り返し確認・強調すれば、「海上阻止活動」は、「不朽の自由作戦」(OEF)の一環としての海上作戦であり、「武力による威嚇」(憲法9条1項)にあたる。


   17日に閣議決定された法案は、「…もって我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に努める」(2条1項) と書いている。「アフガニスタンの復興」といった言葉はどこにもない。結局、米国のためにやることは、日本の利益にもなるという発想である。
   また、国会の事前承認の規定もなく、国会への報告ですまされている(7条1項) 。今回特に、実施計画などで具体化される活動海域などが、法律に書き込まれているのが特徴である。「公海(インド洋〔ペルシャ湾を含む〕及び我が国の領域とインド洋との間の航行に際して通過する海域に限り、海洋法に関する国際連合条約に規定する排他的経済水域を含む)及びその上空」(2条3項1号)。「外国の領域」についても、「インド洋又はその沿岸に所在する国」などと具体的に書かれた。6年前のテロ特措法の国会審議の際、「公海」や「外国の領域」が問題となった。「専守防衛」の自衛隊を「海外派遣」することが当時は正面から問題とされたからである。過去の審議をきちんと踏まえる必要があるだろう。このように、テロ特措法を書き換えただけの法案だが、インド洋やアラビア海という名称を実施計画以下ではなく、法案本体に書き込んだところに特徴がある。「イラク特措法」ができたことが大きいだろう。
   なお、この法案は期限を1年にされた(附則3条)。これは連立与党・公明党の主張を受け入れ、当初の期限2年から短縮したものである。連立与党にも「ゆらぎ」がみえてきた。

  本法案は、野党が多数を占める参議院では可決されないだろう。憲法59条2項に基づいて、衆議院での3分の2の再議決を使って中央突破をはかる腹と度胸が福田首相にあるだろうか。テロ特措法が11月1日に期限切れを迎え、海自部隊は撤収することになるだろう。これからは、アフガン民衆の殺傷に関わるような米軍支援はやめて、非軍事のアフガン民生支援に徹するべきである。

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