「対テロ戦争」とドイツ連邦軍――勲章と改憲  2008年10月13日

「9.11」から7年がたった。あれは一体何だったのか。「9.11」をめぐる謎は深まるばかりである。そして、「これは戦争だ」といって「対テロ戦争」を始めたブッシュ政権。「最悪の行為に最悪の対応」であった。テロは犯罪行為であり、対応の主体は警察であるにもかかわらず、ブッシュ政権は「戦争」を始めた。アフガン民衆にとって、そこに駐留する軍隊はすべて「占領軍」とみられる。タリバンが力と勢いを盛り返し、国の60%を支配している (Frankfurter Rundschau vom 20.9 2008 ) 。民衆の憎悪と反感の対象である「占領軍」としての各国部隊は、多数の犠牲者を出している。

  この夏の2つの事件に、私は注目した。まず、8月18日、国際治安支援部隊 (ISAF) のフランス軍部隊がタリバンの待ち伏せ攻撃にあい、10人が死亡、21人が負傷した(8月19日共同通信)。ISAFにとって、最大の犠牲者数だった。その際、タリバンはメディア戦術を展開した (The Jamestown Foundation vom 2.9.2008) 。タリバンが死んだフランス兵の制服をまとい、捕獲した武器を携帯して写真におさまったのである。その写真を、9月4日にフランスの雑誌が掲載した。フランス人は衝撃を受け、アフガン派兵について議論が再燃している。国防相はタリバンが仕掛けた「コミュニケーション戦争」と語り、写真を掲載した雑誌に対して、「タリバンの宣伝戦に協力するものだ」と非難した。雑誌側は表現の自由を根拠に反論した。いずれにせよ、この報道を境に、フランスの世論は逆転した。55%がアフガンからの撤退を支持している。フランス国民議会では、野党が、ブッシュ政権の要望でこの紛争に深入りするサルコジ大統領を非難した (FR vom 5.9.2008) 。
   ドイツ紙は「フランスのために死すのか」という論説を出して、「1枚の写真は1000の言葉にとってかわる。フランスは初めて、外国出動において自国の軍人が脅かされる危険についての議論をすることになった」と書いている。「大統領は、若いフランス人がヒンズークシで死ぬことが、なぜ、国民の利益になるのかを説明しなければならない」とも述べている (H.-H. Kohl, Sterben für Frankreich?, in: FR vom 5.9. 2008) 。

  ドイツでも、「戦争」状態にあるアフガンからの撤退論が高まっている。「復興支援活動への参加であって、戦争ではない」とか、そこで死亡した兵士についても、「戦死者」という表現の使用は意識的に避けられてきた。しかし、現実に「戦死者」が出ていることを率直に認めるべきだという議論も出ている。
   そうしたなか、ドイツが外国に軍隊を派兵して初めて、民間人に向かって発砲し、5人の死傷者を出した。これが、私の注目する2点目である。これはドイツ国内に大きなショックを与えた。
   8月28日夜9時50分頃、アフガン北部のクンドゥス南東の検問所に向かって進んできたワゴン車が突然方向を変えたため、ドイツ軍兵士が発砲。女性1人と子ども2人が死亡し、子ども2人が負傷した。結婚式帰りの家族が乗っており、兵士をみて怖くて急ハンドルをきっただけだった。
   ドイツはアフガン北部に3620人の軍を派遣し、「復興支援」にあたっている。6月末には初めての戦闘部隊200人が北部に派遣された。戦闘や攻撃ですでに45人が死亡(「戦死」)している。米国のさらなる増派要求を受けて、1000人増やす方針だったが、撤退論が一気に加速した。とりわけ、ドイツ軍兵士が、無辜の子どもを射殺したことへの嫌悪感は大きかった。

  海外派遣がだらだら続くと、軍隊内部の矛盾が顕在化してくる。また、士気の停滞や頽廃も目立つ。そこで、士気を少しでもあげようと、「名誉」(金銭的メリットも伴う)を与える試みが繰り出されてくるのが常である。海外派遣で「戦死者」が出ることが日常的なものとなれば、勲章や特別弔慰金、遺族援護などのソフト面の充実が必要となる。「死に方用意!」と国民の「覚悟」も求められてくる。

  ドイツでは戦後初めて、兵士の勇敢な行為に対して勲章が与えられ、表彰されることになった。3月6日、連邦大統領は、「並外れて勇敢な行為」に対して新たな勲章を授与することは認めた。写真は、フランクフルター・アルゲマイネ紙10月10日付で紹介された新しい勲章である。この新勲章は、連邦軍の名誉章の新等級となる。第二次世界大戦後、ドイツは戦勲章を廃止。ナチ時代の「鉄十字勲章」 (Eisernes Kreuz) の復活はないとされてきた。今回も、その復活でないことを国防省は強調している。
   なお、鉄十字勲章は1813年、プロイセンのフリードリッヒ・ヴィルヘルム三世が制定したものである。普仏戦争 (1870年) 、第一次世界大戦 (1914年) 、そして第二次世界大戦 (1939) のそれぞれの局面で使われた。第二次大戦中は2級鉄十字勲章 (EKII) 、1級鉄十字勲章 (EKI) 、騎士鉄十字勲章、大鉄十字勲章の4等級があった。EKIIは300万人、EKIは45万人に授与されたから、かなり乱発されたといえる ( 以上Frankfurter Allgemeine Zeitung vom 11.10 2008) 。騎士鉄十字勲章には、いろいろなバリエーションがある。

  さて、勲章とともに注目されるのは、「テロとの戦い」で国内に連邦軍を出動させるための憲法(基本法)改正の動きである。
   10月5日、大連立を組む保守のキリスト教民主・社会同盟 (CDU/CSU) と社会民主党 (SPD) は、連邦軍の国内出動のための基本法改正について大筋で合意した。
   直言では、この問題についてたびたび言及してきた。5年以上前、「軍隊が国内出動するとき」を書いて、ドイツにおける軍の国内出動をめぐる憲法問題について紹介している。その後、ハイジャックされた航空機の撃墜権限を国防相に与える航空安全法14条について、「あのエアバスを撃墜せよ!」を書いて、警鐘を鳴らした。また、連邦大統領が、この法律公布に必要な署名を一時留保するという異例の事態が起きたとき、「大統領の抵抗」を書いて、事柄の重大性について紹介するとともに、問題の所在を指摘した。そして、航空安全法14条について、連邦憲法裁判所が違憲判決を出した5日後に、「『ハイジャック撃墜法』の違憲判決」を出した。サッカーのワールドカップの警備に、連邦軍を出動させる動きや、 2007 年のハイリゲンダム・サミット (G8) に際して、デモ隊の上空に、ファントム戦闘機を飛ばして写真撮影したことについても書いた。

  ドイツの憲法(基本法)は、国の防衛(対外的安全保障)と警察による国内治安(対内的安全保障)を厳格に区別して、武力をもってする軍隊の国内出動を厳しく制限している。例外的に軍が国内出動できるのは、二つあるにすぎない。一つは、連邦や州の存立や「自由な民主主義的基本秩序」 (FDGO) に対する差し迫った危険があって、組織的・軍事的に組織された叛徒を鎮圧するとき、州警察や国境警備隊(2005年から連邦警察 [Bundespolizei] にかわった)では不十分な場合、その支援のために出動できる(基本法87a条4項)。ここでは、警察力では対処困難な内乱事態が想定されている。それゆえ、警察力で対処可能な場合には出動は許されない。

  軍の国内出動のもう一つの場合は、「自然災害または特に重大な災厄事故」に際しては、州は、他州の警察や行政官庁、連邦国境警備隊(連邦警察)、軍隊の出動を要請できるというものである(35条2項、3項)。官庁間の職務共助としての出動だから、軍隊の装備をもって出動することは許されない。基本法35条2、3項の適用ケースは、1997年夏のオーデル川大水害に際しての連邦軍の活動がそれにあたる。連邦軍1万人を投入して、マンパワーで、堤防の決壊箇所に土嚢を積み上げ、さらなる決壊を防いだのである。

  1791年フランス憲法以来、「公の武力は、市民の自由に対して向けられてはならない」という大原則がある。近代立憲主義においては、軍隊の国内出動を制限し、国内は警察、国外は軍隊という「棲み分け」が明確にされてきた。軍と警察との区別が曖昧だったナチ時代への反省から、戦後、軍と警察の「棲み分け」は厳格に行われてきた。しかし、「テロとの戦い」の改憲により、この「棲み分け」は相対化されるおそれがある。
   改憲は、基本法35条に第4項と5項とを新たに追加するものである。
   第4項「特別に重大な災厄事故の防御に十分でないときは、連邦政府は軍事手段を伴う軍隊の出動を命ずることができる。その際、効果的な対処に必要な限りで、連邦政府は州政府に指示を与えることができる。第1項および第2項による連邦政府の措置は、いかなる場合でも、連邦参議院の要求により、危険の除去後すみやかに取り消され得る」。
   第5項「危険が差し迫っているときは、権限ある連邦大臣が決定する。連邦政府の決定が、遅滞なく追認され得る」 (FR vom 7.10.2008) 。

  この改正により、ドイツ連邦共和国史上初めて、国内において軍事力の出動が許されることになる。「特に重大な災厄事故」には、原子力発電所や化学工場、フランクフルトの銀行街にハイジャック機が突入するようなケースが想定されている(S. Hebestreit, Ein schwerer Unglücksfall, in: FR vom 9.10.2008)。国内出動は、民間人が存在する場所で、装甲車や戦闘機、戦闘艦のような、従来認められてこなかった軍事的手段をもって行われる。だが、2006年の連邦憲法裁判所の判決では、ハイジャック機の撃墜のように、無辜の第三者を巻き込むことを認めていない。大陸横断鉄道の脱線事故や大水害と並んで、多数の犠牲者を出すテロ攻撃を含ませ、危険防御のため、「軍事的手段」をもって軍隊を出動させる。「危険な危険防御」と批判されるところである(S. Hebestreit, Gefährliche Gefahrenabwehr, in: FR vom 6.10.2008)。軍隊の警察化と警察の軍隊化が進む。「装甲車による職務共助」とも批判される所以である(Freitag, Nr.41 vom 9.10.2008)。

  SPDの首脳部は、軍隊の多機能化を狙った、基本法87a条の改正を求めるショイブレ内相の意見は排除して、35条の災害派遣に準ずる条文に追加することで、軍隊の機能拡大に歯止めをかけようとしたと思われる。だが、この改憲合意については、SPD内部からも、支持母体の労働組合からも批判が強い。特に警察官労働組合は、「連邦軍の出動は、非常に厳密な限界内においてのみ許される」「同盟 (CDU/CSU) は、テロとの戦いを隠れ蓑にして、例外状態を通常状態にさせようとするもの」と批判する (Der Spiegel vom 8.10.2008) 。

  大連立は怖いものである。あれだけ連邦軍の国内出動に反対していたSPDが、いとも簡単に「転換」したからだ。だが、大連立政権といえども、憲法(基本法)改正は容易ではない。なぜなら、改正には第二院の連邦参議院の同意が必要だからである。上下両院の同意があって初めて基本法改正は可能である。
   目下、この基本法改正には、自由民主党 (FDP) 、緑の党 (die Grünnen) 、左翼党 (Linke) が反対している。FDPと連立政権を組む州政府は、この改正に棄権する方向という。バーデン=ヴュルテンベルク州、ベルリン市(州ランク)、ブレーメン市(同)、ハンブルク市(同)、ニーダーザクセン州、ノルトライン=ヴェストファーレン州がそれにあたる。連邦参議院で、基本法改正に必要な3分の2は46議席だが、現在、賛成は41議席にとどまる。9月28日の選挙で、バイエルン州で連立与党のCSUが大敗して、過半数を失った。ここでFDPとの連立政権ができると、6議席分が棄権にまわる可能性が高い (FR vom 10.10.2008) 。となると、連邦議会で圧倒的多数を占める大連立政権は、参議院の同意を得られずに、基本法改正は頓挫するかもしれない。

  ドイツでも、「テロとの戦い」のために、従来の枠組みをいじることには、さまざまな抵抗が出てきている。テロに対して軍事力で対処することは誤りである。日本では、10月11日、衆議院で新テロ特措法案(給油法案)が異例の早さ可決された(この国会運営はすこぶる疑問)。インド洋上の給油活動は継続の方向である。「米国の、米国(の油)による、米国のための洋上給油」を続ける愚かさに気づくべきである。アフガンの陸上で死者を出しているドイツに比べれば、日本の洋上活動は目立たない。しかし、これを継続することは、アフガン民衆の恨みを深くするだけである。まずは洋上給油をやめるところから始めるべきだろう。

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