今回は雑談といっても、最近出した著作の紹介である。
この8年間、三省堂『新六法』の編集に関わってきた。私の担当分野は憲法、裁判法、国際法である。1999年からの編者は、『新六法』発足時からの編者である永井憲一氏(法政大名誉教授)のほか、浅倉むつ子氏(早大教授)、安達和志氏(神奈川大教授)、井田良氏(慶應大教授)、柴田和志氏(法政大教授)、広渡清吾氏(東大教授)、そして水島の7人である。
私は99年3月から2000年3月までの在外研究中に、初めて六法の編集作業というのを行った。2000年版(1999年10月発売)である。ライン河畔の書斎で、三省堂から届いた分厚い郵便物を開いて、思わずため息が出た。国旗・国歌法、周辺事態法、国会法改正法(憲法調査会の設置)、住民基本台帳法改正法(住基ネット)などの官報だった。分量は決まっているので、「とにかく削る」という観点で収録作業を行ったことが、つい昨日のことのように思い出される。
六法というのは、憲法、民法、刑法、商法、刑事訴訟法、民事訴訟法を指すが、当然、どの六法もこの6法律にとどまらず、たくさんの法律を収録している。『新六法』の特徴は「市民と学生のための六法」という点にある。18の編すべてに2頁から4頁の解説がつく。帯には、「市民と学生のための解説つき『読む六法』」とある。編者と編集者で議論を重ねて今日のスタイルをつくってきた。だから、構成もかなり変わっている。
普通の六法では、憲法や民法などの実定法の体系に即した編成になっている。だが、『新六法』では、市民の生活を軸において、そこから体系を組み立て、それぞれの法律を配置していった。
(1)国の法構造(憲法編、行政法編、租税・財政法編、裁判法編)、(2)市民生活の基本となる法(民法編、商法編、民事訴訟法編)、(3)市民の活動〔1〕労働と経済(消費者法・経済法編、労働法編)、(4)市民の活動〔2〕教育文化と福祉(教育・文化法編、健康・医事法編、社会保障法編、(5)市民の活動〔3〕環境・土地建物と情報(環境法編、土地・建物編、情報法編)、(6)市民生活の安全(刑法編、刑事訴訟法編)、(7)国際社会と法(国際法編)。七つの柱に18の編を振り分けてある。
健康・医事法、消費者法、環境法とい う「編」を置くことで、法律についての市民の関心を高め、自らに保障される権利について知り、手続を学ぶということは非常に重要である。なお、2006年に大判『新六法』を出したとき、私は「一家に一冊家庭の医学、福祉施設に一冊新六法」というキャッチコピーを提案した。年金や社会福祉関係の法律に関心が高まるなかで、福祉施設や老人ホームにいる人々が、大きな文字で六法を読めるようにすることも大切だと考えたのである。
かくいう私自身も、この六法の編集過程で大いに勉強になっている。全法律分野についてみていくので、「無知の知」も実感する。例えば、私自身も驚いた法律がある。在外研究中に成立した「感染症予防・医療法」である。健康・医事法を担当している井田良氏が、2001年版からこの法律を入れたが、『模範六法』(三省堂)クラスの中型にも収録されていない。99年4月に施行されたこの法律には前文がある。
その書き出しはこうだ。「人類は、これまで、疾病、とりわけ感染症により、多大の苦難を経験してきた。ペスト、痘そう、コレラ等の感染症の流行は、時には文明を存亡の危機に追いやり、感染症を根絶することは、正に人類の悲願と言えるものである」。「人類は」で始まるスケールの大きさ。そして、こう続く。「過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群〔エイズ〕等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である」と。
全会一致で成立したこの法律により、ハンセン病などの患者に対して国が正式に謝罪する意味をもっていた。この法律の目的は、感染症の発生の予防と、現に発生した感染症のまん延防止にある(1条)。施策を行うにあたっては、患者等の「人権に配慮」することが求められる(2条)。
本法の施行により、伝染病予防法、性病予防法、エイズ予防法という三つの法律が廃止された(附則3条)。旧伝染病予防法では、「伝染病ノ病原体保有者」は法的に「伝染病患者」とみなされ(2条ノ2)、隔離病舎などに「強制収容」することができた(7条)。この伝染病予防法をはじめとする3法律には、「人権の尊重」という発想が欠如していた。
『新六法』を使って講義をしている、政治経済学部の「法学A/B」では、毎年必ず、この前文を学生に読ませている。ドイツにいてこの法律の成立を知らなかった私にとって、井田氏と『新六法』編集の仕事で出会い、この法律を使った講義もするようになった。本当にいろいろな出会いがあるものである。
なお、「市民のため」という視点は随所に活かされており、国際法編にも貫徹されている。そのあらわれが、対人地雷禁止条約の収録である。この条約は、NGOが提案して、カナダ政府などと協力して実現したもので、まさに国際的な市民参加の法といえる。関連して、死刑廃止条約や、無防備地区についてのジュネーヴ追加第1議定書も抄録している。
他方、市民に関係する法律をできるだけ多く収録するという要請から、端的にいって、この六法には抄録が多い。重要法律でもあえて抄録にして、収録法令数を増やしている。その結果、305件(全文収録80件、抄録225件)と類書のなかでは最大の収録数を誇る(2008年版)。
だが、そのかわり、当初の頃は、司法試験受験生から、「なぜ民訴規則、刑訴規則が抄録なのか。使えない」という声も聞こえてきた。しかし私は、市民が法律と出会い、知り、これを使うという観点から、あえて受験生の要望に「こたえすぎないこと」を主張してきた。やがて民訴規則と刑訴規則は全文収録になったものの、「市民のための」というコンセプトは維持された。
2004年の法科大学院発足を前にした当時の議論でも、今後はさらに法律の応用力、あるいは、法律と他の法律との関連性などの知識も求められることを予測し、限られたスペースのなかで、収録法令数を増やすことで「こんな法律があったのか」という「出会い」の数を増やすことに主眼を置いた。法科大学院できちんと勉強をする人は、単なる暗記ではなく、本当は多面的で多様な法律知識を身につけることが求められるので、『新六法』を「読破」する意気込みがほしい。
毎年たくさんの法律が制定されることから、何を、どの程度収録するかは、このクラスの六法を編集するものの共通の悩みである。当初から定価を1500円程度(2008年から1700円)におさえ、かつ大きさ・厚さともに携帯可能な範囲内にという限定がつく。だから、新しい法律が制定されるたびに、何を、どう削るかが、編集者の間でのバトルとなる。編者間のページの「貸し借り」もある。新会社法が制定された年は、私も自分の法律を数ページ削って、商法・経済法担当者に協力した。
もう一つ、『新六法』の特徴は、別冊付録がつくことである。これは私の提案で、2002年度版から実現したものだ。「グリコのおまけ」の例を出し、人間の購買心理として「おまけ」の存在は軽視できないと主張した。「六法のおまけ」は、法律入門書には手が出ないという人々にも、法の世界に関心をもってもらうよい機会になると考えたからである。
付録は、毎年、編者が交代で担当する。第1回は『女性関連法・資料ガイド』(浅倉むつ子)である。女性関係の法律や条約、データをコンパクトにまとめていて、大変好評だった。2003年『新選「子どもの権利」条例集』、2004年『資料・高齢者福祉政策の動向』(永井憲一)、2005年『ビギナーからエキスパートまでのインターネット・法律検索道場』(水島朝穂)、2006年『ビギナーからエキスパートまでのインターネット・法律検索道場Ver.2』(水島)、2007年『会社法施行元年・新会社法で起業する?』(柴田和史)である。インターネット検索道場は2年続けて私が編者を担当したが、付録だけでもほしいという問い合わせがきたという。この付録には、各編者の専門と個性と持ち味がいかされている。例えば、2007年版は柴田氏が担当したが、「1円でも会社が作れる」という世の中の風潮や新会社法の問題点を鋭くえぐり、最後は「この別冊の利用の結果、仮に損害が生じたとしても、一切責任を負うものではありません」という痛烈な一言で終わっている。
さて、この10月上旬に『新六法』2008(平成20)年版が刊行された。今回から初めて、全面横組化をはかった。個々に横組みの六法というのは存在したが、このクラスの小型六法では初めての試みといえる。何を横にし、何を縦のまま残すかをめぐって、数年前から編者と編集者で議論を重ねてきた。「十日以内に」(憲法69条)は「10日以内に」としたが、「一の地方公共団体」(憲法95条)は「1の地方公共団体」としないなど、漢数字のままにしたものもある。全法令についてそうした作業を行ったが、この条文のこの数字は漢数字のままにしておいた方がよかったという意見があれば、遠慮なく連絡していただきたい。来年度版での修正を検討したいと思う。なお、 この横組み化の機会に、英文・日本国憲法も収録した。
さらに、2008年版では、憲法改正手続法(国民投票法)を収録したが、それには、18項目の附帯決議をつけた。途中で政権を投げ捨てた安倍首相が、「私の任期中に憲法改正を」と暴走して国会審議に過剰に介入。力づくで成立させた法律である。「罰則について、構成要件の明確化を図る」という附帯決議は、前代未聞である。私は、これは「立法史上の汚点」と書いた。六法に附帯決議を載せるのは異例だとは思うが、この法律施行までの間、しっかり読者にチェックしてもらうことは十分意味があると考える。
また、教育法編には、担当の安達氏と相談して、「新教育基本法」と「旧教育基本法」の両方を収録してもらった。読者には、「不当な支配」に関連する新法16条を旧法10条とを比較しながら、学校現場の現状を検証することを望みたい。いつか、「安倍カラー」の「新」教育基本法が再改正されて、「旧」10条が復活することを願って。
なお、2008年版の別冊付録は『街の法律家ガイド』である。広渡清吾氏が担当。「司法改革」をもう一度根本から問いなおし、新司法試験の問題性から「街の法曹」としての弁護士の今後、さらに隣接法律職種のプロフィールから資格取得ガイド、「法テラス」の問題まで、図表入りで多面的に明らかにしている。司法改革問題に発言を続けてきた 方 だけに、その指摘は鋭く、かつ興味深い。