「洞爺湖サミット 航空テロ撃墜検討」。1月24日朝、出勤直前だったので、新聞4紙を机に並べ、見出しをザッとみて出ようと思ったが、『読売新聞』1面トップ記事に目が吸い寄せられ、すぐに切り抜いて駅に向かった。ラッシュアワーの電車の狭い空間で、1面(2面解説)切り抜きを、ある種の感慨をもって一気に読んだ。とうとう日本でもこの議論が出てきたか、と。
『読売』によれば、防衛省は、今年7月の洞爺湖サミット(主要国首脳会議)において、ハイジャックされた航空機がサミット会場を標的にした航空テロを想定し、警告に従わない場合には治安出動に基づいて航空機を撃墜することなど、事態対処について検討する方針を固めたという。その際、「9.11」でペンタゴン(国防総省)に突入したとされるアメリカン航空77便の事例を素材として研究を重ねてきたそうだ。具体的には、ハイジャックが確認された時点で、F15戦闘機が空自千歳基地(第2航空団)から緊急発進して、ハイジャック機に近傍空港への着陸などを警告する。それに従わず、ハイジャック機がサミット会場まで1分前の地点に到達したときは、射撃命令を発して撃墜するという。だが、国内空港を離陸した航空機がハイジャックされた場合、衝突まで長く見積もっても30分。あらかじめ自衛隊が行動するために手続きを決めておかなければ、テロを阻止することはきわめて困難というのが結論だそうである。
記事を読み、昨年8月末、4年ぶりにゼミ学生と北海道合宿を行った際、私はこの問題に関連する「二つの現場」に行っていたことを思い出した。合宿でゼミ生たちは四つの班に分かれて道内各地を取材してまわるので、その間、私は4人の班長からの報告を携帯メールで受け、指示を出しながら、私自身も関心ある現場を取材した。昨年は、08年サミット会場となる、洞爺湖のザ・ウィンザーホテル洞爺もその一つだった。だが、ホテルに向かう一本道の起点から少し入ったところで規制を受けた。コーヒーを飲むだけではホテルに向かうことはできないという。しばらく行くと「水の駅」があり、そこに「洞爺湖サミット」歓迎の看板がかかっていたが、いずれこの地域は一般人の立ち入りが厳重に制限されるだろうから、大動員される「警備関係者歓迎」ということだろうか。1年近くも前から、いろいろな規制が始まっている。
なお、サミット会場のホテルは山城のように地上から守りには適しているようだが、完全警備を目指す側からすれば、残りは海と空からの「攻撃」にどう備えるか、ということになるのだろう。海は第1管区海上保安本部だけでなく海保全体での取り組みになるだろうし、海自大湊地方隊なども加わるだろう(法的根拠はどこに求めるか)。残りは、空からの接近にどう対処するかということなのか。
洞爺湖から札幌に戻り、その翌日、ゼミ生の「地方自治班」と合流するため夕張に向かう途中、 長沼町の馬追山に立ち寄った。長沼基地がある。航空自衛隊第3高射群第11高射隊。一審の札幌地裁で自衛隊違憲判決が知られる「長沼ナイキ基地訴訟」の現場である。当時からあったレーダードームは、私が写真を撮影した1月半後に撤去され、昨年10月9日に退役式が実施された(『読売新聞』07年12月13日付北海道版)。
長沼基地にはパトリオットシステムが1991年から配備され、06年4月に大幅に能力が向上したことから、ナイキシステムが12月に完全に撤去された(『北海道新聞』07年12月13日付[空知版])。パトリオットミサイルは射程は百数十キロといわれている。ナイキと異なり、固定型レーダーを必要せず、レーダー装置(RS)や射撃管制装置(ECS)はすべて移動式である。それでナイキ時代のシステムは不要になったようである。ナイキシステム完全撤去の情報は、北海道でしか報道されなかった(現地長沼町民の反応については、NHK札幌の北海道ローカルニュース枠で紹介) 。
パトリオットミサイルをみるには、足腰を少し使う。「馬追の名水」の横から山道に入り、約5.6キロ歩くと、ミサイル基地が見渡せる瀞台に出る。「長沼分屯基地」の看板もある。そこから、パトリオットミサイルをみることができる。この1月24日付『読売新聞』で想定されているのは、サミット会場のホテルに向けて、ハイジャックされた民間機が突入する事態である。それを千歳基地から発進したF15戦闘機で撃墜するというシナリオだが、北東方面から接近する場合には、長沼基地のパトリオットミサイルが使われることがあるのだろうか。「ミサイル防衛」の中心装備でもあり、高額ということもあり、ゆっくり飛ぶ民間機を落とすには、F15の20ミリバルカン砲(M61A1)で十分という判断だろう。とはいえ、あらゆる事態を想定してというお得意のシナリオで、この長沼のパトリオットもサミット警備の際に配置につくことになると思われる。
領空を侵犯した「国籍不明機」への対処は、自衛隊法84条〔領空侵犯措置〕に基づき、当該機に対して国際緊急周波数で領空侵犯の警告を行い、退去を求める。従わないときは警告射撃を行う。最寄りの空港に強制着陸させるといった措置をとることができる。
「国籍不明機」が民間航空機だった場合、発進した自衛隊機に対して攻撃することはないから、この権限の枠内で当該民間機を撃墜することはできない。そこで、命令による治安出動(自衛隊法78条)の適用が検討されているようである。治安出動時の武器使用は警察官職務執行法7条の武器使用規定が準用されるから、しばりはかなり厳格である。
自衛隊法90条では、これ以外に武器が使用できる場合として、「職務上警護する人、施設又は物件が暴行又は侵害を受け、又は受けようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、又は防止する適当な手段がない場合」が挙げられている(同1項1号)。あるいは、「小銃、機関銃、砲、化学兵器、生物兵器その他の殺傷力がこれらに類する武器を所持…」して暴行・脅迫をしたりする蓋然性が高い場合も挙げられている(同3号)。航空燃料を積んだ航空機を乗客ごと「武器」にして突入させれば、その破壊力は、そこに列挙された武器に匹敵するから、それを撃墜する行為は正当化されると考えているのだろうか。これをいかなる基準で、またどのような判断で、誰が撃墜命令を出すのか、出せるのかは、現行法の解釈・運用では不可能といえる。
そもそも、自衛隊法78条の命令による治安出動も、「間接侵略その他の緊急事態」だが、警察で対処可能な場合には出番はない。「一般の警察力では治安が維持できないと認められる場合」に限られる。「その他の緊急事態」とは「間接侵略」に準じたものでなければならない。外国の武装勢力が国内の運動に働きかけ、武装蜂起を行うといった場合を想定したもので、航空機がある場所に向かうおそれがある、というだけでその航空機を撃墜する権限は、現行法上引き出すことは困難である。
ハイジャックされた民間航空機が山の上のホテルに突っ込む蓋然性が高いということで、それを撃墜する命令を誰が下すのだろうか。首相が判断できるか。治安出動ならば国会承認(事後20日以内)の縛りがある。防衛大臣が事前に北部方面航空隊司令官に委任しておくのか。仮に自衛隊法上の根拠がすべて充足されたとしても、民間航空機を撃墜すること自体に重大な問題がある。
04年のアテネ五輪のとき、アテネ中心部から半径84キロが飛行禁止空域に指定された。ハイジャックされた民間航空機を撃墜するため、会場付近にパトリオットミサイルが配備された。06年のワールドカップのドイツ大会のときは、NATO軍の空中警戒管制機(AWACS)が試合会場上空を旋回し、連邦空軍機が警戒飛行をした。
ドイツでは04年10月、民間航空機を撃墜できるようにするため、「航空安全法」が改正され、これが大問題となった。その14条1項「特に重大な災厄事故の発生を阻止するために、軍隊が上空において航空機を航路から離脱させ、着陸を強制し、武力の使用で威嚇し、または警告射撃を行うことが許される」、同3項「武力による直接的な作用は、航空機が人の生命に対して向けられ、かつこの現在の危険を防御するための唯一の手段であることが状況に応じて前提としうる場合にのみ、許される」。同4項「第3項の措置は、連邦国防大臣…が命ずることができる」「連邦国防相は、連邦空軍総監に対して、第1項による措置を命ずる権限を一般的に授権することができる」。
この法案には連邦参議院が異議を唱え、連邦議会のより高いハードルの再可決(しかも、わずか2票差)でかろうじて成立した。法律の公布にあたっては、連邦大統領が、違憲の疑いを示唆し、法律への署名を一時的に躊躇するという異例な展開となった。
そして、この改正法律は、施行後わずか1年で違憲・無効とされた。連邦憲法裁判所は、05年2月15日、同法14条3項が、基本法(憲法)87a条2項(防衛目的以外の軍隊の使用には基本法上明文の規定を必要とする)、および、同35条2項(連邦・州の職務共助、軍隊の災害出動)、同3項(二つ以上の州にまたがる広域的災害出動)、ならびに、1条1項(人間の尊厳)、2条2項1文(生命への権利)に適合せず、無効であるという結論を出した。
すでにこの航空安全法違憲判決が出されたときに直言でもいち早く紹介したが、主な論点は二つある。「人間の尊厳」と「生命への権利」を侵害するという基本権侵害の論点と、軍隊の国内出動に関する憲法上の根拠に関わるものである。
判決は、民間航空機に武力を用いることは、「人間の尊厳」(基本法1条1項)と「生命への権利」(同2条2項)に適合せず、無効であるとする。基本法は、第三者または国家それ自体による侮辱、汚名、迫害、排斥および同様の行為から個々の人間を保護するだけではない。むしろ、「人間の尊厳」の尊重と保護への義務づけは、人間を国家の単なる客体とすることを、一般的に排除する。いかなる人間の生命も、それ自体、等しく価値高いものである。航空安全法の当該規定は、航空機撃墜により、〔ハイジャックに〕無関係な乗員・乗客にも及ぶ。乗客の生命権の保護領域を侵害する。撃墜されれば確実に、全乗客の生命を無に帰す、死がもたらされる。このような侵害を憲法上正当化することはできない、と。
この判決は、口頭弁論における操縦士会(コックピット)や客室乗務員団体の関係者の証言も採用している。例えば、操縦士会の関係者は、機内で重大な事件が起きており、かつそれが「重大な災厄事故」の危険を根拠づけることの確認は、その時々の事情により、非常に不確実であること。ハイジャック機では、客席乗務員と操縦席との間で連絡が十分にできないし、また操縦席と地上の決定権者〔国防大臣、空軍総監〕との間でも同様な状況にある。航空機の状況は分単位、あるいは秒単位で変化する。極端な時間的圧迫のもとで地上で決断をしなければならない者にとって、航空安全法14条3項の撃墜要件がクリアされたと確実に評価することは、実際上不可能である、と。
なお、昨年6月にドイツ・ハイリゲンダムでのG8(サミット)では、連邦空軍の戦闘機が、サミット抗議のため集まった反グローバル運動デモ参加者の頭上を低空飛行して、写真を撮影した。ドイツ政府部内では、特にW・ショイブレ内相がブレイクしていて、「テロリスト」対処のために連邦軍を国内出動させようと熱心に発言している。海上からの「テロリスト」に対処すべく、海軍の「予防的出動」のための基本法(憲法)改正の必要性も説いている。ただ、政府全体、あるいは議会の同意は得られていない。航空安全法にしても、連邦憲法裁判所の違憲判決がある以上、政府全体としての慎重な姿勢はなお崩れていない。
日本では、このドイツの動向も当然踏まえつつ、既存の法律の解釈・運用でサミット警備を乗り切ろうということだろう。民間航空機を撃墜するといっても、乗客の生命の問題と同時に、撃墜された機体が地上に落下した場合、地上の住宅などを巻き込む可能性がある。会場のホテルまで「1分以内」になった撃墜地点は、内浦湾(別名・噴火湾)上空に限られない。撃墜して海に落とせば地上の被害はないと想定しても、進入の仕方では撃墜は周辺市町村の上空ということもありうる。地上の被害を防ぐため、手前の海上にいる間に撃墜命令を出すことになれば、ドイツでも議論されているように、機内の様子はわからないわけである。ハイジャックされた民間機が進路変更を直前でしないと断言できるか。コックピットの状況は地上では把握できない。機内にいない人の間違った判断で撃墜命令が出される可能性がある。
落ち目のブッシュ大統領が、大統領として参加する最後のサミットである。「人類最大の敵」として多方面から恨まれ、狙われている人物がやってくる以上、クリントン大統領が参加した2000年九州・沖縄サミットの時の警備の比でないことは確かである(前年のケルン・サミットも併せて「お土産」も比較されたい)。
会場を北海道にし、かつあのホテルにしたのも、安倍前首相の強い意向が働いていたという。民間航空機撃墜問題まで生ずることになった会場選択は、安倍前首相の置き土産ならぬ、政権「放り出し土産」ともいえる。次回の直言は、今回掲載を予定していた「安倍晋三氏は議員辞職すべし」をUPする。