大学教員にとって最も多忙な時期に入った。入試、学年末期である。今日は、私の学部の一般入試である。数日、朝から夜まで拘束される。原稿の執筆時間の確保が困難となり、しばらく既発表原稿の転載+αが続くことになる。いま、国内外ともに書くべきテーマはたくさんあるが、ご容赦いただきたい。
さて、今回は「公用」と「私用」の境目について考えてみたい。
大学の研究室からかけられる電話は、かつては都内(03地域)と東京近県に限られていた。8年ほど前に教員組合が教育研究団交で要求し、その後の執行委員会が交渉を続けた結果、携帯電話への発信ができるようになった。携帯しか持たない学生が増えたことも背景にある。だが、今でも、千葉・神奈川・埼玉を除く道府県にかけるときは交換台を通す。
その際、「公用」か「私用」かを申告するのだが、その基準を示すマニュアル類は存在しない。ただ、本稿を書くために学部事務所に(初めて)聞いてみたところ、「公用」というのは、大学の「校務」に付随する事柄ということで、学会関係の電話は「私用」だそうである。私は、「公用」には、教員の研究・教育活動に密接に関連する事項も含むと勝手に解釈して、かつて本学で開かれた学会関係の打ち合わせを「公用」と申告したことがある。でも、これは私の判断が間違っていたということになるのだろう。
昔は教員の活動に対しても寛大でおおらかだったが、近年は実に細かくなった。将来、携帯についても、「公用」か「私用」かを、090の前に記号を入れるなどして「申告」するシステムが導入されるかもしれない。もっとも、近年では、ほとんどの連絡がメールになっているため、私の場合、研究室の電話を使う機会は少なくなった。これは他の教員についても言えるのでないか。
それはともかく、「公用」と「私用」の間は、それぞれの職業や地位や立場によって、「グレーゾーン」がさまざまに存在する。例えば「公用車」というものがある。業務で使うものはともかく、ここでは、指定職とか、一定の地位に付随して与えられる車のことをいう。政治家や会社役員、高級官僚などは、黒塗りの高級車が多い。トヨタ・センチュリーが「永田町車」と言われるくらいよく使われてきた。その後、首相公用車は、福田首相が洞爺湖サミットのときに、 センチュリーからレクサスLS600hl というハイ ブリッド車に変更した。大阪府知事もE10対応車(燃料にバイオエタノール10%混合ガソリンを使用するエコ車)のトヨタ「アルファード」を導入したから、近年の公用車は「エコ」絡みであるが、そのクラスの高級車が使われる。すべて税金である。
早大では、かつて常任理事にも公用車がそれぞれに与えられていたが、94年11月に廃止され、いまは総長公用車だけである。では、なぜ公用車が必要なのか。一定の地位にある人間の移動を、迅速かつ確実に「点」と「点」で結ぶ必要がある。「人」に対してではなく「職」に対して与えられているわけである。
それから、セキュリティ上の問題が言われている。首相や閣僚のような場合、在任中、「私」の部分は限りなく縮小する。「首相動静」欄を見ると、さまざまな「私用」も含まれているだろうが、すべて公用車で移動している。
詳説する時間がないので、ドイツで昨年話題になった、大臣公用車の「私用」問題について、既発表原稿を下記に掲載することにしたい。なお、執筆時期は、2009年総選挙の投票日の5日前であり、日本もドイツも、ともに政権交代前である。その点を踏まえてお読みいただきたい。
ドイツの公用車問題
◆マニフェストと公用車問題
現在、日本の政治は重要な転換点にある。各政党は「マニフェスト」(政権公約)を掲げ、総選挙に突入した。ドイツでも9月27日の総選挙で政治的変動が予想されている。
そのドイツで、最近「公用車スキャンダル」が発覚した。公用車の問題については、2年前、本誌に2回連続で書いたことがある(「公用車の効用」531号〔2007年3月〕、532号〔同4月〕)。そこで、「公用車」問題第3弾として、ドイツの事情について紹介しよう。
その前に、日本の「マニフェスト」(私はこの横文字には違和感があるが)に「公用車のムダ」について触れたものはないか、いろいろと探してみた。瞥見の範囲では、正面から扱ったものはなかった。『民主党政策集INDEX 2009』は350項目あるが、「税金のムダづかい」の項目に、公用車問題への言及はなかった。
同党の長妻昭議員の質問で明らかになった数字(2003年7月)では、国の公用車総数は3386台で運用経費276億7700万円。このうち、ハイヤー切り替え可能は164台(4.8%)。すべてをハイヤーにした場合、14億6000万円削減できるという。ハイヤーにできない理由として、「秘密の保持を要するため運転手を国家公務員としておく必要がある」ことを各省庁ともに挙げていた。
この問題は総選挙の争点にはなっていないが、かりに政権交代が起こったとき、新しい政権は、環境問題への関わりも含む、「公用車のムダ」をどのようにしていくのかについて考慮が求められるだろう。
◆大臣公用車が盗まれた!
7月下旬、スペイン東部、地中海沿岸の保養地コスタ・ブランカで、1台の高級車が盗難にあった。これだけなら一窃盗事件として、世間の注目を浴びることもなかっただろう。だがこのニュースは、地元スペインの新聞だけでなく、全世界に広まった。日本では『朝日新聞』7月28日付「バカンス先に公用車 盗難」が一番早かった(他紙は当日夕刊)。
盗難にあったのは、連邦健康〔厚生〕大臣U.シュミットの公用車だった。メルセデスS420(約1220万円)。この車は数日後、現地で乗り捨てられているところを発見された(『東京新聞』2009年7月30日付)。テレビで騒がれ、有名になり過ぎたため、さすがの犯人も乗れなくなったようである。だが、総選挙直前のドイツでは、この問題は一気に「政局」化した。
実は、連邦健康大臣は3週間の休暇をとり、ベルリンから家族とともに飛行機でスペイン入りする一方、大臣公用車を現地に呼び寄せていたのである。専属運転手は、ベルリンから陸路、2387キロを走って、スペインにやってきた。
現地でレンタカーを借り、家族の誰かが運転すればすむものを、彼女はなぜ公用車を使ったのだろうか。専属運転手と、休暇中もずっと行動を共にする方が、家族としては気詰まりだと思うのだが、それは庶民感覚なのだろうか。
彼女は2001年から8年間、連邦健康大臣の地位にある。1年ごとに首相がかわり、各省大臣の名前はほとんど知らない日本と比べ、ドイツの場合、各省大臣はけっこう有名である。シュミット大臣は在任期間が長いため、大臣公用車も運転手も自分の使用人のような感覚だったのかもしれない。経済が悪化の一途をたどるなか、「税金のムダづかい」と受け取られ、メディアは連日取り上げた。
現在のドイツは、保守のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社民党(SPD)の大連立政権である。シュミット大臣はSPDと「緑の党」の連立政権と大連立政権の両方で健康大臣を続けてきた。最近、連立与党間のギクシャクも目立つようになった。「公用車を」「休暇中に」「外国の」「保養地で」「私的に使用中に」「盗まれた」という6つの要素が揃ったため、政治的「事件」に発展したわけである。
だが、シュミット大臣は「使用は適正だった」と反論。会計検査院もこの言い分を認め、「〔後述の〕基準の枠内での公用車使用であり、連邦財政にも損害は生じなかった」という審査結果を公表した(『フランクフルタールントシャウ』紙8月8日付)。私的バカンスのなかで、72キロ分の公用目的走行が認定されたわけだが、会計検査院は、「わずか72キロのために、2387キロの走行が必要だったのか」「なぜマドリッドのドイツ大使館の公用車を使わなかったのか」という疑問には一切答えなかった。
その後6人の大臣および大臣経験者の不正使用疑惑が持ち上がった。その多くがSPD所属だったので、その支持率低下は加速している。
◆ドイツの公用車使用基準
これまでドイツでは、公用車よりも、「公用飛行機」の私的利用が問題になってきた。有名どころでは、1996年、当時の連邦議会議長R.ジュスムート(CDU)が、娘の住むスイスに公用飛行機を使用して追及された。2001年、当時の国防大臣R.シャーピング(SPD)は、「知人女性」とスペイン・マヨルカ島でのバカンス旅行に使用した。変わったところでは、8年ほど前、J.フィッシャー外相(当時)が、ルフトハンザのマイレージを私的旅行に使っていたことが発覚した。外務大臣は職業柄、国際線を頻繁に使うわけで、その都度マイレージ登録をしていれば相当たまる。何とも「さもしい」話ではある。さて、肝心の公用車だが、その使用にあたっては細かい基準が設けられている。「連邦行政における公用車両の使用要綱」(DKfzR)(1993年6月29日閣議決定)の4条(職務走行)はこう定める。「公用車両が職務上の目的のために使用が許されるのは、それにより時間が得られる場合、費用が節約される場合、または他の交通手段の使用に対して生ずる費用増が、職務遂行の緊急性または時間節約との代替可能な関係にある場合である」と。
職務上の使用以外で、個人的事情から公用車両を使用する場合に関しても、いろいろ条件がついている。特に「住宅と役所との間の走行」(12条)については、自宅への送迎は抑制的である。ただ、連邦政府の大臣および政務次官の場合は、「職務上の理由」から認められている。そして、連邦総理大臣と副大臣(外務大臣)、連邦国防大臣、連邦内務大臣は、休暇中も、特別仕様の公用車を使うことになっている。
いずこでも、「公」用車については、「私的使用」との関係で曖昧さがみられるが、ドイツの場合、休暇で公用車を使えるのは、この4人だけということが今回わかったわけである。これに含まれない健康大臣が追及されているが、日本の大臣たちはどうだろうか。 どの党もマニフェストで「税金のムダづかい」をなくすと約束した以上、その一つとして、「公」用車の見直しも避けて通れないだろう。
(2009年8月20日稿)
〔「水島朝穂の同時代を診る(57)」『国公労調査時報』562号(2009年10月)所収〕