今日は67回目の「12月8日」である。先月、「真珠湾攻撃、日米開戦」について、田母神俊雄航空幕僚長(当時)が、コミンテルン(共産主義インター)の謀略だという説を「論文」として発表し、物議をかもした。「論文」には、思わずギョッとする例えがある。「これは現在日本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようなものであり、絶対に許容できるものではない」。日本軍に対し蒋介石国民党が頻繁に攻撃をしてくるから、日本軍はやむを得ず軍事行動をとったのだということを主張したいがための例えなのだが、空自トップの言葉だから穏やかではない。「危ない将軍」の暴走では片づけられない、根の深い問題が進行中である。
自衛隊の上層部やその周辺、さらに政界や財界には、自衛隊の「国際政治的利用」に大変熱心な人々がいる。「テロ特措法」を何度も延長して、洋上の「補給活動」がまだ続けられているが、先頃、アフリカ沿岸にまで自衛艦を派遣する動きが出てきた。
海洋政策研究財団(会長・秋山昌廣元防衛次官)は11月18日、海賊対策緊急会議を開いた。ソマリア沖とアデン湾は、アジアと欧州を結ぶ重要な海上交通路であるとして、「日本の生命線であるシーレーンの安全確保と国際社会の平和と安全の維持に協力する」という観点から、ソマリア沖海賊対処のため、海自艦艇の派遣を求める緊急提言を出した。自衛隊法82条の「海上における警備行動」に基づき海賊に対処せよ、と威勢がいい(『朝雲』2008年11月27日付)。「ならず者国家」から「テロリスト」ときて、いよいよ「海賊」退治に自衛隊、である。「冷戦の遺物」がリストラされずに莫大な予算と巨大な組織を維持するには、もっともらしい「需要」を創出する必要がある。元防衛次官が会長である財団が自衛隊派遣を要求する。自民党の中谷元・元防衛庁長官(元三等陸尉)や民主党の前原誠司副代表などが、ソマリア沖に自衛隊を派遣するための特別措置法の制定を主張している。何やら胡散臭い構図である。
この秋、ソマリア沖の海賊問題が注目されている。11月下旬までに95隻以上が襲撃され、まだ14隻が捕らえられ、約340人が人質になっている(Der Spiegel vom 24.11.08) 。襲撃の件数は、2007年の3倍以上である。すでに2500万ユーロの身代金が支払われたともいう。特に衝撃的だったのは、11月17日、200万バーレルの原油[7500万ユーロ相当〕を積載したスーパータンカー「シリウススター」(サウジアラビア船籍)が、ソマリア沖で海賊に乗っ取られたことである。北ソマリアのハラデレに繋留され、1500万ドルの身代金を要求された(当初は2500万ドル)。独『シュピーゲル』誌の写真には、全長330メートルの巨大タンカーと、小さな小舟で接近する海賊たちの姿がみえる。この事件を、エジプトの軍事専門家ムハンマド・カドリーは「海の9.11」とまで呼んだ(die taz vom 20.11.08)。
一方、ソマリア沿岸部の町では、海賊が落とす金で一時の繁栄を謳歌しているという。「海賊経済」で、沿岸部の町には、高級車やネットカフェなども。乗っ取られた「シリウススター」が繋留されるハラデレの海岸には見物人がおしかけ、売店も。金づるである人質の扱いは丁重で、洋食や酒の出前も行われているという(『東京新聞』11月20日付〔共同通信〕)。海賊が乗組員を殺すというような悲惨な話はなく、むしろ「海賊ビジネス」のような雰囲気である。
紅海の南海域は、毎年16000 隻以上のタンカーや輸送船が航行する。2001年の「9.11」以来7年間、「不朽の自由作戦」(OEF) の一環として、「アフリカの角」海域に、ドイツ海軍などが派遣されてきた。ただ、アフガン問題はドイツにとっても悩ましい問題となっている。
今日(12月8日) 、EUは、フリゲート艦6 隻と航空機3 機のミッション(派遣)「アタランタ」(Atalanta)を発動する。ドイツもフリゲート艦をこれに参加させる(その閣議決定は12月10日)。
なお、ソマリア沖の海賊対策には、意外な国も参加してきた。イランである。イラン交通副大臣は11月24日、海賊に対処するために必要ならば、武力を行使すると述べた。ただ、イラン国防相広報官は、「あらゆる選択肢が配慮される」「国際的な共同行動」を強調し、武力行使には明言しなかった(Die Welt vom 25.11)。
各国が海賊対策のために艦艇を派遣しているのに、日本は何もしなくていいのか。この海域を通って日本にくるタンカーが多いから、日本も協力すべきではないか。「国際貢献」論のお決まりの構図である。だが、ここから、海自艦艇派遣を安易に導くのは反対である。この問題は、もっと事態の背景や原因を知った上で議論すべきだろう。
まず、世界の海賊問題はソマリア沖だけではない。2007年度では、インドネシア(マラッカ海峡など)43件、ナイジェリア42件、ソマリア31件、バングラデシュ15件、インド11件、タンザニア11件、ペルー6件、ブラジル4件である(Die Welt vom 21.11)。マラッカ海峡の海賊対策のため、アジア各国の沿岸警備隊(日本は海上保安庁)が協力する方向も打ち出されている。海自艦艇派遣のための特別措置法という議論は、海外派遣恒久法が停滞しているなかでの窮余の策としたいのだろうが、これは危険極まりない。
国連海洋法条約100 条は、「すべての国は、最大限に可能な範囲で、公海その他いずれの国の管轄権に服さない場所における海賊行為の抑止に協力する」と定めている。海賊船の拿捕は、「軍艦、軍用航空機その他政府の公務に使用されていることが明らかに表示されておりかつ識別されることのできる船舶又は航空機でそのための権限を与えられているものによってのみ行うことができる」(107条)。それぞれの国は「最大限に可能な範囲で」協力すればよいのであって、憲法上疑義のある自衛隊海外派遣ではなく、もしどうしても必要ということになれば、「政府の公務に使用されて」おり、かつ海上警察権限をもっている、海保の巡視船を派遣するのが妥当だろう。
海上保安庁は、ヘリコプター搭載の大型巡視船(PLH 型)を13隻保有し、とりわけ「しきしま」(第3管区海上保安本部所属、全長150メートル、排水量6500トン)は、ヘリ2機(AS332L1) 搭載の世界最大の巡視船である。「はたかぜ」級護衛艦と同クラス。航続距離は2 万海里の遠洋型で、日本から欧州まで無寄港で航行できる。35ミリ連装機関砲2、20ミリ機関砲2を装備。高性能レーダーを備え、空や海上への精密射撃も可能とされ、武装した高速船にも対応可能とされる。海賊は組織犯罪であり、それに対応するのは海の警察であるべきだろう。
海軍の艦艇は海賊を追跡して捕まえるのが仕事ではない。そのため、すぐに攻撃をかける傾きにあり、すでに不幸な誤認事件が起きている。
11月18日から19日にかけて、インド海軍のフリゲート艦「INS Tabr」がアデン湾で、海賊の母船と誤認して、タイのトロリー網漁船を撃沈してしまった。乗組員1 人が死亡、14人が行方不明になっている。この事件は、海賊対策に軍艦が適切なのかという論点を提示している。
国連安保理は6月8日、国連憲章第7 章に基づいて海賊対策を可能にする決議を行っている(決議1816号)。10月9日も同様の決議を行った(決議1838号)。だが、これには重大な問題がある。海賊行為は組織犯罪であり、国家による侵略などとは異なる。それを「国際の平和及び安全の維持」を拡張解釈して、ソマリアの領海(12海里)内における各国艦艇の活動を認めた安保理決議は、「国際法の空洞化に一層寄与するもの」と批判される所以である(Claudia Haydt, Maritimes Säbelrasseln, in: junge Welt vom 5.12.2008)。海洋法条約105 条も海賊対処は公海上であり、当該国の主権に属する領海には及ばない。これを領海で認めた1816号決議は、国際法の歴史のなかでまったく新しい事実とされる(N.Peach教授 T.Pflüger, Gefährliche Gewässer, in: junge Welt vom 23.10)。この決議は米国とフランスの主導で安保理で採択されたもので、ソマリアの主権を領海12海里について無にする代物だった。
実は、ソマリア沖の海賊問題は、この海域をめぐる国際政治的な利害対立の焦点ともいえる。そもそも艦艇をどんなに出しても、海賊をなくすことは困難である。現地の状況をよく知るフランス海軍G.Valin 中将によれば、通常型のフリゲート艦は時速30マイルだから、15分で8マイル程度しか進まない。ソマリア海賊は、軍艦が水平線に見えないときは、何でもできることを知っているという。軍艦が見えたときは、巧みな航行技術を駆使して高速で逃げてしまうわけである。中将によれば、軍艦はソマリア沖の2 %程度しか確保し得ていないという(Der Spiegel, a.a.O.)。海域を通るタンカーや輸送船をすべて護衛することは不可能である。これは軍艦だけでなく、巡視船の場合も同じである。
ドイツも日本も海上における軍艦のプレゼンスを、国際政治の道具として利用する傾きにある。ソマリア沖海賊対策への自衛艦の参加問題も、実際の海賊対策というよりも、こうした国際的な活動への参加に重点があるようである。
「対テロ戦争」(OEF)との関係も曖昧である。ソマリア海賊は、アルカイーダとの関係は不明である。にもかかわらず、OEFに参加しているタスク・フォース150も海賊対策に参加するなど、海賊対策という目的との関係で疑問が多い。さらに、米軍では、海上での海賊対処のほかに、海賊の地上基地を攻撃するという主張も出ているようである。ここまでくると、もはや海賊対策に名を借りた「対テロ戦争」の戦線拡大にほかならない。オバマ政権がイラク撤退の一方で、「対テロ戦争」の強化をはかる可能性があるなか、この動きは軽視できない。
そもそも、海上交通路を確保するため、海賊対策に日本も参加するという議論だけでことを進めるのは一面的ではないか。この海域でなぜ海賊が出てくるのか、もっと背景を考える必要がある。この点で、チュービンゲン軍事化情報センターのClaudia Haydt の議論は興味深い。彼女がいうように、ソマリアの海賊問題には、以下のような構造的問題があることに注意すべきである。以下、その議論をまとめてみよう(Claudia Haydt, a. a. O.)。
1991年にソマリア中央政府が崩壊して以来、ソマリア沿岸警備隊は消滅した。ヨーロッパの漁獲船団は、沿岸警備隊なきソマリアの海で、乱獲を行ってきた。2006年、国際環境保護団体グリーンピースは、ソマリアや他の地域での違法操業により、世界で最も貧しい人々に、年間数十億ドル単位の喪失が生じている問題を注目させようとした。夜、ソマリアの海は、たくさんの漁船団の灯火によって「マンハッタンの夜景のように見える」とは、ソマリアの漁業専門家の言葉である。これらの船団の国旗は、EU諸国と米国、日本のものだ。こうした形で魚の略奪と環境破壊が行われたことを、グリーンピースは海賊行為と呼んだ。そして、EUに対して明確な経済的・法的措置をとるよう求めたが、今日までほとんど行われなかった。このような状況のもとでEUが海賊対処のための艦艇を派遣すれば、結果的に、違法な漁獲船団は利益を得ることになる。違法操業と並んで「アフリカの角」海域の安全を脅かすのは、違法な廃棄物処理である。国連のソマリア特別大使は、08年6 月に、化学物質や放射能廃棄物まで捨てられていると述べた。また、国連環境プログラム(UNEP)のスポークスマンは、違法な廃棄物処理の経済的意義について語り、ヨーロッパでの廃棄物処理には1 トンあたり1000ドルかかるのに対して、「アフリカの角」に海洋投棄すればトンあたり2.5 ドルですむので、欧州企業にとっては大変安上がりであるとしている。
ソマリアの海賊は海のプロで、漁師もいれば、元沿岸警備隊員もいる。90年代からのこうした状況への怒りが、海賊という形であらわれた側面は無視できない。今も海賊の一部は、「ソマリア海軍」や「国民ボランティア沿岸警備隊」を名乗っている。乗っ取った舶の身代金の相場は上昇していて、2007年は船一隻あたり10万ユーロだったが、今年は100万ユーロの単位になっている。
海賊は組織犯罪だが、国家的にアレンジされたものではなく、海賊は戦争をやっているわけではない。マフィア的な構造を破壊するためには、軍艦や哨戒機は役立たない。効果的な軍事的解決というものは存在しえない。短期的にも軍事介入は非常に金がかかる。「アフリカの角」海域を通る船をすべて効果的に保護しようとしたら、全世界のすべての軍隊を動員しても足りない。
インド洋における平和プロセスは、政治的・経済的展望が海賊の危険を大規模に低下させうることを示している。ソマリアの政治的解決のためには、すべての政治勢力が関わらねばならない。先進国は、自国の船団の違法操業や海洋投棄を取り締まることで、海洋の安全に大いに貢献できる。武器輸出をストップすることも重要である。
以上、Claudia Haydtの議論を言葉を補って紹介した。そこから見えてくるのは、ソマリア海賊の問題は、実は、「グローバル格差社会」の集中的表現ともいえる。海賊たちは、日本を含む先進国がそれまで乱獲してきた漁業資源の代金回収と、廃棄物投棄の迷惑料を暴力的な方法でやっているともいえる。海賊行為は犯罪である。ソマリアの海賊は取り締まられねばならない。しかし、それは各国が海軍艦艇を派遣してすむ問題ではない。この問題の解決のために、日本ができることはほかにある。
すでに、ブラックウォーターなどの米国の民間軍事会社(PMC) がタンカーや輸送船などの警備を請け負いはじめた。海賊との見えざる「連携」で手を組めば、この海域で新しい「市場」が生まれる。この地域の構造的問題の広がりと奥行きはかなりのものである。
というわけで、まずは「海賊対策に自衛艦派遣を」「そのための特措法の制定を」という議論に乗らないこと。まずここから、まともな思考は始まる。