オバマ新政権が発足した。それに対する私の感想は、就任式前日の直言で書いた。
今週以降、学部の一般入試や大学院入試、学年末試験などが集中する、大学教員にとって一番多忙な時期に入っているので、ストック原稿での更新が続く。今回は「わが歴史グッズ」シリーズである。その前に、1 月20日未明の大統領就任演説について、必要な範囲で簡単にコメントしておきたい。
2396単語の演説。氷点下のなか、200 万人以上が屋外で聞いたというのはすごいことである。CNN.comサイトにある"Obama's inaugural speech"をプリントアウトして、拍手が起きた箇所に印をつけながら聞いた。大統領選挙のときのような、熱く心を揺さぶるようなトーンは影をひそめ、米国が直面する「危機」について語り、その「克服」の方向と内容について、妙に具体的な指摘が目立った。厳しい現実に向き合う姿勢を押し出すことで、政権担当能力をアピールしようとしたのだろう。もっとも、「旅」(journey) という言葉を通奏低音のように響かせ、人々の想像力を高めていく効果は十分に計算されたものだった。『読売新聞』(1 月23日付)と『朝日新聞』(1 月24日付)は、英文併記の演説全文を1 頁使って出した。これは大変珍しいことである。
演説分析をやればきりがないし、すでに専門家が突っ込んだ分析をしている。ただ、ここで一言述べておきたいことは、結局、これは米合衆国大統領の演説だということである。「オバマ大統領」として発した以上、世界覇権を握って放さずという点では揺るぎない決意を示したわけで、ブッシュのような稚拙なやり方はせず、もっと上手にやるということの宣言でもある。そこには、ブッシュ政権が始めた「対テロ戦争」やイラク戦争、イスラエルを甘やかしてパレスチナの人々に大きな犠牲を強いたことに対する「お詫び」の言葉はない。前大統領を讃える言葉が冒頭近くに置かれていたが、これはリップサービスとしても、中身のところで、前政権のおかした過ちを謝罪することが求められていたはずである。それだけの悪事をブッシュ政権はやってきた。希望を失った米国民を統合し(unite) 、保守層や経済界・軍部に安心感を与え、「同盟国」などにもメッセージを与えるなど、さまざまな事情に配慮したものだろうが、ブッシュ政権が迷惑をかけた国々、人々への眼差しが決定的に欠けていた。新政権だといっても、それは米国の内部事情であって、被害を受けた国々や人々からみれば、同じ米国の大統領なのだから。ここにオバマ新大統領の限界が最初から存在している。
地球温暖化対策をどんなに訴えても、この8 年間、ブッシュ政権が京都議定書から離脱して、温暖化対策の足を引っ張り、地球環境に与えた損害は巨大である。8 年間の責任を、新政権はどのように克服していくか。その出発点となる就任演説で、世界に向けた謙虚な言葉はなかった。傲慢な米国の大統領という点でかわりはない。のみならず、国民と「同盟国」に対して共同責任を説いて、負担と犠牲を求める姿勢だけは明確だった。「新たな責任の時代」というのは、誰の、誰に対する、どのような責任なのかが明確になってくれば、麻生首相のようにのんびり構えているところから火がついてくるだろう。
それにしても、オバマはさすがに若い。就任初日からの素早い動きを、メディアは好感をもって追いかけた。対外政策については、就任初日、キューバのグアンタナモ収容所閉鎖を命令した。パレスチナのアッバス議長に真先に電話をし、中東特使と印パ特使に大物(G. Mitchel元上院議員、R. Holbrooke元国連大使)を起用する人事を行うなど、中東軽視のブッシュ政権との違いを明確にした点から、「オバマのコース転換」と評価した新聞もあった(Frankfurter Rundschau vom 23. 1)。だが、2 日目に「イスラエルの自衛権を支持する」と明言した。ガザ地区での殺戮を止めさせるどころか、それを支持するといってしまったに等しい。国連決議に最も従わない、世界最大の「ならず者国家」に対して、選挙でユダヤ系の支持を必要としたとはいっても、あまりにも「率直」な言葉だった。就任2 日目のイスラエル自衛権支持の発言は、オバマ政権の時限爆弾になるかもしれない。
オバマは黒人をはじめ、米国内のマイノリティの支持を得ている。その期待は非常に大きい。アフリカ諸国をはじめ、世界の国々の反応は、ブッシュ政権との対比で、とりあえずは好感度アップの発進である。オバマは期待の大きさと「希望の光」としての自分の存在を熟知しているからこそ、支持率に敏感である。相当メディア受けするような目立つ手をいろいろと打ってくるだろう。「日米同盟」重視などと繰り返すだけの日本政府は、金をしぼりとられる新ATM になるだけではない。「海上GS」だけでもない。「Yes, you can.」とおだてられて、中東の危険地域で「派遣労働」を強いられ、散々使われたあげくに「派遣切り」をされるのは目に見えている。
さて、今回は、「わが歴史グッズ」シリーズである。前回は、裁判員・自衛官キャラクターだった。今回は29回目として、私が所有する米合衆国大統領グッズを紹介する。まず、オバマ「偽札」。昨年11月中旬に入手して、1 月19日付直言で紹介した。この直言の頭に掲げた2 種類は、1 月24日に届いたものである。計3 種類の「偽札」に加えて、右の「オバマ人形」も入手した。これは、あまり似ていない。クリントンの着せ替え人形の方が迫力があるだろう。
「偽札」といえばブッシュである。すでに「ブッシュグッズ」として紹介した。大統領「当選」の直後、200 ドル紙幣が出回ったときは、びっくりした。フロリダ州パームビーチ郡の票の数えなおし(インチキ)で「当選」したブッシュ。今となっては、あの郡の票が世界と米国を不幸にしたといえなくもない。史上最低の大統領の後だけに、オバマへの期待が高まるのは無理からぬところではあるが。
ブッシュグッズはトイレットペーパーをはじめ、実に種類が多い。演説するブッシュ人形はすでに紹介した。昨年入手したブッシュオルゴールは、ハンドルを回転して音楽を鳴らし、曲が終わるとブッシュが飛び出してくる。2 期目のブッシュと戦ったケリーの選挙用グッズも、米国帰りの学生からもらった。また、大統領専用機「エアフォース・ワン」のチャレンジコインもある。
ところで、昨年5 月23日、民主党の大統領候補選の最中、ヒラリー・クリントンは、オバマに敗北することが確実になったのに選挙戦を続ける理由として、こう述べた。「私の夫は92年、6 月半ばのカリフォルニア州予備選で勝つまでは活動をやめなかったでしょう。ボビー(ロバートの愛称)・ケネディがカリフォルニアで6 月に暗殺されたことは、みんな覚えているわよね。だから(選挙戦撤退の要求について)私は理解できないわ」と語った(『産経新聞』2008年5 月24日)。6 月にオバマが暗殺されるかもしれないといったに等しいので、クリントンはすぐに撤回した。だが、後味の悪さが残った。
大統領候補指名選の最中に暗殺されたロバート・ケネディ、その2 ドル「偽札」も私の研究室にはある。この2 枚が並ぶ構図を、ヒラリー・クリントンは頭のなかに描いたのだろうか。
なお、研究室内を探したら、ロバート・ケネディの新聞号外(朝日新聞〔大阪〕1968年6 月5 日)と、ジョン・F ・ケネディ大統領暗殺の号外(朝日新聞〔大阪〕1963年11月23日付)、ケネディ暗殺に関わったとされて(これは怪しい)逮捕されたオズワルドが射殺された時のテキサス紙号外(The Houston Post,November 24.1963) も出てきた。大統領グッズなので、ここで紹介しておきたい。ただし、このようなことがあってはならないという祈りを込めて。
最後に、不気味な米大統領グッズを紹介しよう。1980年大統領選挙の際、レーガン・ブッシュ(父)陣営が配ったものである。レーガン大統領候補とブッシュ副大統領候補の顔写真入りで、「新しい始まりをともに」と書かれている。だが、ナイフというのはあまりにも物騒である。この感覚は、この国の「執拗低音」として流れ続けているものだろうか。旧ソ連を「悪の帝国」と呼び、スターウォーズのSDI (戦略ミサイル構想)を押し出して、新冷戦時代を演出したレーガン時代の始まりは、このナイフだった。何とも象徴的なグッズではある。
(文中・敬称略)